第14話! 陣屋の来訪
「頼もうっ!」
太いがよく通る声が金剛道場に響いた。
その瞬間……。
ザッと音がしたかと思うと庭に全門下生が居並ぶ。
その誰もが、すぐに構えの取れる、腰を落とした体勢になっている。
「何者?」
「道場破りか?!」
「ええい、者共! であえ! であえーっ!」
とまるで時代劇さながらである。
「落ち着いてください。なにも狼藉に参った訳ではありません。どうか金剛正成殿にお取り次ぎを」
その男は落ち着き払っていったが、その物腰は明らかに武道の経験者であり、かなりの実力者であることは見て取れた。
それがより一層、金剛流門人たちを警戒させる。
「名前を聞かせていただきましょうか」
「失礼した。私は陣屋尚吾」
「陣屋尚吾だと!?」
その名前を聞いて門下生たちは殺気立つ。
「確か……ハガネお嬢様を襲撃した男の名前ではないか!」
「ええい、今日はなにしにここに来た?!」
と辺りが一触即発の雰囲気になった時だ。
それらの空気を一喝する声が飛んだ。
「狼狽えるなぁ、このバカ者どもがぁあっ!!」
声だけで風速計が反応するような、そんな気に満ちた声だった。
「し、師匠!」
「ですが、相手はあの陣屋尚吾! なにがあるかわかったものでは!」
「喩え何者であろうと、相手が矛を収めている以上、そう殺気立つものではないわ! そういう早計が要らぬ闘争を生むのだと理解せえ!」
「はっ!」
正成の声に門下生一同は陣屋に対して腰を折る。
「いえ、かまいません。本日は別案件で来ましたもので……」
「ほう……とりあえず上がってもらおうか……道場でかまわぬな?」
「結構」
そう言って正成に付いて陣屋も歩く。
正成は道場の中央にどっかと胡座をかいて座る。
陣屋は正座して対面する。
「突然の来訪じゃ。茶は出さぬ。如何に修行しても孫娘を襲撃した相手をもてなすほどの器量は持たぬ故。許されよ」
「その節は失礼いたしました」
「今日はその詫び……という訳ではなさそうじゃな」
「はい」
返事をしてからしばしの沈黙。
彼は件を正成に、金剛に話していいものかどうか、しばし逡巡する。
「実はここ数年、武道の影にて暗躍している組織が在ることを御存知でしょうか?」
「心当たりならいくつかあるが……のう……」
「その数派がともに手を組み、国家を裏から……いや、闇からその掌中に収めようとしていることは?」
「その手の話は真偽のほどがわからぬほどにあちこちから聞くが、儂の所に来た、ということはいよいよ本格的に動き出す……ということでいいのじゃな?」
「いつかはわかりません……ただ、私の元に組織の者が勧誘に来ました」
「ぬ……」
「御存知の通り、我が祖父が修めた手刀術は格闘技というよりも暗殺術に近い……」
「うむ……それ故に、尚介も悩んでおったが……ワシの前から姿を消してずいぶんと経つ……息子が居るというのも風の噂で聞いた程度じゃ」
「その技術を……闇の為に振るえと……そう言われました」
「なんとなく合点がいったぞ……仲間になる為に金剛の孫娘の首を獲ってこいとでも言われたか?」
「いいえ! 違います! これは私の一存です!」
「ならば益々わからぬ。そのようなあやしき者共が蠢いている中で、なぜ我らが争わねばならぬ」
「流派金剛は……危険な存在です……」
尚吾は膝の上で拳を硬く握った。
「金剛流がまだ中庸を貫くのなら、私は彼らの誘いには乗るつもりはありません……しかし……」
「わしらが万が一にでもどこかの勢力に加担するのであらば、自ら砕こうと……そう考えたのじゃな?」
「…………はい……畏れながら……」
「ふぅうむ……で?」
「は?」
「で? そなたの目から見て、あれはどうじゃった?」
「率直に言わせていただいてよろしいので?」
「かまわん」
「実直にして剛健……あの敏捷性と膂力は天性のものだとっすれば金剛の血の成せる業と思いました……しかし……」
一度言葉を区切って尚吾は息を吸い込む。
「拳は技に非ず、体は術に非ず……これが本当に金剛かと……正直落胆致しました」
「うむ……ただの格闘娘としてはその天稟は凄まじいが、武を極め、金剛を継ぐには相応しくないと、そう申すので在ろう?」
「すみません……出過ぎたことを言いました」
「いや。それはワシも同意見じゃから……返す言葉もないわ……」
少し息を吐いて正成は遠くを見る。
「思えばワシも人の子なのじゃのう……孫娘可愛さに、厳しさに徹することが出来なかったのかもしれぬな……」
「金剛殿……」
「ふむ……茶でも出そうか……久方ぶりに友人の子が訪ねてきてくれたのだ」
「いえ……」
「おお、そう言えば尚介は壮健か?」
「一昨年前……とある事件にて……命を落としました……」
「それはもしや……その組織とやらに関連するのか……」
「……ご明察……」
そこににわかに道場の外が騒がしくなる。
「お待ちください、お嬢様!」
「師匠は来客中です!」
「だから、その来客に用があるって言ってるの!」
ダダダダッ!
複数の足音が道場になだれ込んできた。
「帰って来たか……」
正成が少し嬉しそうに呟くのを陣屋尚吾は聞き逃さなかった。
「陣屋尚吾殿。先日は失礼を。改めまして。アタシが金剛ハガネです!」
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