第2話 ネムの店と鍵探し
リュヴェルトワールの港はどこかうらぶれた印象があった。ここは元々川を行き交う船の中継地点だったから、魔導蒸気船の普及で船速が上がった今では停泊する船も減っているのかも知れない。
それでも利用者がいないわけではない。普及したとは言ってもすべての船が魔導蒸気船に変わったわけではないし、船旅と言うのは予定通りに進まないのが常だ。そもそも魔導蒸気機関は未だ発展途上の技術である。航行中に不調をきたす事例も珍しくない。
つまりまだまだリュヴェルトワールという河港の役目は終わっていないということだ。何かあった時安全に船を停留できる場所があるというのは、船乗りにとって心強いものだろう。
大きな荷物は貨物船で後日港に届く予定だ。と言っても書籍や衣服くらいのもので、食器であるとか細々した生活必需品はこちらで買い揃えるつもりでいる。持ってきたのは当座必要になる衣料品などで、トランク一つに収まる程度の荷物で、本当に重要な仕事道具は別の方法で持ち歩いている。
荷物を手に、港と隣接する市場を通り抜けて商店街区へ。港から積み下ろされたばかりの品々が並ぶ市場も眺めてみたかったが、それはまた後日改めて見に行こうと決めて、リュイは目的の店へ足を向けた。
それは『ネムの店』という万屋で、リュイの下宿となる一軒家の大家が経営する店だ。
その名の通り代々ネム姓の一家が経営する店で、リュイの実家である大店とはくらべるべくもない規模だが、経営自体は安定しているらしい。貸す家があるくらいなのだから、どちらかと言えば儲かっているのかも知れない。
店自体も何度か改築、改装をした形跡がある。最初は小さな店だったのが、儲かったから増築したという具合だろうか。まあ、あまり洒落た店ではない。
リュイは店のドアを開けた。カラカラとベルがなる。
「いらっしゃい。見ない顔ね――子供のお使いにしては大荷物だけど」
出迎えてくれたのはリュイと同い年くらいの少女だった。後ろで束ねた赤毛が印象的な気の強そうな青い瞳がリュイをじっと観察している。リュイからすれば同い年に見えるけれど、リュイは大概幼く見られるので、子供扱いされるのにはなれている。
「君と同じくらいの年だよ。もう十六歳。家を借りることになってるから鍵をもらいに来たんだけど」
「新しい店子ってあんた? 魔術師だって聞いてたけど、想像してたのと大分違うわね」
少女はじろじろと値踏みするようにリュイの全身を眺める。魔術というのは学問だ。リュイたち魔術師からすれば、哲学でもあり信仰でもあるのだが、この国の大半を占める聖竜教徒には理解できない領域だろう。まあ、だから大体ひょろりとした陰気な学者タイプを想像するのだろう。リュイのような小洒落た服装の少年から魔術師という職業は思い浮かばないのが普通の感覚だ。
「あんたじゃなくてリュイ・アールマー。この春免状をもらったばかりだけどね。それからそうやって人をじろじろ見るの、失礼じゃない?」
「そりゃ悪かったわね。あたし、あんたみたいなお坊ちゃんと違ってお上品じゃないから」
少女はふんと鼻を鳴らした。
「ねえ、あんたその耳、それから目の色」
「え?」
リュイには注意してみれば気付く程度だが、ある特徴がある。耳が少し尖っているのだ。この大陸にはエルフ族という人種が暮らしていて、宗教的軋轢から人族とは伝統的に不仲である。リュイのこの耳はエルフと人との間に生まれた子供によくみられる形態で、あまり好ましく思われるものではない。そして菫色の瞳も人族にはあり得ないものだ。実際、幼い頃はからかいの標的になることもあった。
「あんたハーフエルフなの?」
「違うよ、僕はチェンジリング」
チェンジリングというのはいわゆる先祖返りだ。昔はエルフと人とは仲違いしていなかったので、遠い祖先を辿っていくとエルフの血が流れている人族というのは珍しくない。それが隔世遺伝という形で現出するのだ。
「別にどっちだって同じよ。あんた、絡まれないように気をつけなさいよ。ここは特にエルフと仲が悪いから。あたしが生まれる前のような話だけど、昔南部で色々揉めたのよ。ま、街外れに住んでる変てこなエルフのばあさんもいるけど」
