第16話 予期せぬ報告

 領主エルグランツ・ル・トワール伯爵の執務室。最近老眼に悩まされている彼は、日々送り込まれてくる書類の処理に追われていた。


 田舎の領主と言うのも存外忙しい。大きな領地と比べればだいぶんやることはすくないだろうが、何せ人材がいないし、雇う金もない。魔導蒸気船が導入されてからこっち、税収は減る一方だ。そういうわけでほとんどの書類仕事をエルグランツ一人でこなさなければならない。


 奴隷解放令によって増えた獣人族をはじめとする貧民への対策も必須だった。当時の聖竜教会の横槍によって獣人族には痩せた土地が宛がわれてしまった。彼らの食料事情は厳しく、食い詰めてリュヴェルトワールにやってくる者が多くいた。しかし彼らが読み書き計算もろくにできないことや、獣人に対する差別感情などもあって、まっとうな仕事にはありつけず、リュヴェルトワールの外れにスラム街を作っている。


 保安上も景観上もよろしくない。この状況に、領主エルグランツは多いに頭を悩ませていた。


 そこに聖竜教会から新しい司祭がやってきた。まだ若い司祭だったが、若者らしく先進的な考え方の持ち主で、教会は勉学の教導や回復魔法による治療などの恩恵を、聖竜教に帰依しないものにも与えるべきだと考えているようだった。またより先進的な考えを持つ論理教の導師と意見交換をしたいとも考えているようで、魔術師ギルドを誘致すべきだと熱心に説いてきたのがバラージュ・ロイドという司祭だ。


 実際、派遣されてきたのはまだ成年したばかりではあるが、天才とさえ謡われる優秀な魔術師だったらしい。報告によるとあの悪名高いシスター・ペトラをワンドの一振りで撃退したという。


 魔導具自体はリュヴェルトワールにも少数ながら入ってくるが、エルグランツも実際に魔術を目にしたことはない。王都に行く機会自体はそれなりにあるのだが、魔術師と接する機会はないし、あっても魔術を使うような状況ではないのだ。


 だからリュイ・アールマーという少年には大いに興味があるし、期待もしている。さっそく貧困層向けに読み書きや算術の指導を始めると報告が上がってきた。だが事はそう簡単に進まないだろう。そこで嫡子でもあるエルクラッドを派遣したのだが――。


 そこまで考えを巡らせていると、部屋をノックする音が聞こえる。


「旦那様、魔術師ギルドより書状が届いております」


「昨日の今日でなんの用事だ――? まあいいか、入れ」


「失礼します」


 入って来たのは若き執事、ジャンだ。


「ん? ボトンドはどうした」


「はあ、肉を少々食べ過ぎて腹を下したとのことで」


「そうか。それで書状と言うのは」


「こちらです」


 ジャンは主人の元に歩み寄り、一枚の封筒を手渡した。


「――ふむ。エルクラッドはちゃんと魔術師ギルドに行ったようだ……んほあっ!?」


 受け取った書状を読み進めたエルグランツは変な声を上げた。


「どうなさいましたか、旦那様」


「いや、にわかには信じがたいのだが――」


 主人の顔色を窺うジャンにエルグランツは眉根を寄せ、難しい顔をして答えた。


「エルクに魔術の素質がある可能性が高いと。訓練を望むなら詳しく検査をするがどうするかと――」


「それは――魔術の訓練をするとなると改宗をすることになりますが」


「うむ。今時分論理教に鞍替えしている貴族は珍しくもないが、エルクの代でそれをやるかどうか――ここは何せド田舎だからなあ。いずれにせよやはりリュイ・アールマーを屋敷に招く必要はあろう。そう、それにアンゼリカの件もあるしな――いや、しかし、なんともはや……あのポンコツに魔術の才能か」


 伯爵家の主と若き執事は、顔を突き合わせ、どうしたものかと頭を悩ませるのだった。

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