第2話! 登校風景

 ハガネは翔ける。


 羽のように軽やかに。


 実際には恐るべきスピードで。


 それに平然とついて行けるチヨも常人では考えられない。


 金剛家の石段を恐るべきスピードで駆け下りると、住宅街から商店街へと抜けて、そして河原へと走り抜ける。


 片道3kmはある通学路を、まるで朝の軽いジョギングのように駆けていく。


 もはやこの町の住人にとっての朝の風物詩となっている。


「もう、あのジジイ、またこんなギリギリになっっちまった」


「うん、でもまぁ、この調子なら充分間に合うから大丈夫だよ」


「ごめんチヨちゃん。毎朝付き合わせちまって……」


「大丈夫だよ。ボクもいい鍛練になってるし……」


「チヨちゃんはいつも踊りの鍛練してるんだから、必要以上にしたら疲れちゃうよ」


「心配しなくても大丈夫だよ。その為に、昔ハガネちゃんのおじいちゃんに鍛えてもらったんだし」


「あ~……思い出すなぁ……昔は一緒に鍛練したよねぇ……あ~あの頃は幸せだった……」


「もしかしてあの頃に戻りたい?」


「まさか! またあの鍛練を繰り返すのかって思うと頭がおかしくなっちゃうよ!」


 その頭がおかしくなってしまうような鍛練を耐え抜いてきて今があるのだけれど……そう考えるとチヨは思わず吹き出して笑ってしまう。


 いつもの朝のいつもの登校風景。


 流れる町並みを眺めながら、横に併走する幼馴染みを見てハガネは思う。


「今日もチヨちゃんカワイイ!」


 チヨとハガネは物心つくより以前からの幼馴染みである。


 高野家と金剛家は古来より密接な関係にあった。


 なんでも室町時代には両家とも存在していたというから驚きだ。


 金剛家は武術の家系で、もう一方の高野家は舞踊の家系である。


 舞踏と武闘は互いに通ずるものがあるとされており、両家の間で、互いの子供を弟子入りさせることもあった。


 よって、チヨは金剛家に出入りして金剛流の修行をし、またハガネも高野家に行っては舞踊の練習をしたこともある。


 一見、脳ミソまで筋肉系の完全武闘派なハガネではあるが、舞踊を学ぶ際には「気の流れと体幹の修行になる!」とかなりしっかりと基礎を学んでいたようだ。


 そのおかげもあってか、ハガネ自身、その身長やスタイルもあって、舞えば非常に華やかな存在となるのだが、残念なことに本人にその気が一切ないので、彼女の舞を舞台で見ることはない。


 さて一方の高野チヨは女装をしているので、「女形おやま」の家系とか、あるいは「跡継ぎは女性だけ!」というしきたりによって女の格好をさせられていると思われがちだが、実はそうではない。


 これまで何人もが彼に女装の理由を問うた。


 しかし、彼はいつも同じ答えを返す。


「だって、こっちの方がカワイイから!」


 以上!


 高野家の舞踊の継承は男女の別なく行われるので、千代之介である彼が女装する意味はない。


 つまり、家のしきたりやしがらみによって彼は女装をしているのではない。


 自分の可愛さを十二分に理解した上で、その方がいいと判断して、彼は女装をしている。


 そしてその美少女ぶりは、見る者全てが「女性」であることを疑わないほどの完璧ぶりを誇る。


 さらにいうならば、隣にいつもいるのが男勝りのハガネであるので、チヨの美少女ぶりがより苛烈なまでに際立ってしまうのだ。


 以上の事柄を踏まえてもう一度言おう。


 ハガネは通学時に、隣に並んで走っているチヨを見て思うのだ。


「チヨちゃん、今日もカワイイ!」


 そして、こうも思う。


「チヨちゃんカワイイ! 大好き!!」


 最初に言っておこう。


 ハガネはチヨちゃんに惚れている。


 そう、彼女は幼馴染みの男の娘に片想いをしているのだ。


「でもチヨちゃん、もう少しだけ待ってね……アタシがもっと強くなるまで!」


 このハガネの想いには、ある理由があった。


 それは……。


「待てえええええい! そこを行くは金剛流の金剛ハガネ殿とお見受けいたーすっ!」


 と回想へと行くはずの空気を読まずに乱入してくるのは本日の挑戦者チャレンジャーである。


 HERE COMES A NEW CHALLENGER! である。


「それがしこそは音に聞こえし武門の…」


「おはようございまーっすーっ!!!」


 とそこにさらに空気を読むことなくハガネは挨拶をする。


「えっ? あ? お、おはようございま……」


「そんじゃあ、手合わせよーい、はあーいっ!!!!」


 いきなり朝の定番の挨拶をされて戸惑う挑戦者を一撃で地平線の彼方へ吹き飛ばす、恐るべし金剛流!


「ハガネちゃん、名前とか流派とか聞かなくてよかったの?」


「う~ん……今の一撃が躱せないようじゃ聞くだけムダかなーって……」


「あー……それもそうだねー」


 この一連の事象を「それもそうだ」で済ますチヨの方も割りとまともな神経の持ち主ではないということがわかる。


「ちょっと時間ロスしちゃったかなー」


「うん、でもまぁ、今ならギリギリ間に合うよ」


「それじゃ急ごっか!」


 そう言って、また二人は駆け出すのだった。


 これが金剛ハガネにとって、また高野チヨにとっても、いつもの通学路のいつもの光景だった。

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