「森林地帯が多いん、だっけ。確か」
リュヴェルトワールを領するトワール伯爵領は、その領地の多くを森林地帯が占めている。その仲にはエルフ族の『自治区』があり、しばしば林業や狩猟・採集を営む人族と小競り合いが起きている、という事情は事前に聞いていた。別に珍しい話ではない。
「絡まれるのには慣れてるし、仮にも魔術師だよ? ごろつきくらい対処できる。それに」
リュイはにこっと満面の笑みを浮かべる。
「こうやってにこにこしてれば嫌な対応はされないから」
「あんた自分の顔の良さ自覚してるでしょ。タチ悪いわね」
「持って生まれた武器を活用して何が悪いのさ。別に女遊びしてるわけじゃなし、お店でおまけしてもらうくらいだよ」
リュイはにこりと笑みを深くして首を傾げた。
「それで跳ねっ返りの看板娘さん、お名前は?」
「マイア・ネム」
「よろしくねマイア。船旅で疲れたから揺れないベッドで休みたいんだ、とりあえず鍵を渡してくれないかな」
「鍵は父さんが管理してるの。そろそろ戻ってくるはずなんだけど――ねえ、あんたちゃんと家賃払えるの?」
「ギルドは月給制だから大丈夫だよ。こう見えてそこそこ高給取りだからね、僕」
「ふうん。あんたみたいのがねえ」
「魔術師って専門職だからね。呪いでもかけられたらどうぞ魔術師ギルドをご利用下さい。聖竜教会より安全確実、料金もお安くしますよ」
「怖い営業しかけてこないでよ……」
そういうとマイアはぐったりと肩を落とした。それから思い出したように顔を上げ、リュイに尋ねる。
「ねえ、あんたってアールマー商会の関係者だったりするの?」
「関係者っていうか、会長の息子だけど。商売には一切絡んでないよ。僕には商才ないし。お姉ちゃんがお婿さん取るのかなって思ったけど仕事できる割に恋愛脳だし、跡取りは親族の誰かがなるんじゃないかなあ」
「まるで他人事ね」
「実際他人事だしね。親に商売の才能があったからって、才能もないのに商売引き継いで店潰したんじゃ笑えないでしょ。だから才能のある魔術師になっただけだよ」
「そこで才能があるって言い切れるあたりあんたも大概よ。あたしなんて店を切り盛りするだけで精一杯。商売の才能があるとか、考えてる暇もないわ。それに女だから婿でももらってその人に任せなきゃなんないし、あたしのしてることってなんなんだろって時々思うのよね」
そう言ってマイアはため息をついた。気の強そうな彼女にも年相応の悩みはあるらしい。
「切り盛りしてるって、お父さんは?」
「ぼんやりしてるか、居眠りしてるか、今みたいにふらふら散歩してるか。昔は冒険者やってたらしいけど、よく知らない」
だからあたしがしっかりせざるを得なかったのよ、とマイアは苦笑する。
「一応店番くらいはできるけど、ほんと適当なんだから」
そう言う彼女の口からは母親の話が出ない。死別したのか離別したのか。触れたくない話なのだろう。リュイはあえて尋ねないようにしておいた。付き合いが深くなれば、その内知る機会もあるだろう。
「ただいまあ」
そんな風に話をしていると、店の外から声が聞こえてくる。どこか間延びした声は今話に上がっていたマイアの父親だろう。少しサイズの大きい服を着た、どことなくだらしない印象を与える男だ。青い瞳は娘とよく似ているが、髪は淡い茶色。面差しも娘とはあまり似ていない。
「やあ、かわいらしいお客さんだなあ。マイアのボーイフレンドかい?」
マイアの評を信じるならこうした温和さだけが取り柄の男なのかもしれない。ハンサムではないが、にこにこと微笑んでいる姿は、こちらの警戒心を自然と解きほぐす。客商売としては、これも一つの才能だろう。
「初対面よ。忘れたの? 新しい店子さんが来るって言ってたじゃない」
娘に呆れた顔で言われてマイアの父親はきまり悪そうにぽりぽりと頭を掻いた。
「あー、そう言えばそうだったかあ。いやあ、でもこんな小さな子が来るとは思わないじゃないか」
「そんな小さな子を娘のボーイフレンドだと勘違いするだなんてあたしも思わなかったわ」
そう言って肩を竦めるとマイアは父親をじろりと睨む。それからため息を吐くと親指でドアの前にいる中年男を指した。
