第21話 『憑き物』

「アンゼリカ」


 姉のクローディアがアンゼリカの肩にそっと手を置くと、クローディアはしぶしぶと言った様子で姉に手を引かれ、用意されていた椅子に座った。


 リュイは非協力的なアンゼリカにいら立つ様子もなく、右手の人差し指にはめたアメジストの指輪を、クリスタルの指輪に付け替えている。


「では始めます」


 リュイはアンゼリカの前に立つと、右手でパチンと指を鳴らす。


 そうするとリュイの人差し指の先に小さな明かりが灯る。


「目元に触れます」


 そう声をかけてから閉ざされているアンゼリカの瞼に柔らかい指先で触れる。アンゼリカの肩がピクリと震える。リュイはその指先でアンゼリカの左目を開かせると、光の灯った人差し指をアンゼリカの目の前に付きだし、ゆらゆらと左右に動かして見せた。そして右目にも同様のことをする。


 続いてリュイは指輪をアメジストのそれに付け替え、呪文を唱える。


「ホタル、ランタン、ヒカリゴケ」


 そして先ほどと同様のことをアンゼリカに行う。リュイは少し間をおいて小さく頷いた。


「――瞳孔が反応していますから、肉体的には目は機能しているようです。おそらく、認識阻害の術がかけられている可能性が高いと思われます」


「認識阻害というのは?」


 マーシェリー夫人が問う。


「幻術、と言った方がわかりやすいでしょうか。僕の得意分野です――よければ体験してみますか?」


「ええ、是非!」


 マーシェリー嬉しそうに手を合わせる。


「ちょっとお母様!」


「いいじゃないの、こんな機会なかなかないわ!」


 嗜める娘に、好奇心旺盛な母親はまったく引く気配がない。クローディアはため息をつく。


「では――」


 リュイはマーシェリーの方に向き直り、ワンドを構える。


「目隠し、宵闇、一の月」


 リュイは呪文を唱えてワンドを振る。するとマーシェリーが頬を抑えてきょろきょろと周囲を見回し始める。


「まあ! まったく何も見えないわ!」


 悲鳴を上げつつも、マーシェリーは楽しそうだ。家族は呆れた顔を奥様に向けている。


 リュイがパチンと指を鳴らす。


「見えるようになったわ。そうなのね、これがアンゼリカの見ている世界――」


「はい。今のが認識阻害です。肉体的には光を認識しているけれど、精神の方が光を認識していない状態――ですね。先ほどアンゼリカ嬢に行ったのは、片方は魔道具による『現実に存在する光』。次に行ったのが『僕の魔術による現実には存在しない光』で、目がどのような反応をするのかを確認しました。前者には反応し後者には反応しませんでしたので、何らかの魔法の干渉によってアンゼリカ嬢の精神は光を認識できない状態になっていると断定できます。この状態では竜祈法による治癒魔法の施術では回復しません。竜祈法については秘匿事項が多く、一般には開示されてない術が多いのでなんとも言えませんが、解呪の類が必要であったと思われます。ただ――」


 リュイは顎に手を当てて考え込む。


「大司教クラスの聖職者にまで治療を依頼したんですよね? それでこの状態に気づかないというのに違和感があります」 


 リュイの提示する疑問に腕を組んでエルグランツが唸る。


「確かにもっともな疑問だな……ロイド司祭を後で問い詰めてみるか」


 本人の預かり知らぬところでバラージュ・ロイドの頭痛のタネがまた増えている。


「それはそれとして、術を解くことはできそうなのか?」


 エルクが問うと、リュイは少し難しい顔をする。


「呪いを受けている期間が長いから、無理に解呪をすると後遺症が残る可能性もある。一番いいのは術者を特定して正規の手段で解除させることだね。でもこんなことをする術者が交渉に応じるとは思えない……」


「だから無駄だっていったじゃない」


 リュイの言葉を受けてアンゼリカがふんと鼻を鳴らす。


「――まあ、まずはどんな様式の術がかけられているかの特定からですね。まあ何となく当たりはついてるんですが……」


 アンゼリカの言葉を無視して、リュイは銀製のベルを手に取った。


「蕨、かがり火、ガーゴイル。白檀、ロザリオ、羊飼い――我が名はリュイ・アールマー。告げよ。汝の名を示せ――」


 リュイが呪文を唱えてベルを鳴らす。


 澄んだ音色が数秒響いた後――。


 ギイイイイイイン!!


 凄まじい異音が部屋中に響き渡る。部屋にいた一同は耳を押さえ顔を顰める。


「何!? 何が起こっているの!?」


「わ、わからん!」


 突然の出来事に一同が混乱する中、リュイとアンゼリカだけが平静を保っていた。


 ――いや違う。


 アンゼリカの肩がカタカタと震えている。


「あ、アンゼリカ? どうした?」


 エルクが問うと、にわかにアンゼリカが顔を上げた。


 その目は血走り、獣のような形相になっている。そして盲目の少女とは思えない勢いで、リュイに掴みかかった。


 リュイはわずかに眉を顰めると、ケープの中から何かを取り出す。それはマインゴーシュと呼ばれる短剣の一種だ。短剣はまるで自分の意志を持っているかのように動き、掴みかかってくるアンゼリカの手を受け止めた。


 リュイが護身用に保持している『奥の手』の一つだ。いわゆる『生きた剣リビングソード』と呼ばれるゴーレムの一種。リュイは物を破壊したり、生物を物理的に傷つける魔術を使うことができない。他の魔術師が使用できる防御魔術の類も使えない。そのためこの『生きた剣リビングソード』を大量に保持することでその弱点を補っているのだ。


 マインゴーシュは敵の攻撃を受け止めるのに特化した武器。その上で刃を潰してあるので、こうした場合にも相手を傷つけることがない。


「羊、家猫、ナマケモノ」


 時間を稼いだリュイは、呪文を唱えてワンドを振る。


 眠りの魔術を受けたアンゼリカは意識を失い、その場に膝をついて倒れた。それと同時に響き渡っていた耳障りな音も消える。


「――術の正体が特定できました。『血統』や『名』に対する呪い――いわゆるです」

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