第24話 失神せずにはいられない
檻から出ることをようやく許されたシスター・ペトラは、魔術師ギルド前で不適な笑みを浮かべていた。
「ふっふっふ――ついにリュイ・アールマーと決着をつける時が来ましたね……」
シスター・ペトラは敬虔な――盲信的とも言っていいほどの聖竜教徒だ。人類はすべて聖竜教会に帰依すべきであり、それを拒絶するものは邪悪だと思い込んでいる。
五年前――ペトラが十三歳の時だ。空から石が降って来て、ペトラの頭を直撃した。
頭に強い衝撃を受けたペトラは一昼夜意識を失い、生死の境を彷徨った。
そして彼女は――『神』に出会った。
『神』は円錐形の胴体と顔のない頭部を持ち、無数の触手と手を有していた。流動する名状しがたきその姿に、ペトラはこれこそ神秘たるものなのだと夢の中で歓喜の涙を溢れさせた。
『神』はペトラにこう告げた。
『聖竜教会に帰依しないものは邪悪だと思う――多分そう。うん、別に絶対じゃないけど。私が言うんだから間違いない――気がしないでもなくないよ』
ペトラはそのお告げを聞いた日から、より一層修行に励むようになった。
すべては邪悪なる異教徒を排除し、人々を聖竜教に帰依させるため。
そしてシスター・ペトラは強くなった。それこそドラゴンとも拳で語り合えるのではないかと言うほどに。
だが邪悪なる異教徒、リュイ・アールマーはペトラの思う以上に卑劣だった。不可解な妖術を以ってペトラの意識を奪い――呪いをかけた。
あの日から毎晩リュイ・アールマーの夢を見る。夢の中でペトラはリュイ・アールマーを陬ク縺ォ蜑・縺?※蜈ィ霄ォ繧偵?繝ュ繝壹Ο縺ィ闊舌a縺溘j縺翫■繧薙■繧薙r縺上j縺上j縺ィ縺?§縺」縺溘jしてしまうのだ。――思い出しただけで羞恥と興奮に頬が赤らんでしまう。聖職者としてあるまじきことだ。
なんとしてもリュイ・アールマーを折伏し、この呪いを解かせなければならない。
ペトラは意気込みを新たにすると、大きく息を吸い込んだ。
「た、の、もおおおおおおお~~~~~~~!!」
ペトラの大声が響きわたる。魔力を込めて叫んだので、街中に響き渡るほどの声量である。
端的に言うと、うるさい。
「た、の」
「うるっせええええええっ! にゃっ!」
魔術師ギルドの窓が開き、石の塊がペトラに向けて投げつけられた。かなりの剛速球である。ガチで殺しに来ているのか、それともこの程度では死なないと思われているのか。判断に迷うところである。
まあ実際たんこぶ程度で済んだのだが。
「こっちは勉強中だにゃ! 大声出すんじゃねえにゃ! 鼓膜が破れるかと思ったにゃ!」
窓から顔を出しているのは確か――レッキ・レックとかいう獣人族だ。
「普通にドアから入ってくればいいのになんでお前は斜め上の行動をとるにゃ? ここは道場でもなんでもないにゃ。リュイに絡みに来たのならケツまくって帰るにゃ。リュイは今忙しいにゃ。めーわく千番にゃ」
レッキ・レックは窓から身を乗り出し、半眼でペトラに辛辣な言葉を投げかける。
「むっ、失敬な。どちらかと言えば失敬な。わたくしは司祭様の命を受けてリュイ・アールマーの護衛に参ったのですよ。それはまあ、隙あらばという気持ちが多少なくもないですが」
「帰れにゃ」
「なぜですか!?」
「隙あらば護衛対象の命を狙うとか公言するバカがどこにいるにゃ!? あっここにいるにゃ!? とりあえずお前みたいな危険人物と関わり合いになりたくないにゃ!」
「そういう訳にも参りません! それでは司祭の面目が丸つぶれではないですか!」
「ぶっ潰してるのはお前だにゃ!」
「――ふっ、あくまでわたくしの前に立ちはだかりますか。邪悪四天王レッキ・レック……」
繰り返される堂々巡りのやり取りに、ペトラはニヒルな笑みを浮かべた。
「あなたがあくまでわたくしを排除するというのなら仕方ありません。こちらも力づくで参りましょう」
そう言うとシスター・ペトラは決めポーズをとる。
「ある時は敬虔なる尼僧! またある時は敬虔なる尼僧! 果たしてその実――」
ブオンッ! ガス! ズドォォォーン!
ペトラがすべてを言い切る前に背後からの衝撃で彼女は吹き飛び、その辺の壁に叩き付けられた。
一撃を加えたのは長身の男――“隻腕の”ウィードだ。背中に佩いている大剣は使用していない。拳でぶん殴っただけだ。
ウィードは吹っ飛ばしたペトラにつかつかと歩み寄ると、猫の子にするように掴み上げる。
「あのシスター・ペトラを純粋なパワーだけで失神させるだけなんてさすがにゃ……」
レッキ・レックは目をキラキラさせてウィードを見ている。
ウィードはレッキレックをチラと見上げると、淡々とした口調で問うた。
「リュイ・アールマーはいるか? 護衛を頼まれて来たのだが」
「いるけど、おいらたちの武器の加工をしてるところにゃ。とんでもない集中力で声かけても全然気づかないから、少し待ってもらうけど、いいかにゃ?」
レッキ・レックが首を傾げると、ウィードは幾分表情を緩めて「構わない」と言った。
「俺はどうせ暇だからな」
「でも驚いたにゃ。リュイのやつ、いつの間に護衛の依頼してたにゃ?」
確かにウィードを護衛に雇いたい、というような話はしていた。だが、まだ実際に冒険者ギルドへの依頼は出していなかったはずだ。
「いや、トワール伯爵からの指示だ。色々と面倒な事情があるんだよ。これが来たのも同じ理由だろうな。リュイ・アールマーの作業がひと段落ついてから説明する。中に入ってもいいか?」
ウィードが言うと、レッキ・レックが頷いた。
「もちろんにゃ。――っておいらここの家主じゃないけどにゃ」
「では腰を落ち着かせて待たせてもらうとしようか。噂通りならそれなりに時間がかかりそうだからな」
そう言ってウィードは扉を開け、魔術師ギルドに足を踏み入れた。
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