「これ、あたしの父さんよ。こんなだらしない恰好してるけどここの店長」
「だらしない恰好はひどいなあ。太った時に備えて余裕を持っているんだよ」
「じゃあ太らないようにしてよ。それから名前くらい名乗って。あとそこにいるとお客さんの邪魔!」
ガミガミと娘にまくし立てられて、それでも店主はへらりと笑っている。
「口うるさいところは母さん似だなあ。ああ、うん、うん。俺はジンク。ジンク・ネムだ。君がリュイ・アールマーくんだよね。お父上からお話は聞いているよ。仲良くしておくれ。俺とはもちろん、娘ともね。マイアはこんな子だからボーイフレンドがなかなかできなくて困ってるんだ。こんなに器量よしなのに女好きな若様からもお声がかかったことがないんだよ? 街の女の子は一人残らず誘われたっていうのにねえ」
「あたしは別に器量よしじゃないし、それを言うならシスター・ペトラにだってお声はかかってないわよ。そんなことどうでもいいから、貸し出す家の鍵はどこ?」
「あのおっそろしい尼さんに声をかける度胸が若様にあると思うかい? 鍵? ああ、うん、今とってくるよ」
リュイが口を挟む間もなく、ジンクは店の奥に入ってしまった。リュイの頭の奥のメモ帳に『ジンク・ネムはお喋りで人の話を聞かない』という情報がインプットされる。
「父さんはああ言ったけど赤毛の女ってモテないのよ。王都でもそうでしょ?」
マイアは自分の髪をいじりながら唇を尖らせてそう言った。
「どうだろ。周りの恋愛沙汰なんて気にしてる暇なかったしなあ。研究が忙しくて」
「灰色の青春送ってんのね」
「別に灰色じゃないよ。好きなこと好きなだけやって楽しかったし」
「ふーん、そういうもんか……」
マイアはそう呟いて頬杖をついた。それからふと思い出したように言った。
「ねえ、そんなに研究が好きなら王都に残ればよかったんじゃないの? ここじゃロクに資料も集まらないでしょ」
「資料はここの店を通して王都から取り寄せるから平気。ジンクさん、昔王都にいたことがあるらしくて、それでうちのお父さんと仲がいいんだってさ」
「ああ、それでうちの店子になることになったの? 変だと思ってたのよね。アールマー商会の御曹司ってなればお坊ちゃまどころの騒ぎじゃないから、よくこんな片田舎で一人暮らしなんて許可されたなって。そういう事情なら納得だわ」
「まあそれもあるけど、アールマー家は成人したらいったん独立しないといけないからね。でも僕ってこんな見た目じゃない。だからお父さんもお母さんもお姉ちゃんも過保護なんだよねえ」
「そりゃあんたみたいなちっこくて可愛いのが弟だったらあたしだって過保護になるわよ」
「王都の魔術師養成所ではしっかり者で通ってたんだけどなあ」
「ちゃっかり者の間違いでしょ」
「そうかも」
「まあ見た目ほど心配する必要なさそうってのは認めるわ」
マイアの言いように、しかし怒るでもなくリュイは笑った。
それからしばしの沈黙が続く。少しせっかちなところのあるマイアがカウンターを指でとんとんと叩き始めた。
「のんびりしたお父さんだねえ」
「あれはのんびりし過ぎよ。今はいいけど、よそから大店でも入ってきたらうちなんて一瞬で潰れるわ。それでなくても最近都会に人が流れてるっていうのに」
「都会に人が流れてる過疎の街に大店なんて入ってこないから大丈夫だよ」
「言うわねあんた。――父さん、何してるのかしら」
「ねえねえ、食器とかもっと可愛いのないの? こういう細かいのはこっちで買い揃えるつもりだったんだよね。木製なのはいいんだけどさ」
鍵を取りに行ったジンクを待ちながら、リュイは店内に並べられた雑多な品を物色して
いた。万屋というもの自体、リュイにとってはあまり馴染みがなかったので最初は興味深く商品を見ていたが、それぞれの質の低さがわかるとあっさりと購買意欲が薄れてしまう。
「王都とは事情が違うの。質のいい木工品は交易で外に流れちゃうし、入っても街の人たちは買わないからうちには置かないわ」
「そして若者たちはいざ華やかなる王都へ、と」
リュイの軽口にマイアは肩を竦めるだけで返した。
そんなやり取りをしていた二人の元にジンクが相変わらずのらくらした足取りで戻ってくる。
