ハガネのココロ!
上島向陽
第1話! ハガネとチヨ
「ほっ♪ ほっ♪ ほっ♪ ほっ♪」
今日も朝から幼馴染みを迎えに行く為に、明るい茶色の髪を弾ませて軽やかに石段を駆け上がっていく。
制服のスカートは翻らないように、胸元のネクタイが乱れないように、細心の注意を払いながら、最速で登る急勾配の石段……。
幼馴染みの家は山の中腹にあり、そこまで登ってくると山門がある。
その山門こそ、金剛家の入り口である。
「おはようございまーす!」
スカートの裾をひらりとさせて門をくぐると、元気よく挨拶をする。
ここまで登ってきたというのに、不思議と呼吸は乱れていない。
むしろ軽い散歩でもしてきたかのような、溌剌とした声が響いた。
庭を掃除していた何人かが、礼儀正しく挨拶をしてくる。
金剛家というのは由緒正しい武術の道場であり、彼らは『金剛流』の門下生だ。
「あ、チヨさん! おはようございます!」
チヨさん、と呼ばれた人物はにっこりと微笑んでこう尋ねた。
「ハガネちゃんはまだ朝錬中ですか?」
早朝の鍛錬で「朝錬」である。
「そうです。今、ちょうど師匠と手合わせの最中です」
「う~ん……また時間掛かりそうだから、ちょっと声掛けてきまーす♪」
「お気をつけて」
「慣れてるから大丈夫でーす♪」
と道場の方へと駆けていく。
庭の奥にある道場として使われている建物の中からズドン! と大きな音がしたかと思うと戸板を数枚突き破って何かが飛び出てきた。
「がああああっ! チッキショーーーッ!」
くるくると空中で回転しながら庭の玉砂利を鳴らして降り立ったのは胴着姿の少女だった。
胴着姿、といっても、空手着の袷を濃紺色の帯で止め、下は膝上丈のスパッツを穿いただけだ。
セミロングの黒髪をポニーテールに括って、キッと跳んで来た方向を睨む瞳は熱く鋭い。
その後を追うようにして飛び出てきたのは巨大な肉塊……いや、筋骨隆々の……老人!
「がーっはっはっ! 油断したな! ハガネェッ!!!」
「こなくそーーっ! てりゃああああっ!」
「また技が大ぶりになっておるぞ! まだまだじゃのう!」
がっごぉおおおんっ!
人体の発する音とは到底思えないような重厚な音が、庭に響く。
これは金剛家に於ける毎朝の鍛錬だった。
「そらそらあ! 最近たるんでおるんではないかぁ?」
「くんぬぉおおおっ! ジジイがあああっ!!!」
がいんっ! がぃいんっ! どっごぉおっ!!!
互いにあり得ない打撃音が響く。
「ハガネちゃ~ん、おっはよ~♪」
そこに毎朝のように制服姿のチヨが声を掛けた。
「あっ♪ チヨちゃ~ん、おっはよ~♪」
満面の笑みで、祖父であり師匠である鉄拳を受け流しながら手を振るハガネ。
「ぬぅううううんっ! 戦いの最中になにをやっとるかあああっ! 隙アリじゃああああああっ!!!」
「きゃあああああっ!」
ずっどぉおおおおおおおおおおおおおんっ!!!
またも人体の発すべき音ではない感じの効果音が響いて、ハガネの身体は吹き飛ばされ、そして金剛家の外壁にぶつかって壊してさらに数メートル転がった。
「痛ったたたぁ……」
「がははははっ! まだまだ修行が足らんな! ハガネ!」
「むぅう……このクソジジイ! 可愛い孫に手加減の一つくらいしろってんだ!」
「残念だがなハガネよ、手加減なら十では足らぬくらいしておるぞ!」
「ぐぐぐぐぅっ!」
ギリギリと歯ぎしり&握りこぶしで悔しがるハガネ。
「ほらほら、ハガネちゃん、早くしないとまた遅刻しちゃうよ」
「あ、チヨちゃん、おはよう♪ ごめんね、すぐに支度するから!」
よっと飛び上がり、首を振って肩をならすと、もの凄い勢いで疾走して自室へと戻った。
壁が壊れるほどにぶつかったダメージなどまるでない様子である。
そして数分後……。
「お待たせ~♪ それじゃあ行こっか!」
とチヨと同じ制服に身を包んだハガネが玄関に姿を現す。
但し、チヨと異なり、首元にはネクタイではなくリボンタイを結ぶ。スカートも丈は短く、下には鍛錬の時に身につけていたものと同様にスパッツを穿いている。
元気な高校生という姿ではあるが女の子らしさ、というものは逆に減退していると言っていい。
「しっかりと勉学に励むんじゃぞ!」
靴を履くハガネに祖父の金剛正成がそう言って送り出す。
「わかってるよぉ!」
「それと、くれぐれも友達に迷惑を掛けぬようにな!」
「それもわかってるってぇ!」
「それじゃあ行こっか、ハガネちゃん♪」
「うん♪ 行ってきま~す♪」
と長く急な石段をまるでスキップでもするように駆け下りていく二人……。
「行ってらっしゃいませ!」
それを見送る数人の門下生たち。
ここは武術金剛流の道場。
その創始は飛鳥時代にまで遡り、代々敬承されてきたとされる伝説の武術。
現継承者にして、この道場の総師範を務めるのは金剛正成。
その孫である少女が金剛ハガネである。
幼い頃より武術漬けだった彼女はすっかり男勝りの格闘家になっていた。
祖父である正成から見ればまだまだ格闘家気取りではあるが、並の女子高生で彼女に勝てる者はそうは居ない。
ハガネという名前に関して、女の子なのになんという重々しい名前を、とよく言われるのだが、漢字で書くと【羽雅音】となり、なかなかに女の子らしい軽やかな文字が並ぶ。
そんな金剛ハガネを毎朝、学校に迎えに来るのは彼女の幼馴染みで高野チヨという。
ハガネの自宅であり金剛流の道場は山の中腹にあり、そこに来るまで坂道の石段を上がってくるのだが、彼女はそれを涼しげな顔で往復するのだ。
「しかし、チヨさん……相変わらず毎朝ここまで迎えに来て……すごいですね」
門下生の一人が師匠である正成にそう言った。
「うむ。あれもここで一時期修行していたことがあるからのう……あれくらいは当然じゃて」
そう、高野チヨも一時期門下生だったことがあるのだ。
「何度も聞いていますが未だに信じられません……とてもそんな風には見えませんが……」
「ふむ。人は見た目ではないからのう……」
「彼女……いえ、彼に関しては本当にそう思います……」
「あの……」
そこにもう一人の門下生が不思議そうな顔で問うてくる。
「何度聞いても信じられません。あの……お嬢様の幼馴染みというチヨさんが……あんなにカワイイのに……男だなんて……」
「じゃからじゃよ……人は見かけによらぬものなのじゃよ……」
金剛ハガネの幼馴染みの「高野チヨ」。
本名は「高野千代之介」という。
どこからどう見ても可愛い女の子だが、生物学上の男性であった。
男勝りの格闘少女、金剛ハガネと、幼馴染みの男の娘、高野チヨ……。
これはそんなどこかちぐはぐな二人の物語である。
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