第17話 シスター・ペトラは檻の中

「なぜこのようなことになっているのか、わかりますね、シスター・ペトラ」


「怒られるようなことをしたのはわかりますがこれはあんまりでは!?」


 リュヴェルトワール、住宅街区の中心部に存在する聖堂。バラージュ司祭からたっぷりと叱責を受けた後、ペトラは聖堂の地下で猛獣を捕えておくための箱型の檻に入れられていた。


「バラージュ司祭! わたくしを猛獣か何かだと思ってませんか!?」


「はい、思っております」


「即答!?


ペトラはバラージュ司祭に抗議しつつ、檻の鉄棒を掴みがしがしと揺さぶって見せる。


「こんなこともあろうかと魔術で強化された鉄檻を用意しておいたのです。一般用の懲罰用牢屋に入れておいてもあなた柵を壊して脱出しますからね」


「当然です! この街にはびこる邪悪を駆逐することこそこのシスター・ペトラの使命ですから!」


「いや、別に邪悪とかはびこってないんですが」


 シスター・ペトラはその思い込みの激しさから暴走して度々街のものを破壊して住人に迷惑をかけている。そのためバラージュ司祭の元にはかなりの苦情が入ってきている。ペトラが問題を起こす度に聖堂の地下にある懲罰牢にペトラを入れるのだが、鋼鉄でできた柵を力づくでこじ開けて脱走してしまうのであまり意味がないのだ。


 そこでバラージュが目を付けたのが、魔術師たちが造る『魔導具』である。


 魔導蒸気船や銃のような複雑なものは高価だが、今回買い入れた檻のように頑強にしただけの単純なものについては少し値上がりする程度で済む。


 バラージュは聖職者であるものの、合理主義者だ。信仰の役割は統一された思想で国をまとめ、より発展させるためであると理解している。愛国心もある。そのために取り入れるべきものはどんどん取り入れるべきだと考えている。


 ここ最近のエルサス聖王国ではどんどん論理教が広まっている。これはこれまで聖竜教が異教徒に対してとってきた対応のせいだ。読み書き算術は教えず、治癒魔法を筆頭とした竜祈法による恩恵は施さない。あまつさえ人族以外の人種は劣った汚らわしい存在と喧伝し、人種差別を助長した。


 ここは田舎だからそれほど感じないが、所用があって王都に行くと聖竜教会に対する不信感が高まっているのをひしひしと感じるのだ。


 聖竜教会には改革が必要だ。ただそれは一朝一夕に叶うものではない。ただ個々の聖職者が他の信仰に対して寛容かつ柔軟な態度を示すことくらいはできずはずだとバラージュは考えている。


 だからこそ領主に頼み込んで魔術師ギルドを誘致してもらった。実際に魔術師が覇権されるには二年もの時間を要したが、やってきた魔術師の少年は、見た目こそ幼いものの聡明さが見て取れる優秀な魔術師だった。


 良い意見交換が交わせそうだと思っているのだが、邪魔になるのがこのシスター・ペトラである。


 生粋の保守的聖竜教徒である彼女は異教徒すべてを邪悪だと思い込んでいる。


 国法が信仰の自由を認めているのだから、聖職者がそのような調子ではいけない。なんとか更正させなければならないのだが、厄介なことに力だけはバラージュ司祭も手を焼くほど強いのだ。


「まあとにかくしばらくそこで反省しなさい――とりあえず食事の差し入れです」


 そういうとバラージュは皿にのった大量の生肉を檻の前に置いた。


「完全に猛獣扱いじゃないですか!? まあ食べますけど!?」


「食べるんですか……いや、逆にドン引きンなんですけど……」


 先日お詫びの菓子折りを持って魔術師ギルドを訪れた時に聞いたのだが、リュイ・アールマーはペトラを眠らせた後制約ギアスの類をペトラに施したと天使のような笑顔で話していた。いや、怖い。魔術師怖い。リュイ個人が怖いのかも知れないが、論理教を敵に回すのは得策ではない。


 とはいえ制約ギアスは聖竜教会においても高度かつ重い懲罰だ。


 これでペトラも少し大人しくなれば良いのだが。

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