第20話 適正検査

 リュイは屋敷の大広間を借りて、まずはエルクラッドの検査から行うことにした。


 大広間にはいくつかアンティークの丁度品があったが、使用人たちに頼んで移動してもらった。魔術の適正検査が色々道具を広げる必要があるからだ。本来ならギルドに設備を容易してそこで行うのだが、リュイが着任したばかりの状況で、


「なあ、検査するって、お前何も道具持ってきてないよな?」


 リュイはワンドを腰に下げているぐらいで完全な手ぶらだ。これで何をするのかエルクラッドにはわからない。


「うん。だから簡易検査になるね。ま、大丈夫だよ、適正検査くらいなら問題ないんだ」


「アンゼリカの方はどうなる?」


「それも簡易検査になる。そもそも魔術で解決できる症状なのかっていうところからね。アンゼリカ嬢の目の症状は呪いの類だ。魔術によるものではない可能性は極めて高いけれど、絶対とは言えないね。魔術による呪いなら割と簡単に解けるんだけど」


「ふむ。しかし魔術師がアンゼリカ――我が家に害を為しても利益はないな」


 エルグランツが自分の見解を述べる。


「そうとも言えません。そういう仕事を請け負うフリーの魔術師もいます。腕のいい魔術師なら呪いであること自体を隠すこともできますし――魔術による呪いである可能性も一応は考慮した方がいいでしょう」。


 リュイはエルグランツの言葉にそう返した。魔術師と言ってもいろんな魔術師もいる。その中には金のためにタチの悪い貴族や商人から依頼を請け負う者もいる。魔術の研究には金がかかるので仕様のない面もあるのだが。


 リュイはケープの内側に手を突っ込んで、中に入っている物を取り出す。


 出てきたのは奇妙な幾何学模様の描かれたベルベットの大きな布地。


「え、それはどこにしまっていたの?」


 驚いてクローディアが思わず問う


「あ、このケープは魔道具の一種なんです。ええと、まあ小さな物置一つ分くらいは物が入るかな? 王都で家一軒買えるくらいの値段がするんですけど、まあ便利なので思い切って」


「魔術ってすごいわね……」


 クローディアが唸る。彼女が簡単しているのは魔術そのものについてもだが、それだけの可処分所得をこの年齢で有しているリュイに対してもだ。


「僕も簡単な魔道具なら作れますけど、こういう高度な魔道具は専門の職人でないと作れません。実家の商会の商品目録ぐらいなら手持ちがありますので、もし興味がおありならお渡ししましょうか?」


「そうしていただけると嬉しいわ」


 言いながらリュイは道具を取り出して並べていく。トネリコのワンド。銀の短剣、銀のカップ、五芒星の刻まれた銀貨。透明度の高い水晶球。二つ一組の燭台とキャンドル、塩、香炉、セージを始めとしたハーブ類、音叉、銀のベル、それから中型の鍋――。


 一通り道具を並べ終えた後、説明を始める。


「まずどの元素に対して適正があるかを見極めます。魔術師は適正のある元素によって使う道具が異なります。火の元素ならワンド、風の元素なら短剣、水の元素ならカップ、土の元素ならコインです。エルクにはそれぞれの道具を手にして水晶球に手をかざしてもらいます。その際一番反応の強かったものが適正元素ということになります」


 伯爵一家はリュイの説明を真剣に聞いている。ただしアンゼリカだけは無関心な様子だ。


 説明しながらもリュイは準備を進めていく。キャンドルに火を灯し、鍋にセージと塩を入れて燃やす。


「この適正元素によって初期の訓練法および他元素系統の魔術の習得方法が異なってきます。それじゃあエルク、こっちに来てまずはワンドを――そう、深呼吸して――体中の血のめぐりを感じて」


 緊張した面持ちでエルクラッドがワンドを手にする。エルクラッドが空いた手を水晶球に数ると、水晶球がほんのりと赤く光った。続いてカップを手にとって手をかざすが、これはまったく光らない。ナイフも同様。最後に銀貨を手に空いた手を水晶球にかざすと黄色い光が一際強く放たれる。


「エルクは土系統の適正があるようですね」


「ええ、なんか地味……」


「地方領主にとってはかなり有利な魔術だよ。整地を始めとした土木工事、後は痩せた土地を豊かにしたりとか」


 もっと派手な魔法を望んでいたエルクラッドは残念そうにするが、土属性の魔法は実用的なものが多く、習得も四大元素の中で一番容易だ。トワール伯爵家は『当たり』を引いたと言える。


「では次は魔力の性質を確認します。これで魔力の安定性や収束率を見極めます。収束率が高いと狭い範囲で強い効力を発揮し、逆に低いと広い範囲で弱い効力を発揮します。安定性が低い場合は、まずこれを補うための精神鍛錬から始めないとならない場合があります――では目を閉じて、手の平は水晶球にかざしたまま――」


 リュイの説明と指示を受けて、エルクラッドは目を閉じる。


 リュイは音叉を手にとって音を鳴らした。澄んだ音が辺りに響く。すると黄色い光がふわりと広がり、ゆっくりと明滅する。


「収束率は低いですね。広範囲に影響を及ぼす魔術の方うまく扱えるでょう。安定性は中の下といったところかな――まずは瞑想などの精神鍛錬からですね」


「うっ、めんどくさそう……」


「やらないと魔術は身に付かないよ」


 魔力の安定性が低いのはエルクラッドの性格も関係しているのだろう。恐らく元々集中力が低く、飽きっぽいに違いない。それを矯正する意味でも、瞑想などの訓練は大きな意義があるはずだ。


 それからついでにトワール伯爵家の全員が適正検査を受けた。結果、女性陣には全員適正がなく、父のエルグランツにわずかながらエルクラッドと同じ土系統の適正があることが判明した。


「どうやらトワール伯爵家の魔術適正は、男系に引き継がれやすいみたいですね」


「そういうことがあり得るのか?」


 エルグランツが問うと、


「あり得ます。詳しいことはわかっていませんが、先史文明においては魔術適正の有無が家格を左右していたこともあったという説もありますから――加えて性差というのも魔術的な意味で影響が大きいんです。どちらが優秀というわけではありませんけどね」


 リュイはそう答えた。原因は判明していないが、男性は補助的な魔術、女性は攻撃的な魔術を得意とする傾向があると統計が出ていたりする。


「ご子息の適正検査はこんなところです。――アンゼリカ嬢の検査に移りますがよろしいですね?」


 リュイが真剣な顔で広間に並んだトワール伯爵家の一同を見渡すと、彼らは神妙な顔で頷いた。ただアンゼリカだけが興味なさげに俯き、服の布地を指先でもてあそんでいた。

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