第13話! 導き手

 かくして金剛ハガネは帰って来た。


 失踪してから12日後の帰還だった。


 彼女は家に着くなり倒れるように眠りに就いた。


 それもそのはず。


 彼女は海を眺めた4日ほど以外はずっと走り続けていたのだ。


 しかも彼女の全速力で走り続けた。


 彼女を停めることが出来たのは横断歩道と信号機だけだった。


 彼女が交通ルールを絶対死守する理由はただ一つ。


「プリ☆スタは信号無視をしない!」


 というおそらく幼児向けの交通安全指導ポスターをかつて目にしたことがあったからだ。


 故に彼女は赤信号を守る。青信号も守る。黄色も守る。


 ただ、彼女の場合、対抗二車線の道路くらいの幅だと、ジャンプで越えることが出来るのだが、それでもきっちり守るのはやはり鋼の意思といえよう。


 とまあ、それ以外は走り続けて、道に迷い続けてようやくの帰宅と相成ったわけである。


 それから彼女は二晩眠った。


 朝、起きてすぐに風呂に入って、身を清める。


「お願いします」


 そしてッ祖父であり師匠である正成に一礼する。


 向かい合った正成は目を見張った。


「ふぅむ……」


 一体何が起きたのか……。


 以前とは明らかに気の質が変わっていたのだ。


「参れ」


「はぁーーーッ!!!」


「甘いわぁっ!!」


 撃ち込みに懐に飛び込んで来た鋼を拳で迎撃するのだが、ハガネはその拳を読んでいた。


「ぬっ!?」


 一瞬の攻防!


 正成の下段からの攻撃を躱したハガネは顔面に拳を放ってくる!


 はずだった……。


 今まではなにかと闇雲に突っ込んで力技で押し通そうとする。


 それがハガネの拳だった。


 ただの正拳にしては威力は凄まじく、技と呼ぶには荒々しく洗練されていない。


 その未熟さこそがハガネの強さであり、未熟さでもあった。


 だがそこは一撃必殺を狙わず、足下から下段蹴りを放ってきたのだ。


「ぬぅうううんんんっ!」


 その蹴りを察知して、襲い来る足を迎え撃つ態勢を一瞬で整える正成。


「化け物がぁああっ!」


 ハガネもそこで自ら体勢を崩し、蹴りの軌道を変え、跳び上がっての上段蹴りを放つ。


 無論、それくらいは腕で防御するが、逆にハガネはその反動を利用して後方に飛びずさる。


「ほう……」


 戦いの極意……。


 それは最後まで倒れなかった者の勝ち。


 格闘の基本であり根源。


 その為に、一撃と喰らわないこと。


「出来の悪い孫に口を酸っぱくして言ってきたことをようやくに理解したか……」


 その為には闇雲に突っ込むだけではいけないこと。


 それをずっと教えてきたはずだった。


「いい動きだ……なにがあった」


「うん。人に教えてもらった」


「なに?」


「ハンバーグ!」


「な、なに?」


「ハンバーグなんだよ。世界にはいろんな美味しいハンバーグがあるんだ」


「あるであろうな」


「でもね、一番美味しいハンバーグが、世界のどこかにあるんだよ」


「うむ……ていうか腹が減る話だのう」


「うう……アタシもお腹減ってきたかも……」


 何しろ12日間ろくな物も食べてないのだ。当然だった。


「でもね、一番美味しいハンバーグが食べられないからって、目の前にあるハンバーグを食べない理由はないって!」


「ほう……」


 それは上を目指す者がその道中に何度かぶち当たる壁である。


 自分より強い者が居る。


 自分よりも巧者がそこに居る。


 それだけで自分の未熟さに道を絶つ者が居る。


 しかし、自分よりも強者が居る、巧者が居るからと行って、上を目指さないという理由にはならない。


 その事を、ハガネにハンバーグで喩えて伝えた者が居る。


「ぬううう……ワシが永年かけてお前に言い聞かせてきた事を……よりにもよってハンバーグに喩えられるとは……」


 ハガネだけでなく、正成も1本取られた気分だ。


 人には迷った時に手を差し伸べてくれる『導き手』という存在があるという。


 それはその人の人生に深く関わる存在かもしれないし、ほんの一時、共に歩むだけの生涯に於いて一瞬の交わりかもしれない。


 そんな存在によって、その迷い人の人生に大きく影響を与える存在を『導き手』と呼ぶのだ。


「しかし理詰めではなかなか理解し得ない直感型のハガネにこの理を悟らせるとは……ワシも会ってみたくなったのう」


 ふとそんな事を考える正成であった。


「うむ。今日はここまでにしよう。しっかりと腹ごしらえをするがいい」


「うんっ!」


 そして食堂に向かうハガネ。


 準備をしようと台所に入って、ハガネはそこに彼の背中を見た。


「あっ、チヨちゃん! ただいま!」


「おかえり、ハガネちゃん」


 がくがくっ……。


 思わず周囲で素知らぬ振りで朝の食卓の作業をしていた門下生の方がつんのめった。


「いや、2週間ぶりに会ってそれかーい!」


「まぁ、こやつらはこんなもんじゃろうて」


 と唯一深い理解を示す祖父正成。


「あ、そうだ、チヨちゃん! 伝えたいことがあるんだ」


「うん、なあに、ハガネちゃん」


 と朝日差し込む台所で向かい合う幼馴染みのハガネとチヨ。


 当人たちより、その会話が耳に入ってしまう門下生たちの方がドキドキさせられている。


「こ、告白かな? 告白するのかな?」


「ここに来てそれしかないだろう?」


「いいや、わからんぞ……なにしろお嬢様のことだ」


「ううむ……何しろ全てが規格外だからな……」


 一応は女子高生に対してなかなかに酷い物言いだが、全て真実だからしかたがない。


「あのね、チヨちゃん……アタシ……アタシね……」


「うん」


「『プリ☆スタ』になるって約束……果たせそうにない!」


「うん、ボクもだよ」


「だからアタシ、『プリ☆スタ』になるの、もうやめる!」


「わかった。がんばって」


「うんっ!」


 ハガネはチヨの応援を受けて嬉しそうに……本当に心から嬉しそうに笑うのだった。

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