第33話 エルフの里
エルフの里は森の中の開けた場所に存在した。これが森を切り拓いて作ったものなのか、それとも元々開けた場所であったのかはわからない。エルフたちは千年以上昔からこの森で暮らしている。あるいは彼ら自身もどういう経緯でこの広場が形成されたものなのか把握していないのかも知れない。
エルフたちの住居はヘイジーばあさんが暮らしていたのと同じ、樹木が変形したものだった。不可思議な形状の樹木が立ち並ぶ様は幻想的で、幼い頃読んだ絵本の図画を思わせる。
しかし状況はそう呑気なものではない。
ムーンボウは友好的だったが、これは彼女が若く柔軟な思考の持ち主だったからだろう。
里長を始めとした年寄衆が同じような対応をしてくれるとは限らない。むしろ呪いをかけた疑いを持たれていると知ったら猛烈な反発を示すはずだ。
リュヴェルトワールから来た一行はもちろん、ムーンボウも心なしか緊張している様子だ。
ちなみに
失神させられていた。打倒な処置である。
「エルク、頑張るにゃ……!」
「エルクならできるよ。気楽に行こう」
「失敗したら――まあその時はその時だ。なんとか尻くらい拭いてやるよ」
レッキ・レック、リュイ、ウィードからそれぞれ励まされ、エルクラッドは頷いてすうと深呼吸。そして大きく声を張り上げる。
「森に住まうエルフ達よ! 我が名はエルクラッド・ル・トワール! 父にして領主エルグランツ・ル・トワールの名代として参った! 里長との面会を求める!」
想像以上によく通る声だ。エルクラッドは頭の出来がよくないと街の人々から評価されていたが、容姿には秀でている。容姿だけでなく声にも恵まれているらしい。音楽の家庭教師がついていたのかも知れない。
中身はともかく、胸を張って名乗りを上げる様子はそれなりに様になっていた。これならば伯爵家の名代としては十分だろう。
「人族は随分と騒がしい。霊長としての誇りはないのか――ムーンボウ、お主が連れてきたのだな。厄介事を持ち込みおって――」
低い声で忌々しげに呟きながら里の奥から現れたのは、大柄なエルフの男だった。年の頃は人族で言うところの五十代半ば。細身ではあるが、筋肉はしっかりとついていて威厳と迫力のある人物だ。
「人族に名乗る名はない。無論交わす言葉もな。エルクラッドとか言ったな? 却って伯爵に伝えるがよい。我らエルフとお前たち人族は不干渉。交わす言葉すらないとな」
里長の言葉にはエルクラッドたちへの明確な侮蔑が込められていた。
リュイはヘイジーの話を思い出す。――かつてエルフ族は人族や獣人族の精神を操り、奴隷として従属させていたと。
「ですが長様――」
ムーンボウが口を挟もうとするが、里長はそれを遮る。
「差し出がましいぞムーンボウ。お前が隠れて森の外に出ているのは皆知っている。人族にほだされたか? 我らエルフの面汚しめ」
そう言われてムーンボウは俯き、唇を噛んで黙り込む。
場の雰囲気が剣呑になっていく。ウィードは背中に佩いていた大剣の柄を握り、いつでも振るえる耐性に入っている。レッキ・レックも同じく短剣の柄に手をかけていた。護衛としては当然の行動だろう。エルクラッドも顔に出さないようにはしているが、ひどく緊張しているのが見て取れる。
そんな中場違いににこにこと微笑んでいる人物がいた。
リュイ・アールマーである。
「そうですか。ではあなたからお話を聞くのはやめておきますね」
リュイはそう言うと、ムーンボウの方を振り返った。
「
「え、ええ。構わないけれど」
ムーンボウが了承すると、里長が割って入る。
「待て、ムーンボウ。話すことなど何もないだろう」
そう言った里長に、リュイはにこりと笑いかける。
「はい。ですから、僕たちはあなたたちとは話しません。ムーンボウと話をするだけです。それとも、
リュイがじっと里長の目の奥を、探るように見つめる。里長は思わず視線を逸らした。
「そんなことがあるわけなかろう。我々は潔白だ」
「
「だから我々は罪に問われるようなことはしていないと……」
「エルクラッドはあなたと
リュイは極上の笑みを浮かべた。里長がしまったと言わんばかりの顔をする。
「我々――いえ、トワール伯爵家に対して後ろ暗いことがあると――認める。そういうことでよろしいですね?」
「ぷう!」
リュイの追い打ちに追従するように、肩の上に乗ったパッフが鳴く。
里長の目が見開かれた。
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