第27話 黒猫獣人の生まれ故郷

 ランサ・トワール街道を南下して、レッキ・レックの生まれ育った村に辿り着いたのは太陽の光がオレンジ色に変わり始めた頃だった。自信なさそうにしていたエルクラッドだったが、手綱さばきはなかなかのものだった。パッフに懐かれていた件もそうだが、動物に好かれやすい質なのかも知れない。魔術師としては使い魔ファミリア―の扱いの中心に学ぶのが適切かも知れないとリュイはカリキュラムの算段を立てる。


 辿り着いたレッキ・レックの村はまさしく寒村と言った有様だった。建物は木造で、かなりお粗末な造りをしている。この辺りではあまりないが、大風が吹けば吹き飛んでしまいそうだ。


 畑の様子を見ると、これもまたお粗末だ。畝の作り方も苗の植え方も乱雑である。


 だがそれも仕方のないことだ。獣人族の生活様式は祖霊とする動物によって多様だが、猫科の動物を祖霊とする獣人族は元をたどれば狩猟民族で、森の中で暮らしている場合が多い。


 本来彼らは別の場所で暮らしていた。森の中で独自の文化を形成していたのだ。しかし奴隷解放令が発布されるまで、彼らは奴隷狩りの対象だった。奴隷解放令によって奴隷から平民の身分になったものの、本来彼らが暮らしていた土地からは引き離され、トワール伯爵領の僻地に追いやられている。


 レッキ・レックを見るに、狩人としての職能は引き継がれている。ただ、それを生かす場所がない。近隣の森はすべてエルフに支配されており、満足に狩りができないのだ。


 必然、彼らは苦手な農耕によって食料を賄うしかなくなる。土地が痩せているなら猶更収穫はよくない。その上せっかくとれた麦の少なくない割合が租税として召し上げられてしまう。獣人族の大半が苦しい生活をしているのも無理からぬことだ。


「エルクはどう思う?」


「へ?」


 リュイはちょうど村の前に馬車を止めたエルクラッドに声をかける。


「この村のことだよ」


「え? ああ、貧乏そうな、村だな……」


「それだけ?」


 リュイの声が少し冷ややかになる。この村で生まれ育ったレッキ・レックは今両親や村のまとめ役であるシャーマンを呼びに行っている。


 エルクラッドは伯爵家の嫡男だ。領主になれば多くの権力を得るだろう。だが権力には当然責任が伴う。獣人族もこの世代においては奴隷だった頃の記憶が残っているから大人しいが、それが忘れられた後はわからない。ただ貧しい、苦しいという感情だけが残って、痩せた土地に自分たちを押し込めた伯爵家を憎む者が現れるかも知れない。


 リュイは政治に興味はない。ただ、領内に点在する獣人族の集落、その貧しさをどうにかしなければ将来的に大きな問題になるであろうことぐらいはわかる。


 ウィードは素知らぬ顔で膝の上にいるパッフを撫でている。本当に興味がないのだろう。


 例のずだ袋に関しては――あえて何も言うまい。


「え、あっと……貧乏なのはよくないよな。こういう村が豊かになれば税収も上がるし、ええと……」


「具体的な施策は?」


 しどろもどろになるエルクラッドにリュイが詰めると、


「――思いつきません」


 そう言ってエルクラッドは俯いた。まあこれまで遊び歩いていたのだから当然だろう。


「とりあえず現状困っていることとか村の人に聞いてみたらいいんじゃない? 領主一族のお勤め頑張ってね」


 リュイはにっこりと笑うと、エルクラッドが恨めしげな目を向けてくる。別にこういう意図があってエルクラッドを連れてきたわけではないが、伯爵家に恩を売っておいて損はないだろう。ドラ息子が真剣に領地運営のことを考えるようになったとなれば、エルグランツ卿は飛んで喜ぶはずだ。


「さて、そろそろレッキ・レックが戻ってくる頃かな」


 リュイがそうつぶやくと、ちょうどレッキ・レックが駆け足で戻ってくるところだった。


「にゃ。馬車を村に入れる許可をもらってきたにゃ。ばば様と父ちゃんと母ちゃんが挨拶したいって言ってるにゃ。ばば様は足が悪いからご足労願うけど鎌わんにゃ?」


「だって。大丈夫? エルク」


「かかかか構わないぜ、おおおおおお俺は一向にかかかかか構わないんだぜ」


「なんでそんなどもってるにゃ……?」


「伯爵家の令息ともなればもっと偉い人とも会うだろうに」


 レッキ・レックとリュイが揃って首を傾げる。


「俺は領地から出たことないんだよっ、社交界デビューはまだなの!」


 エルクラッドが情けない反論をする。


「大丈夫? 頭の中いじくってあげようか?」


 リュイが問う。精一杯の気遣いである。


「さらっと怖いこと言うのやめろ!」


「ちょっと試してみたい術式があったんだけどなあ、残念」


「お前、お前お前お前、伯爵家の跡継ぎを実験台にするつもりだったの!?」


「まっさかあ~、ほんの冗談だよ」


 にこにこと微笑みリュイの目は全く笑ってない。リュイは基本的に温厚だが、こと魔術の研究においてはシスター・ペトラに負けないほど危ないところがあるのだ。


「ま、とりあえず村長のところに行こう。僕色々聞いてみたいことがあるし。レッキ、案内してくれる?」


「合点にゃ!」


 こうして一向は村長である――レッキ・レック曰くところ“ばば様”の元へ向かうことになった。

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