第28話 ヤーガ・レック
「ああ、緊張する……」
村長――“ばば様”の家の前でエルクラッドはそわそわしていた。
「ばば様は口うるさいけど怖くはないにゃ? なんでそんなに緊張することがあるにゃ?」
レッキ・レックは腕を頭の後ろで組んでいる。伯爵家の令息と寒村の村長とでは天と地ほど身分の差があるのだから、どちらかと言えば緊張するのは“ばば様”の側だろう。
「だって父上の名代として挨拶することになるんだぞ! へましたら親父に何言われるか……」
エルクラッドがそう言って身震いしていると、ずっと黙って見守っていたウィードがエルクラッドの頭にぽんと軽く叩いた。
「エルグランツ卿とは――そうだな二年そこそこの付き合いだが、一度や二度の失敗でそう怒るような器の小さい男じゃない。……無理にうまくやろうなんて考えなくていい」
ウィードのいかにもいかつい見た目に反した優しい励ましに、エルクラッドの目がキラキラと光る。
「あ、兄貴――!!」
まさかの兄貴呼びである。レッキ・レックに次いでエルクラッドもウィードに懐いたようだ。いや、懐いたというか舎弟感が強い。エルクラッドにはチンピラの才能でもあるのだろうか。――もし貴族に生まれてなかったら街にチンピラになっていたかもしれない。
「なんかやれる気がしてきたぜ」
まあそれでエルクラッドがやる気になるのならいいだろう。多分。
エルクラッドはすうっと深呼吸して、立て付けの悪い戸板を叩く。
「――失礼する」
エルクラッドはしっかり背筋を伸ばし、堅い口調で声をかける。
「レッキ、扉を。――エルク、こういう場合貴族は自分で扉を開けないものだよ」
リュイが小声で助言すると、レッキ・レックが何も言わず静かに扉を開けた。
「トワール伯爵の名代として参った。エルクラッド・ル・トワールだ」
エルクラッドが名乗ると、中年の男女二人が跪いた。
「レッキ・レックの父、ヨッキ・レックと申します」
「同じくレッキ・レックの母、マオ・レックと申します」
「このような恰好で申し訳ございますぬ。老齢ゆえ、脚を悪くしておりましてな――この村をまとめております、ヤーガ・レックと申します」
“ばば様”――ヤーガ・レックは杖を突いて椅子に座っている。本来ならレッキ・レックの父母と同様に跪くところだが、脚が悪いというのは事実なのだろう。
「若様にはレッキがお世話になっているようで、不肖の息子がご迷惑をおかけしていないかと気を揉んでおります」
「レッキはちゃんとやっているのでしょうか」
レッキ・レックの両親は不安げに問う。奴隷としての扱いを知る世代だ。貴族に対してはどうしても及び腰になってしまうのだろう。
「よき友人として親しくさせていただいている。今回も案内役として頼りにしている」
エルクラッドはいかにも貴族の子弟らしいしっかりとした口調で答える。
「ほほ、二人はこう言っておりますがの、レッキの狩りの腕は確かですのでどうぞこき使ってやってくだされ」
ヤーガ・レックはただでさえしわくちゃな顔をさらにしわくちゃにして微笑むとそう言った。領主の息子と親しくしているとあればレッキ・レックの立場は安泰だからだろう。この村に目をかけてもらえるという打算もあるのかも知れない。
「今日おいでになることは猫神様のお告げにより承知しておりました。ご用件はエルフの里の件についてですかのう……」
「ああ、その通りだ」
「彼奴らには我々も手を焼いておりましてのう。わしらは本来狩りにて生業を立てる身、しかし森での狩りをエルフどもは邪魔しに来おる。自分たちが先に陣取っていたというだけの理由での。――わしらからすれば森は誰のものでもないんじゃが――」
「俺たちからすればエルフも聖竜教会も変わりません」
「連中はわたしたちを同じ人間だと思ってないのよ」
ヤーガ・レックの言葉を引き取るように、レッキ・レックの父母が苦々しげに言う。
「エルフはプライドの高い種族ですからね――それに彼らは自然霊を崇めているそうですから、森を聖なる土地として捉えているのかも知れません」
初めてこの場で発言したリュイに注目が集まる。
「申し遅れました。論理教の導師、リュイ・アールマーです。――この耳は
一礼してにこりと微笑んだ。
「この度はトワール伯爵家の依頼によりアンゼリカ嬢に降りかかった災いを祓うため随伴しております」
「アンゼリカ嬢というと、伯爵様の末のお子であったかの。確かに盲いておられると」
ヤーガ・レックはふむと考え込む。
「リュイ殿はアンゼリカ様の病にエルフが関わっていると考えておられるのか?」
「ええ。まだ断定はできませんが――それを確信とするためにエルフの里へ探索に赴くのです」
レッキ・レックの父の問いにリュイはあえて『交渉』という言葉を避けて答えた。
「ヤーガ・レックさんはどうお考えになりますか」
リュイに問われて、ヤーガ・レックはしばしの間瞑目して考え込む。
それからおもむろに目を開くと言った。
「――猫神様に問うて見るとしよう」
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