第9話! 最上澄叡登場!

「一体どういうことですのーーーっ!」


 ガッシャーーーーーンッ!


 床に叩きつけられ激しい音を立ててそれは壊れた。


「ああっ! お嬢様! せっかくの優勝トロフィーをなんてことをなさいますか……」


 黒いスーツの初老の男性が慌ててその破片を拾い集める。


「こんな優勝トロフィーいくらあったところでなんの価値もありませんわ!」


 とお嬢様は手に持ったレースのハンカチを噛んでキーーーーーッ! と金切り声を上げた。


 今時、そんなマンガ的な表現をリアルでする人物が居るだなんて信じられないが、とにかく彼女は怒っていた。


「このトロフィーは然るべき形に修繕しておきます」


「ふんっ! そのようなもの可燃ゴミと一緒に燃やしておしまいなさい!」


「いえ、せっかくの澄叡お嬢様の栄光の証しにして偉業の一端でございます。それを形にして後世に遺すのも私の役目でございますので」


「そう……そうですわね、朝倉……私としたことが感情に任せてしまったわ……」


「いいえお嬢様。私、お嬢様もそのように感情を露わにして怒ることがあるのだと、返って安心したものにございます」


「安心?」


「はい。お嬢様は常に完璧、何をしても完全無欠」


「ま、当然ですわ!」


「故に、感情のコントロールが不得手にてございますれば、この爺、少々心配をしておりました」


 お嬢様は噛んでいたハンカチをはらりとはためかせて無言で続きを促す。


「お嬢様はまだお若い。ですので感情を押し殺してばかりではなく、たまには今のように感情のままに行動してしまうことも必要かと……そう思っておりましたところでございます」


「はあ……わかりましたわ、朝倉。ですが、このことは他言無用に願いましてよ」


「無論でございます。この爺、今の様は墓の中まで持って行く誓いを立てましょう」


「よろしくお願い致しますわ」


「ところで澄叡様……本日は一体、なにに対してそのように心を荒立てておいでですかな?」


 とぽぽぽと紅茶を入れて、そっとテーブルに置いて、その爺は聞いた。


 つまりは少し腰を下ろして気を落ち着かせようというのだ。


(まったくこの爺には叶いませんわね)


 と内心で舌を巻きながらそのお嬢様は豪奢なソファに腰を落とした。


 青の夜会用のドレスをさらりと着こなし、銀のストールとアンサンブルのロンググローブ。裾を切りそろえた黒い髪はまっすぐに背中に落ちて、どこからどう見ても深窓のご令嬢である。


 だが、その細身からは想像も出来ないパワーを秘めている。


 彼女の名前は最上澄叡。


 日本が世界に誇る最上総合工業の会長の孫娘にして最上財閥の一人娘である。


 そんな彼女に天は二物も三物も与えてしまった。


 それは格闘の才能だった。


 その細躯からは想像も出来ないパワーとポテンシャル!


 そしてテクニックを瞬く間に吸収したかと思うと、プロが目を疑うようなテクニックを自ら考案して実践していったのだ。


 まさに格闘界の才媛、『高貴なる格闘姫』と讃えられた。


 彼女は格闘技を学んで一年も満たない内に全国大会へと出場し、そこで優勝をかっさらったのだ。


 最初は空手、柔道、テコンドーと次々に制覇していって最終的に総合格闘までも優勝を勝ち獲った。


 彼女が今紅茶を飲んでいる居間のカウンターにも彼女の栄光の数々、これまで勝ち獲ってきたメダル、楯、トロフィーが所狭しと並べられていた。


 そんな彼女が、本日総合格闘大会の女子の部に出場したのだ。


 当然、結果は優勝……。


 優勝は……したのだが……。


「金剛ハガネが棄権?」

「何があったんだ?」

「格闘大会に出場すれば必優勝の金剛が出ない?」


 大会が始まってすぐに会場がざわつき始めた。


「ふんっ! 大会で出場出来ないなんて、たいしたことありませんわね」


 などと澄叡も言っていたのだが、大会が終わるまで……いや、終わったとしてもそのざわめきが収まることはなかった。


「金剛ハガネが出場していれば……」

「格闘姫の優勝はなかっただろう……」

「一体何があったんだ金剛ハガネに?」

「金剛ハガネはどこに?」

「金剛ハガネ」

「金剛ハガネ」

「金剛ハガネ」

「金剛ハガネ」


「って、どこを向いても誰に聞いても金剛ハガネ、金剛ハガネと! 優勝したのは私ですのよーーーっ!」


「なるほど……それはいささか後味の悪い優勝でございましたな……しかし、よく優勝祝賀のパーティーが終わるまで耐えられました。さすがは澄叡お嬢様にございます」


「当然でしてよ……お祝いに集まっていただいた方になんの罪もありませんもの……」


「素晴らしいお考えでございます」


「ですが……その金剛ハガネ……一体何物ですの?」


「名前から察するに、おそらくは金剛流の者かと……」


「なに? 知っているの、朝倉?」


「いえ、私も詳しくは……」


 重苦しそうに紳士朝倉は片目を伏せて、澄叡お嬢様の様子をうかがう。


 澄叡は無言で聞かせなさいとそう伝えていた。


「ただ……伝説がありまして……日本古来よりの武術で、古くは大和朝廷の建国に尽力しただの、聖徳太子に加勢しただの、壬申の乱で大海人皇子を勝たせただの、新しくは源氏に追われる源義経を奥州へ逃がしただの、南北朝の時代には楠木正成に尽力しただのという、にわかには信じられないおとぎ話のような噂を聞いたことがある程度でございますれば……」


「新しくで鎌倉室町時代の話だなんて……それ、本当の話ですの」


「ですから、私も話をするのが躊躇われたのですよ、澄叡様」


「そう……そんな流派が……聞いたこともないのですけれど、古武術かしら?」


「おそらくは……澄叡様がお望みでしたら調査させましょうか?」


「そうね……お願い致しますわ」


「畏まりました」


 そう言って朝倉という紳士は腰を綺麗に折った。


「ふふふっ……面白いですわ! 私、古武術とは一度本気で仕合ってみたいと思っていましたの!」


 そしてすっくと立ち上がると左手の甲を腰に、右手の甲を頤に当てた。


「おーーーーっほっほっほっ! 見てらっしゃい、金剛ハガネ! あなたを倒して私は名実共に日本一になってみせますわっ! おーーーーーっほっほっほっほーーーっ!!!」


 一分の隙もないお嬢様ポーズで高笑いをする澄叡お嬢様だった。

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