第11話! ハガネとスミエ
人は哀しくなるとなぜ海を見つめに来るのだろうか?
どこかで聴いたような歌を思い出しながら、ハガネは海を見つめていた。
海岸の砂浜に足を抱えるように座り込んでいた。
「なんだかいつも見ている海よりも暗くて、波も荒いな……」
なんて思っている。
もう、なにも考えたくない……。
考えれば考えるほど、なぜ? どうして? なんで? WHY? と疑問符ばかりになってしまうからだ。
「アタシはもう……『プリ☆スタ』にはなれない……」
幼いあの日、二人で誓ったあの約束を。
ハガネは1日たりとも忘れたことなどなかった。
「アタシたちは『プリ☆スタ』になる!」
子供の頃の約束とはいえ、大事な約束だった。
なのに……。
まだ自分はその約束を果たせていない……。
チヨは誰から見ても可愛い存在として、ハガネの横に立つ。
幼馴染みの男の子が、女の子のハガネよりも可愛い。
それはハガネに強烈なコンプレックスをもたらしていた。
だが彼女はそんな劣等感すら跳ね返してきた。
そう。
自分が強くさえあればいい。
と……。
いかにチヨが可愛くとも、自分がそれ以上に強ければ、問題はない!
そう言い聞かせてきた。
なのに……。
黒く波打つ海を見て、ハガネはぼんやりと考えていた。
(それなのに……可愛いだけじゃなく強さまで兼ね備えていただなんて……)
それはこれまで押さえ付けてきた劣等感を爆発させるには十分な引き金だった。
可愛くて、健気で、いつも自分のそばに居てくれて……。
絶対に守りたいと……。
そう思っていた相手が自分と同等、いや、それ以上の強さを持っていたのは、ハガネにとってはショック以外の何物でもない。
だから逃げた。
そのショックに向かい合うのが怖くて……。
チヨと向かい合うのが怖くて……。
逃げた。
そして、そのまま海を見たいと思い、海が見えるまで走り続けたら、ここに居た。
ここがどこだかわからない。
多分、一番近い海だと思っている。
これまで何度となく見てきた海とは波の荒さが違うような気がするが……。
それも自分の心が荒れているのでそう見えているのだろう。
勝手にそんな風に解釈をしていた。
ただ、いろんな事を考えたくなくて、ハガネはただ、海を見ていた。
波を見ていた。
そんなハガネのところに一人の少女が立つ。
「アナタですね。金剛ハガネというのは?」
誰?
ハガネはそう感じた。
ただハガネはその問いかけを無視した。
金剛ハガネという名前を知っているということは、その素性も知っている人間ということになる。
今、自分を知っている人間と話をしたくない気分なので、ハガネはその問いかけを無視したのだ。
「聞こえてますの?」
うるさい。
ハガネは目を閉じ、そして抱えた膝に顔を埋めた。
「なんですの? あなた、本当に金剛ハガネ?」
「うるさいなぁ」
ぼそり。
ハガネは応えた。
否、厳密には返事でも応えでもない。
ただの拒絶。
それ以外の何物でもない。
しかし相手は引き下がらない。
「お立ちなさい、金剛ハガネ!」
しつこいなぁと思いながら、少しだけ目を開けて、ちらりと声の主を見る。
威風堂々自信満々容姿端麗のお嬢様がそこに立っていた。
彼女は武道着を着ていた。
それだけでハガネは彼女の目的が何かを察した。
察した上で、やはり無視した。
「さあ! 立ち上がってこの私! 最上澄叡と勝負しなさい!」
「勝負……」
その言葉を思わず口の中で反芻してしまうハガネだった。
「そうですわ!」
「やらない」
「どうしてですの?!」
「やる理由がない」
「ありますわ!」
「ないよ!」
「ありますわよ! この私こそ、アナタがボイコットした総合武術大会女子の部の優勝者なのですから!」
「ふぅん。おめでとう」
「あら、ありがとうございます……っじゃなくってぇ!」
「なに? 自慢しに来たんじゃないの?」
