第6話 偏屈エルフの住む森のこと
魔術師というのは大概そういうものなのだが、リュイも御多分に漏れず好奇心旺盛だ。
昨日聞いた「街の外れに住む変わり者のエルフ」がリュイには気になって仕様がなかった。
人族と比べてエルフ族ははるかに長命だ。人間が10年単位だとしたらエルフは百年単位で生きる。千年以上生きている場合もざらだ。まだ人とエルフが近しかった時代のことを覚えている者も少なからずいるという。
エルフは今でこそ自然に宿る精霊たちを崇拝しているが、過去には人間と魔術師たちと同様に論理教に帰依していたという。あまりに使い手が少なく失伝しているものも数多い第五元素の魔術について、何らかのヒントが得られるかも知れないのだ。接触を取らない理由がない。
「――というわけでさ」
ネムの店でリュイは丸椅子に座りながらマイアにそんな話をしたのだ。学者特有の早口でまくし立てられたエルフの旧き知恵についてのプレゼンテーションを、マイアは半分も理解できなかったようだが、とりあえずリュイがエルフの老婆と接触を取りたいと考えていることは把握したらしい。
「要は研究のためにヘイジーばあさんと会いたいってこと?」
「ヘイジ―さんっていうんだ」
「本人はそう名乗ってるらしいわ。あたしも会ったことはないけどね。とにかく偏屈な人らしいから」
そう言ってマイアは肩を竦めた。
「あのばあさんが住んでる辺りはホントに街の外れでね。小さな森の中にあるのよ。南の方ね」
言いながら、マイアは店の棚に商品を並べていく。いや、並べていくというか、押し込んでいくという方が近いだろうか。店の面積に対して、とにかく商品の数が多い。
「別に魔物がいるってわけじゃないんだけど、ばあさんの許しがないと人族は通れないのよ。多分エルフの魔法かなんかだってみんな言ってる。ばあさんは森からほとんど出て来なくて冒険者にお使いさせてるみたい。だから、詳しいことは冒険者ギルドで聞いてみたら?」
「僕は人族に含まれるのかなあ」
リュイがそう言うと、マイアは振り返って白けた目を向けた。
「ばあさんの基準なんてあたしが知るわけないでしょ。それより何か買いに来たんじゃないの?」
「あ、そうそう。買い物っていうかちょっと相談なんだけどさ」
リュイは椅子から立ち上がってマイアの方に歩み寄る。
「魔術師ギルドで読み書き算術の教室を開こうと思っててさ。紙とか筆記用具が必要になるんだ。それで毎回この店を通して買い入れたら安くしてもらえないかなって。ギルドを通して納入してもいいけど、調べたらなんか妙に高くってさ」
「ふうん、やっぱりそういうところは商家の息子ね。もちろんそういう話なら大歓迎よ。安く買い叩いてきてやるから任せなさい」
マイアは自信ありげに胸をどんと叩いた。
「消耗品だし質は最低限でいいからね。正直慈善事業みたいなものだし」
「魔術師ギルドはそれでいいの?」
「とにかくまずは魔術師ギルドの存在を知ってもらわないと依頼が入ってこないからね。それに智の恩恵を広めるのが魔術師――というか論理教の使命、ということになってるからね。それで、ええと。僕って一応導師――聖竜教でいうところの司祭みたいな立場だからさ。こういうことも仕事の内なわけ」
リュイの言葉にマイアは納得したように頷いた。
「なるほどね。そういう話ならあたしの店も協力させてよ。アールマー商会や魔術師ギルドに貸しを作っておいて損はないし」
それこそ商人らしいことをマイアが言う。
「この店には獣人も出入りするからね。でも読み書き計算はできない連中が大半。教会は聖竜教徒にしか指導しないんだから当然よね」
そこまで言ってマイアはふと思い出したように言った。
「貧民街の連中はどうするの? さすがにあたしも接点ないわよ」
「それなんだよね。僕みたいなのが直接行っても却って反発買いそうだしさ」
そう言うと二人はお互いに考え込んでしまった。
魔術師の仕事もそう楽ではなさそうである。
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