第12話! 強さとハンバーグ

 暗い海岸でハガネは見ず知らずの、声を掛けてきたお嬢様に、これまでの事情を話した。


 ハガネは泣きながらだったのでなかなか、言葉が紡げない。


 元々、なにかにつけて言葉が足らず説明不足のハガネであるが、澄叡は我慢強く聞いた。


 否、彼女は純粋にハガネのことが知りたかった。


 そもそも知りたくて来たのだ。


 武闘家なる者、拳で語るもの……。


 そう信じていた彼女ではあるが、普通に言葉を交わしてわかり合うことも手段として持たないわけではない。


「まあ……そうでしたの……」


 ハガネのたどたどしい言葉から、おおよその話の流れを把握した頃には波はすっかり遠くなって、水平線がくっきりと浮かび上がる。


 どこか見えないところで海鳥がけたたましく鳴き出していた。


「つまり、自分よりも実力が低いと思っていた幼馴染みが密かに力をつけて、上をいかれてしまったと……」


 何時間もかけてハガネが説明した事を、澄叡はそう要約した。


 ハガネもこくんと頷く。


 恐るべきはハガネの説明でよくそこまでしっかりと把握したものだという、澄叡の洞察力であった。


「それのなにがいけませんの?」


 ところが澄叡はあっさりとそう言った。


「!」


 これにはさすがのハガネも驚いた。


「だって、そもそも武道家は自分の強さをひけらかすものではありませんわ。それに、話を聞く限り、あなたのお友達がそのような強さを誇るような方には聞こえませんし」


「うん! うんっ! チヨちゃんは絶対にそんなことしない!」


「でしたら、なにが問題なのですの?」


「ううっ……だって……私より強くなってただなんて……」


「つまり幼馴染みに先を行かれて悔しいと?」


「そう……なのかな……?」


「私に聞かれても困りますわ」


「う……うん……」


「でも、あなたより強い方が居たからといって、戦いを諦める理由にはなりませんわ」


「どうして? 自分が一番じゃないってわかるってなんかイヤじゃない?」


「ぐっ……それを貴女がいいますの?」


「ん?」


「ま、まあよろしいですわ。貴女、なにか好物のものはありまして?」


「ハンバーグ!」


「即答ですわね」


「うん! ハンバーグが好き! 特にチヨちゃんのハンバーグ……」


 そう言っているうちにハガネの声に元気がなくなっていく。


 それもそのはず、ハガネが落ち込む原因となった人物の手料理を大好物だと口にしている自分の節操のなさに、他ならぬ自分自身ががっかりしているのだった。


「ではこの世界に美味しいハンバーグがあるとしましょう」


「うん」


「では目の前にそのチヨさんのハンバーグがあってそれを食べますか?」


「うん! チヨちゃんのハンバーグは世界一美味しいから!」


「それでは解決になりませんわね……そうですわね……そのチヨさんのハンバーグ以外にも美味しいハンバーグがあるとして、あなたはチヨさんのハンバーグ以外のハンバーグは食べたいとは思いませんの?」


「食べたい!」


 そう元気よく答えた瞬間、ハガネのお腹がぐぅううっと元気のない音をたてた。


「チヨちゃんのハンバーグ……食べたいよぉ……」


「それで? そのお腹の空いた貴女に今、別のハンバーグがあるとしましょう」


「えっ!? どこにあるの? ハンバーグ!?」


「い、いえ、今のは喩えでして、ここにあるわけではありませんわ」


「なぁあんだ……」


「それで? いろんな美味しいハンバーガーは食べたくありませんの?」


「ハンバーガーじゃなくて、ハンバーグだよ」


「ぐっ……意外に細かいですわね……そのハンバーグですけど……強さに置き換えてみてみなさい……」


「うん。わかったよ」


「え?」


「わかった。アタシ、ハンバーグが食べたい!」


「本当にわかっていますの?」


「わかってるよ」


 その笑顔に朝焼けの光が射した。


「え……」


 一瞬……。


 澄叡はたじろぐ。


 これがさっきまでうじうじとしていた少女だというのか?


 まるで憑き物でも落ちたかのような晴れやかで爽やかな笑顔だ。


「なんか……わかったよ。うん……アタシ、ハンバーグを食べたい!」


 それは本当に理解しているのかどうなのかわからない発言だった。


 しかし、澄叡にはわかった。


 自分の言いたいことが伝わったことを。


「アタシ、食べるよ! 美味しいハンバーグを……食べる! だって食べたいもの!」


 澄叡には直感的にわかっていた。


 彼女、ハガネが直感で物事を理解する人物だと言うことを短い言葉のやりとりで察していた。


 だからこそ直感に訴えかける言葉を選んで投げたのだが、まさかここまで効果があるとは思っていなかった。


 もう二手三手、先まで説明を要するかと思っていたのにいささか拍子抜けでもあった。


「そう……でしたら、私と勝負なさい!」


「うん! それは出来ないよ!」


「なっ……ど、どうして? 話を聞いてさしあげたではありませんか!」


「だから! だからだよ! 今、話を聞いてくれた人と戦う理由が見つからない」


「ですから、私は武術大会の優勝者ですのよ?」


「おめでとう! アタシ、事情で出られなかったんだ。でもアナタみたいな人が優勝してよかったよ」


「え、あ……は、はぁ……」


「だから……なんていうのかな……アナタと戦うのは今、ここじゃない。そんな気がするんだ」


「じゃあ、いつなら? どこならよろしいの?」


「わかんない」


「はあ?」


「わかんないけど……これだけは言えるよ」


「アナタと戦うのは、アタシの血が滾った時」


「は?」


「うん。なんか前にお爺ちゃんにそういう相手に巡り逢う時があるって聞いてたけど、本当にそうなんだなって」


「えっと……つまり……私があなたの血を滾らせたら、勝負出来るってことですの?」


「う~ん……そういうことになるかな?」


「ふっ……ふっふ~んっ! なかなかに粋な計らいではありませんの! よろしいですわ! その挑戦! 受けて立ちますわよ!」


「うん。じゃあ、またね!」


「はっ? 今からどこに?」


「家に帰るの!」


「帰るって……走ってですの?」


「うん! 走ってこれたから、多分走って帰れるよ!」


「ちょっ……ちょっと! お待ちなさい!」


「じゃーねっ! ありがとう! ハンバーグの人!」


「って、もうあんなに遠くへ?! 私はハンバーグの人ではありません! 最上澄叡でしてよ! って砂浜をそんな速度で……て化け物ですの?!」


 小さくなるハガネの背中を見て、澄叡ははてと首を傾げた。


「あの子……一体どこに帰るつもりですの?」

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