アミスタッド

   アミスタッド



 太陽に照らされた彼の表情は、なんとも言えなかった。

 北へと向かう電車の中、私達は無言でいた。ガラスの向こうに見える光景は私達を異国の土地へと連れ込んでいった。

 各駅停車のため、乗客は次々と入れ代わる。場所によっては、一人として電車に乗ってくるものはいなかったし、また逆に一人として駅を降りようとする者もいなかった。そういった駅に停車する時間が私には幸せに感じることができた。私にはそれが時が止まったように感じられた。

 一人は音楽に心を落ち着かせ、その横に座っている者は、小説に時間を費やした。他の者達はと言うと、ただ外の光景を眺めていた。私はその者達の光景を眺め、頭の中にイメージを作った。

 冬の冷たい空気が各駅に止まる旅に、車内の空気と入れ代わる。例え乗客が乗り降りしなくとも、車内の空気は変わった。私は外を眺めた、目の前に異国の地が広がる。その異国の地の人が車内に乗り込む、また一人、また一人と。

 聞きなれない異国の言葉が私の耳に入り込んでくる。私はその言葉を聞きながら、少し考えていた。

 同じ人間が同じ電車に乗り込む。確かに人間という種類に属する、だが話す言葉も、体の色も違った。同じ人間なのに目の前の者達は違った。その者達と同じ電車に乗り、同じ方向に向かって進んでいる。私はそんなことをうつむきながら考えた。そしてあることを思い出した。

 「アミスタッド」この言葉が頭に浮かんだ。「アミスタッド」黒人奴隷が自由を求めるといった話である。フィクションではなく実際にあった話だ。黒人男性はアミスタッドという船で異国へとアフリカから運ばれていく。その船の上で、彼らは反乱を起こした。白人達を殺し、船を乗っ取ったのだ。そして彼らはアメリカで裁判を受けることになる。彼らは自由を求めた、自由を求め続けた。だが南北問題が激しさを増していた、アメリカはその裁判に手をくわえた。しかし結果は彼らは自由を得た。裁判官は「彼らは同じ人間であり、また奴隷ではない。」そう言った。

 私はそんなことを思い出していた。そとの景色に終わりはなかった。最後の駅まで私は乗ってみたくなった。私は仲間達と次の駅で別れた。私はこの駅の終わりを見たかった。いったいそこには何があるのか。私はそんな期待をしながら窓側の席に座り、この異国を眺めた。

 車内を見回していると、反対側の窓側の席に一人の青年が座っていた。黒人の青年で年は十七歳ぐらいであるように見えた。彼の姿はひどかった、ぼろぼろの靴にはき古したずぼん、それに何度も洗濯したシャツを着ていた。それを見た私の正直な心の声が自分の耳に入った。

 「可哀相だな。」私はこの言葉で自分の愚かさに気づいた。あの「アミスタッド」の中の裁判官には私にはなれなかった。私はこの言葉を出したことで、すでに彼と言う人間を同じ人間ではないという見方をしているのだと気づいた。私はふたたに彼のところに目をやった。そこには自分よりも大きな人間が座っていた。

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