第26話 呻くずだ袋

 翌朝。


 リュヴェルトワールの南端――街の出口に馬車が待機していた。パッフは初めての遠出にはしゃいで、馬車の周りをくるくると飛び回っている。


 シャルロタに頼んで手配してもらった物だ。御者はいない。エルフの里に好き好んで近づきたがる者などリュヴェルトワールにいない。エルクラッドができるというから任せることにした。当人は何をやっても中の下というが、意外と器用というか、多才だ。だが――。


「本当に大丈夫にゃ? 御者なんてできるのにゃ?」


 レッキ・レックは疑わしげだ。まあ無理もあるまい。トワール伯爵家の令息と言えばポンコツで有名なのだ。

「街道を走らせるだけなら大丈夫だ。――多分」


「不安だにゃあ……」


 レッキ・レックはこう言っているが、まあ腑に落ちる部分もある。トワール伯爵家はそもそも使用人の数が少ない。専属の御者もいるにはいるが、エルクラッドなりに色々考えて、技能を身に付けたのだろう。結果、器用貧乏になっているのはなんというか、哀れだが。


「まあ本人ができるっていってるんだし大丈夫じゃない?」


 リュイは軽くそう言う。妹のことが絡んでいるだけにエルクラッドはかなり真面目だ。できないことをできるとは言わないだろう。自己評価が低いせいであんな言い方をしてはいるが。


 そもそもの話。


 リュイは動物の精神だって操作できる。何なら馬を使い魔ファミリア―にすることもできるのだ。もしエルクラッドに任せてダメだったら魔術に頼ればいいだけの話だ。


 これからランサ・トワール街道を南下して、エルフの里へと向かう。直近にいくつか獣人族の村があるらしいので、そこで馬車を預ける。そこからは徒歩だ。該当する村の中にはレッキ・レックの故郷もあるというからそこに預ければ安全だろう。


 馬車にはリュイ、レッキ・レック、ウィード、なぞのずだ袋の四人が乗り込み、エルクラッドが御者を務める。それから往復するには十分の食料なども積み込んである。これはマイアに頼んで手配してもらったものだ。ぽっと出た伯爵家との取引にマイアはほくほく顔をしていた。彼女は根っからの商人である。


 四人は馬車に乗り込み、ずだ袋が放り込まれる。そこで一人もっともな疑問を提示したものがいた。


「そういえば――このずだ袋は一体?」


 リュイ・アールマーである。


「気にするな」


「気にしない方が幸せにゃ」


「俺は何も見てない」


 他三名が口を揃って目を逸らすものだから、余計に気になるというものだ。


 何せずだ袋からは――。


「ぬぅぅぅぅ、ぬぅぅぅぅ、邪悪なる異教徒めぇ……これで勝ったと思うなよぉ……」


 と、呻き声が聞こえているのだから。


「これシスター・ペトラだよね?」


 リュイが言うと、レッキ・レックが沈痛な面持ちで俯いた。


「気づいて、しまったにゃ……」


「いや、気づかない方がおかしいというか――どうするのこれ?」


 リュイがずだ袋を指さして眉をひそめる。こんなものをエルフの里に連れていったら揉めること請け合いだ。


「こいつは一応、バラージュ司祭からお前の護衛を指示されているらしい。例の『影』対策だな。だがエルフの里に連れて行ったらこいつは確実に揉め事を起こす。かと言って連れて行かないと司祭の立つ瀬がなくなる」


 ウィードがそう説明する。そしてズダ袋を足で軽く蹴った。仮にも女性に対する態度ではない。シスター・ペトラこの生き物を女性と呼んでいいかどうかは別として。


「だからこうして連れていきましたという体裁だけ作っておく」


「まあこうしてずだ袋に入っている分には押すと笑い声が聞こえるおもちゃみたいなもんだからな」


 ウィードの言葉をエルクラッドが引き継いだ。こめかみを揉み解している辺り、彼も領主の息子として思うところが色々とあるのだろう。


「袋を破って飛び出てきたりしないかな?」


「ふむ。鋼の鎖で縛っているから大丈夫だと思うが万が一ということもあるな……」


 リュイのもっともな疑問にウィードがそう考え込む。


「あの女、いざとなると鋼の鎖程度もろともしないにゃ」


「竜祈法による身体能力強化はバカにできないからねえ」


 レッキ・レックの意見に、リュイも考え込む。


 それからしばらく間を置いて回答を出した。


「ま、いいんじゃないかな。暴れてバラージュ司祭の顔に泥を塗るならそれはそれで。聖竜教会が伯爵からの信頼を失うなら僕ら魔術師としてはかえってやりやすいし」


 リュイはにこりと微笑んでそんなことを言う。


 他の三人はドン引きである。


「リュイ、お前……」


「考えることがえげつないにゃ」


「まあ魔術師ギルド側としてはそれでいいだろうが、エルフ族と揉めたらどうするつもりだ? 奴らに聖竜教だとか論理教だとかの区別はないぞ」


 ウィードの指摘はもっともだ。エルフ族はとにかく人族を敵視している。


「そこは僕がなんとかするよ。僕は他者の精神を操れる魔術師だ。手段を選ばなければやり様はいくつでもある。シスター・ペトラに精神干渉への耐性がないことは確認済みだしね」


「わかった。そこまで算段がついているのならいいだろう。ただお前、見る限り身体能力はかなり低いだろう。エルフ族は弓が得意だからな。有事の際は俺の背中に隠れて動け」


 ウィードはリュイの言葉を受けて一応納得はしたが、そのように忠告も付け加える。実際、リュイは体を動かすのが得意ではない。やはり見る者が見ればわかるのだろう。


「うん。本来研究者タイプの魔術師だからね僕は……エルクも気を付けてよ? 伯爵家の跡取り息子なんだから」


「俺がポンコツなのは自分が一番わかってるよ。俺は自分の身を守ることだけに専念する。それでいいだろ?」


 エルクラッドが肩を竦める。


「うん。エルクの出番はエルフ達との交渉の時だ。――そういえば伯爵閣下とはちゃんとお話ししたのかい」


 リュイが問うとエルクラッドは神妙な顔で頷いた。


「ああ。やれるだけやってみろって」


「よかったね、見放されてなくて」


「まったくだ。これから挽回していかないとな」


 そういうとエルクラッドは唇を引き締める。


 そして御者台に座って手綱を握ると、馬に軽く鞭を入れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る