「ち・が・い・ま・す・わ・よっ! 私をそこらへんの三流へっぽこお嬢様武道家と一緒にしないでいただきたいですわ!」
「武道家……」
その言葉にハガネはピクッと肩を動かす。
その反応を見た澄叡は好機とばかりにまくし立てる。
「そう! あなたも武道家なら、出場する予定だった大会の優勝者と闘いたいと思っていることでしょうから、こうしてわざわざ私の方から出向いて差し上げましたのよ! おーっほっほっほっほっ!」
「大会……武道家……ぐずっ……」
「? あなた……? 泣いてますの?」
「泣いてないっ!」
そう言ってジャージの袖で顔を拭う。
「一体、何がありましたの? あの日……大会の当日……」
「あなたには関係ないでしょ……」
「関係はなくとも……いいえ、関係がないからこそ……話せることもあるんじゃありませんこと?」
「……あなたも武道家なんでしょう?」
「一応、そういうことになっていますわね……まあ、頭に『天才』が付きますけど……」
「じゃあ、もういいよ……アタシが負けたことにしてくれていいから……」
「ちょっ! ふざけないでくださいまし! そんなので帰れると思いまして!?」
「いいよ……帰ってくれないんなら……アタシが別の場所に行けばいいだけ……」
そう言ってハガネは立ち上がって砂を払う。
「それなら、私がついていきますわ……」
「はぁ……一体なんなの? アタシと勝負がしたいのなら、あなたの勝ちでいいって言ってるでしょ?」
「話のわからない方ですわねぇ……そんな腑抜けみたいな状態のあなたに勝っても、意味がないのですわ!」
澄叡の言葉にハガネはハッとさせられる。
「『おねがい♪ プリ☆スタ』第19話『ライバルとの真剣勝負』……」
「はい? なにを言っていますの?」
「毎年大会で優勝を争うライバルへの言葉……」
「あの……もし? 聞いておられます?」
「うっ……うっ……」
「ほら、やっぱり泣いているじゃありませんの」
「泣いてない! アタシは……泣いてなんか……ない……うっ……うっぇえええええっ……」
「ほら、どうしましたの? あなた、本当に大会の優勝候補でしたの?」
「だって……だってえっ……チヨちゃんが……チヨちゃんに……あううっ……うっ……うっ……うっ……」
「ちょっと落ち着きなさいまし。それではわかりませんわ」
「アタシぃ……大会で……優勝したらぁ……チヨちゃんにぃ……ううっ……うぁああああっ……」
「…………」
「こっ……告白ぉを……する約束……で……えっ……えっく……」
「まぁ……恋のお話ですの……とりあえず落ち着きましょう」
促されるまま砂浜に膝を突くハガネと、その肩を抱きながら腰を下ろす澄叡。
「私でよろしければお話、聞かせてくださいな……」
「でもぉ……でもぉ……アタシは……あなたのこと……知らない……」
「ええ、知らない者同士、しかし同じ武道家同士……ですが私たちは武道家である前に一人の人間ですわ」
「……う……うん……」
「人間であるならば、迷い、戸惑い、彷徨うこともあるでしょう……道を歩もうとする者であるならば、特に」
「だ、だけど……」
「私たちは初対面です……私はあなたの普段の顔を知りません。ここで泣いたところで、私はそれがあなたの顔だとは知らないのですよ……」
「うっ……ううっ……」
「だから、泣いておしまいなさいな……」
そう言って澄叡はハガネの背中にそっと手を置いた。
ここ数日……。
誰とも触れあうことなく、海辺に独り居続けたハガネにとって、その手の温もりがやけに暖かくて……。
「ううっ……っぁあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
ハガネは泣いた。
強くなろうと心に誓ったあの日、二度と泣くまいとそう決めた幼きあの日以来の涙だった。
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