第22話 犯人はあいつらだろ多分

 憑き物。


 それは呪いの中でもも極めて質の悪い代物だ。


 例外もあるが、個人に対してというよりも『名』や『血統』に対して作用する類のものだ。


 歴史や伝承を紐解けば、呪われた一族というのがあらゆる地域で散見される。どの家系も最終的には滅亡するため、現存はしていない。だから憑き物という観念自体が眉唾ものだとする研究者も多い。


 憑き物は恨みなど負の思念から生まれた魔力の塊――端的に言えば『怨霊』だ。非業の死を遂げた生命体が今わの際に放つ強い想念――それが強力なエネルギーの塊となり、『名』という概念に絡みつく。それが『名』や『血統』に対する強力な呪いとなるのだ。


 効果は様々で『何かしら災いが降りかかる』としか言えない。


 はっきり言える特徴は『末代まで祟る』の言葉通り、その『名』が消え去るまで憑き纏わりつく。術者が死亡しても効果は途切れない。


 そんな家と婚姻関係を結びたがるものはいないから、憑き物に呪われている一族はそれを隠し通すか、滅びを待つかどちらかしか選択肢がない。だから現存する憑き物の一族が確認されていないのだ。


 事例としては強力な魔物を倒した英雄の家系。政敵を陥れ非業の死を遂げさせた貴族の家系などが伝承として伝えられている。


 ではトワール伯爵家はどうなのかと言うと――。


「先代も先々代も不幸が連続したということはないな」


「わたしの実家も同じねえ。特にそういう話を聞いたことはないわ」


 伯爵夫妻はそう言い切った。


 これは恐らく事実だろう。


 リュイは王都にいたし、現代において不幸が連続している家系があれば噂話くらいは入ってくるだろう。リュイは魔術オタクで世間の噂話には関心がないが、母がとにかくお喋りで噂話は嫌でも耳に入ってくるし、姉は弁護士でそういう情報に敏感だ。


 大体、研究オタクだらけの魔術師ギルドで憑き物持ちの一族が現存しているなんて誰かが知れば、噂にならないはずがない。


 となれば、トワール伯爵家はエルグランツの代で憑き物付きになったということになる。


 時期は恐らく五年前。アンゼリカの目が見えなくなったタイミングだ。


 それにしても、やることが中途半端だ。伝承にある憑き物であれば、もっと悲惨なことが起きてもおかしくない。アンゼリカには悪いが、目が見えなくなるだけというのは憑き物の症例としてはかなり軽い。


 魔術師ギルドの一室を簡単に改装した研究室で、集められる限りの資料と睨めっこをしながらリュイは首を捻る。


 いや、そもそも。


 トワール伯爵はどちらかと言わずとも穏健派の貴族で、事を荒立てずに処理をしようとする性格だ。日和見とも言えるが。


 ――さすがのリュイも思考が行き詰ってきた。


 お茶でも淹れようかと席を立ち、研究室を出る。


 すると同じく自習の息抜きでもしていたのか、廊下でパッフと戯れているレッキ・レックと鉢合わせた。


「にゃ? リュイ、休憩にゃ?」


「うん。まあそうだね。お茶でも淹れようと思って」


 そういうと、リュイはレッキ・レックをじっと観察する。


「そんなに見つめられると照れるにゃ」


 獣人族の扱う魔法は自信の身体能力を強化する半獣化、あるいは祖霊そのものの姿になる完全獣化がよく知られている。


 これは狩りや戦で先陣を切る勇士たちの扱う術。獣人族には他にも祖霊と交信するシャーマンがいたはずだ。このシャーマンは獣人族の女性が務める役職で、どう言った術を扱うのかほとんど調査されていない。


 まだ若いレッキ・レックがどこまで知っているかはわからないが、駄目で元々と尋ねてみることにした。


「ねえ、レッキの村にもシャーマンはいたんだよね」


「いたにゃ。口うるさいばば様だにゃ」


「どんな魔法を扱うの?」


「んにゃ? ばば様は魔法と言うか――占いや祖霊との交信で村の色んなことを決めたり、裁判官みたいなことをしてたにゃ。罪人に呪いをかけることできってばば様はゆってたけど、おいらは見たことないにゃあ」


 レッキ・レックは腕を組んで首を捻る。


「呪い――例えばどんな? 憑き物とか?」


「呪いなんてどーせばば様の脅しだにゃ。そんなことより首を切り落とすか貼り付けにでもした方が手っ取り早いし見せしめになるんにゃ」


 レッキ・レックがさらりと恐ろしいことを言う。


「でも憑き物と言えばおいらたち獣人族の最終手段だにゃあ。命と引き換えに相手に呪いをかけるんだにゃ。リュイの言ってる憑き物かどうかはわからないけど、呪いの効果は末代まで続くとか言うにゃ。でもよっぽど恨みの念が強くないとうまくいかなかったり、効果が弱かったりするらしいにゃ?」


「――ちなみにどんなことが起こるの?」


「祖霊様の気分しだいだにゃあ。でも猫なら猫らしい復讐の仕方になると思うにゃ」


「例えば目が見えなくなるとかは?」


「祖霊様はそもそも動物霊にゃ。そんな生ぬるいことしないにゃ。まあ大体一族がばったばったと――」


「あ、うん、いやもう大丈夫、ありがとう――大体わかったよ」


 リュイはレッキ・レックの話を聞いて考え込む。アンゼリカに呪いが降りかかったのは五年前のことだ。貧困問題やエルフとの小競り合いはあっても――。


「――ねえレッキ・レック。一つ聞いてもいい?」


 リュイはふと顔を上げて、パッフを頭にのせて逆立ちをしているレッキ・レックに問う。


「この辺りの獣人族はトワール伯爵家を恨んでる?」


「? なんでにゃ? まあそりゃ痩せた土地を割り当てられたり思うところがないでもないけど、暮らす土地をくれるだけ他の貴族よりずいぶんマシにゃ。恩義を感じこそすれ恨むなんてないにゃ。村に引きこもってれば迫害も受けないしにゃ」


 本気で言っているらしいレッキ・レックにリュイは確かにそうかも知れないと思う。


 エルグランツは凡庸に見えて、なんだかんだ善政を敷いている。獣人族を殊更冷遇しているわけではない。獣人族への迫害や差別は伯爵家の問題ではなく、人族――というか聖竜教の問題だ。獣人造が恨みの矛先を向けるのなら、伯爵家よりも聖竜教会だろう。


「――と、なると」


 消去法で対処すべき相手が見えてきた気がする。


「レッキ、エルフ族の里の場所はわかる?」


 リュイが問うと、レッキ・レックは露骨に顔をしかめた。


「それってこの間受けてた伯爵家からの依頼絡みにゃ? 場所はわかるけどあんまりおすすめはしないにゃ。強い魔物は出るし、エルフは攻撃的で偏屈な連中ばっかりにゃ。よっぽど強い護衛がいるなら大丈夫だろうけど」


 レッキ・レックの言葉を受けてリュイはにっこりと笑った。


「強い護衛なら歴戦の冒険者がいるでしょ。この街には」

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