第15話! ハガネの成長

 男子三日会わざれば刮目してみよ、という言葉がある。


 若い頃の成長速度は目覚ましく、子供だと思って侮ってはならないという意味であるが、それをこうもまざまざと見せつけられるとは、陣屋尚吾は思わなかった。


「なっ……この子が……金剛ハガネ……だと?!」


 いや姿形は一緒だ。


 先日は大会前のトレーニングウェアで、今日は学生服だが。


 その違いはあれど、中身はまるで別物だった。


「こっ……これほどの成長を……金剛殿……一体どのような修練を積めば……この短期間にこのような変貌を遂げられるというのですか」


「いやはや……残念ながらこればかりはワシの指導によるものではないのだ」


「なんですとっ?! では一体誰が……はっ! 先日の高野の……」


「いいえ、ボクではありませんよ」


「うぉおっ!? 居たのか、キミもっ!」


「さっきから居ましたよ?」


「くっ……そうか……彼女の気の影に潜むのか……表の金剛、裏の高野とはよくいったものだ……」


「それよりも、陣屋さん。せっかくなんだから、やっていくでしょ? リターンマッチ」


 そう言ってハガネは笑う。


「い、いや……ではないっ……!」


 無論尚吾とてリターンマッチは望むべきことで、この道場に赴く時に想定していなかったといえばまるで嘘になるのだが。


「しかし……」


「ああっ……先に、自分に土をつけたチヨちゃんと戦いって感じかな?」


「待ってくれ! そうではない! いや、ここに来る以上、このような展開は想像していなかったわけではない……しかし、だからといって……」


「理屈はいいよ。それをいくら聞いたところで、わかる意味もないよ」


 ゴォオ!


 風が吹いた。


 いや、冷静に考えてそれは風ではない。


 威圧!


 なんと先日小娘と侮ったハガネから威圧を感じているのだ。


 それなりに人生を賭けて武道に取り組みもはや達人の域に手を届かせようという男が、である。


「キミは……一体……」


「ん? アタシは名乗ったはずだけど……忘れたのならもう一度忘れないように言ってあげる。アタシは金剛ハガネ!」


 その気迫は、以前の復讐に燃えてではない。


 ただ純粋に、自分より強い者に戦いを挑む、その気概に過ぎない。


 なんのマイナスの意思を持たない、ただ戦いたいというだけの意思。


「わかりました。戦いましょう」


 そう言って尚吾は控え室を教えてもらい、道着に着替えた。


 ハガネも道着に着替えて二人は相対する。


「すぅうおおおおおおおっ!」


 先手必勝とばかりに尚吾は手刀を繰り出す。


「避けたかっ! 相変わらず目はいいようだが……」


 先日もすんでのところで攻撃を躱された。


「うんっ! すごいね! 今の攻撃、当たれば痛かったと思う……」


「なっ……」


 いや、今回は見ていたわけではない……。


 気配で躱されてしまっている。


(なんなのだこの差は……先日とはまるで別人だ……一体この娘になにがあったんだ?)


「自分の手を極限まで痛め付けて皮膚を硬化させる……その手刀で攻撃をするんだ……確かに破壊力は抜群だね」


「確か……中国の紅鶴拳にも鉄砂掌ってよくにた技があるよね」


 ハガネの見立てを、チヨが知識でカバーして解説する。


「でも……当たらなければどうということはないよ!」


「次は……当てて見せる!」


 ここまで来れば意地だった。


 圧される訳にはいかない。


 武人のプライドを賭けて、尚吾は挑む。


 しかし!


「強さ」というものがどういうものかに理解を示し始めたハガネとは、既に次元が違っていた。


 尚吾の見立ての通り、ハガネの身体的ポテンシャルは並外れており、それは金剛の歴史と血が成せるものだと言っていい。


 その身体と技の使い道に、確固たる決意を示すことでハガネは驚異的な成長を遂げたのだ。


 フィジカルのポテンシャルに、精神が追い付いた、という表現がもしかしたらしっくりと来るのかもしれない。


 とにかく、そのような目覚ましい成長を遂げたハガネの前に、一級の格闘家である陣屋尚吾すら敵ではなかった。


 左右の軌道をズラして攻撃する手刀を躱して、ハガネは尚吾の懐へと飛び込んだ。


 そして踏み込んだかと思うと渾身の掌底を水月へと叩き込んだのだ。


「ぬぅうううううううぉおおおおおおおおっ!!!」


 その爆破のような威力に尚吾の身体は宙に飛ばされる。


「浅いっ!」


「まだまだじゃのう……」


 小さく叫ぶハガネと顎を撫でながら正成が唸ったのがほぼ同時だった。


 ズダーン! と道場の板の間に転がる尚吾。


「あっ! しまった!」


 倒れた尚吾に駆け寄るハガネに、それにならうようにチヨも音もなく移動する。


「待った! 待った! 私の敗けだ! これ以上は! なにとぞ容赦を!」


 追い討ちをかけられると思ったのか、尚吾はその場で平服して、手のひらを掲げて見せた。


「違いますよ。ハガネちゃんはあなたを気遣っているんです」


「へっ……?」


「だって、確か、この前チヨちゃんに投げられた時、肋骨を折ってたでしょ? アタシってば忘れて、思いっきりやっちゃったから……えっと……大丈夫?」


「今のは……まさか……噂に聞く金剛掌なのか?」


「う~ん、そのつもりで撃ったんだけど……」


「なにが金剛掌か! 掌底突きとしてもろくに出来ておらんわ!」


「わかってるよ!」


「はっ……ははっ……はははっ!」


 気づかず、尚吾は笑いだしていた。


「復讐でも……仕返しでも……なんでもないだなんて……ははっ……はははははっ! いい練習台にされただなど……はははっ! なんなんだ……なんなんだ一体この子は……はははははっ!」


「え~っと……」


「いや、すまない……参った! 俺の敗けだよ!」


 そう言って青年は爽やかに笑った。


 それは先日、なにか切羽詰まったように襲撃を仕掛けてきた人物と同じとは思えないような晴れやかな笑顔だった。


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