第31話 エルフの少女

「――……」


 プラチナブロンドの長い髪。光の加減で紫にも青にも見える虹彩。すらりとした手足。チェンジリング半分エルフのリュイと異なり明らかにそれとわかる尖った耳。魔女ヘイジーは老齢のためか小柄だったが、この少女は人族の少女たちよりも背が高い。


 少女は警戒しているのか、何を言うでもなくリュイたちを見ている。生活のために狩りをする獣人族とは異なり、人族が森に立ち入ることはこれまでなかったからだろう。


 彼女は長弓と短剣を所持しているようだが、攻撃の意志は感じられない。もしその意図があったとすれば、姿を現すより先に矢が飛んできたであろう。

「――あなた、ハーフエルフ?」


 彼女の第一声はリュイに向けられたそれだった。この国のエルフ族と人族は伝統的に不仲だ。エルフと人の混血が珍しいのかも知れない。


「不躾な奴だな。そんなこと聞く前に名乗るのが道理だろ」


 リュイが何か口にする前に眉をひそめてそう言ったのはエルクラッドだ。


「――そうね。ごめんなさい、人族の流儀には慣れていないの。考えてみれば確かに不躾だったわ」


 エルフの少女は素直に自らの非礼を詫びる。


「わたしはムーンボウ。この森で暮らすエルフよ。あなた達は何をしにここに来たの? 狩りをしに来た、というわけではなさそうだけど」


 ムーンボウと名乗った少女の視線がちらりとレッキ・レックの方に向けられる。それからずだ袋シスター・ペトラの方に向いて――何も見なかったことにしたようだ。


 獣人族が日々の糧を得るために森へ出入りしていることは彼女も把握しているらしい。だがレッキ・レック一人ならともかく、この五人組が狩りを目的に森を訪れたわけではないのは一目瞭然だ。


「俺はエルクラッド・ル・トワール。伯爵家の嫡男だ。今日は妹――アンゼリカ・ル・トワールの件で里の責任者と話がしたくてこちらを訪れた。このハーフエルフはリュイ・アールマー、魔術師だ。他の三人には護衛として同行してもらっている」


「伯爵家の嫡男が森に――?」


 ムーンボウは事情がよく呑み込めていないようだ。伯爵家の、それも嫡男が名代として現れたことに目を丸くしている。


「人族のことはよくわからないけど、伯爵はこの辺りの土地の主なのよね? それであなたはその代理人で、里長に話があるということ? ごめんなさい、わたし達は長命すぎて親子とか兄弟とかそういう関係性に疎いのだけど、そういう理解でいいのよね」


「あ、ああ」


 エルクラッドは少し戸惑いながら首肯した。本来人族を疎んじているはずのエルフが、存外友好的に話しかけてくるからだ。


「――一応、どういう用件なのか聞いてもいい?」


 ムーンボウが少し声を低くして問う。


 それに対してリュイが一歩前に進み出た。


「アンゼリカ嬢はある時から目が見えなくなったんだ。調べた結果質の悪い呪い――『憑き物』であることが判明した。それで呪いの元を調べているんだけど――言っちゃ悪いけどトワール伯爵家とエルフ族はついこの間まで対立してたでしょ? それで話を聞きたくてね」


 リュイは慎重に言葉を選んで事情を説明する。


「――要はわたし達エルフを疑ってるってこと?」


 ムーンボウは眉をひそめ、少々険のある声で問い返す。リュイが困ったような笑顔を作って口を開こうとすると、ウィードが口を挟む。


「当たり前だろう。自分たちが何をしたか忘れたのか?」


「それは――だって――人族たちが……」


 ムーンボウはウィードの言葉に反駁をしようとして――それから口を閉ざして俯いた。


「そう、ね。どんな理由があったとしても確かにわたし達のやっていたことは無法者と変わりないわね。不本意だけどわたしたちエルフが疑われても仕方ないわ」


 ムーンボウは肩を落としてそう言った。


「――実際のところ、心あたりがまったくないわけでもない……わ。もしかしたらあの子のせいかも……」


 首に下げた翡翠のペンダントに触れて発せられたムーンボウの言葉に、全員が顔を見合わせた。


「里は森の奥にあるの。獣人族でも迷いやすいから案内するわ。ついてきて」


 そう言うとムーンボウは背筋を伸ばして歩き出した。


 予想外の物分かりの良さに、一向は戸惑いながらもその後に続く。

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