「いやあ、困った困った」
「全然困ってそうに見えないんだけど、今回は何やらかしたの?」
「いやだなあ、それじゃあ父さんがいつも何かやらかしてるみたいじゃないか」
「いいから答えなさいよ。……まあ大体予想はつくけど」
マイアはため息を吐いてこめかみを抑える。
「ほんとに参った参った。鍵が見つからないんだ」
ジンクがへらりと言ったその言葉に、マイアはカウンターに腕をついて立ち上がる。
「笑っていうことじゃないでしょ! この子の住む場所どうするのよ!? ほんとにもう、どうしてちゃんとできないの!」
白い肌を林檎のように紅潮させてジンクを怒鳴りつけるマイアを、リュイがまあまあと宥める。
「落ち着いてよ。鍵が見つからないくらい、なんとでもできるからさ」
そう言ってリュイはにこっと微笑んだ。
「なんとかって、どうするのよ?」
「僕の職業忘れたの? 魔術師だよ?」
にこにこしながらリュイはその場にしゃがみこんでトランクを開ける。
「これくらいの失せ物探しくらいならちょちょいのちょいさ」
リュイが体の大きさに見合わないサイズのトランクを開けると、そこには衣服と用途の知れない物品が詰まっている。それをリュイの肩越しに覗き込んでマイアが言った。
「何それ?」
「魔術の道具だよ。占いとか、解呪とかその他もろもろ――大規模な術はもうちょっと準備しないと使えないけど、鍵一つ探すくらいならわけないさ」
「そうなの? 司祭様に頼んだらびっくりするくらいお金取られるけど」
「ああ、聖竜教の司祭が扱う竜祈法はこういう細々した術が苦手だからね。――あ、司祭さんたちの前では言わないでよ?」
「そんなめんどくさいことしないわよ。魔術ってどうやるの?」
「長くなるけどいい?」
「長くなるならいい」
「それがいいよ。聖竜教の人には刺激が強いからね」
そう言いながら、リュイはトランクの中に収められた箱を取り出し、中に収められた宝石――と言っても研磨されていない原石だが――を吟味する。いくつかある石からリュイが選んだのは虎目石だ。
「いやあ、なんとかなりそうでよかった」
「ちっともよくない。あれだけ部屋片づけてって言ったじゃない。リュイが魔術師じゃなかったらどうなってたことか」
「いやあ、ははは」
娘にどやしつけられても、ジンクはちっとも悪びれた様子なく笑う。まあ実際のところ、鍵を失くしたとしても鍵開け職人を呼べば鍵自体は開けられるだろう。代わりの鍵を用意するのにはそこそこの時間がかかるだろうが。
「じゃ、ちょっと静かにしててね。簡単な術だけど集中しないと失敗するからさ」
リュイは虎目石を持って立ち上がると、腰に下げていたワンドを手にとる。それからジンクの方に歩み寄った。
「はい、おじさん。手を開いて」
「うんうん」
ジンクが手の平を開いて見せると、リュイはその上に虎目石を乗せる。
「それを握って、失くした鍵を思い浮かべてね」
「うんうん、わかったよ」
ジンクは終始にこにこしている。リュイが魔術師という実感がないのか、子供の遊びに付き合っているかのような調子だ。マイアは何か言いたそうだったが、リュイの集中を妨げないように気を使ってか口を閉ざしている。
「それじゃ行くよ」
リュイはジンクが虎目石をしっかりと握り込んだのを見届けると、ワンドで彼の手をとん、と叩く。そして囁くような声でこう唱えた。
「カラス、猟犬、アライグマ」
リュイが奇妙な呪文を唱え終えたのと同時に、虎目石を握り込んだジンクの指の隙間からオレンジ色の光が溢れ出す。ジンクが驚いて手を開くと、そこには手の平サイズの猫がいた。ほのかな光を放つ猫はにゃお、と小さな声をあげるとジンクの手の平から飛び降り、すたすたと見た目よりも素早い足取りで店の奥へ歩いていく。
「ほら、ついていかなきゃ」
リュイがにこっと微笑んで手をパンパン、と叩く。促すように小さな猫が振り返ってにゃあと鳴いた。
「ほんとにこれで見つかるの?」
「百聞は一見にしかずだよ」
そう言ってリュイとマイアは店の奥へ入って行く。ジンクもそれに続こうとするが、
「父さんは店番してて。あたしついでに部屋片づけるから!」
そう娘に指を突き付けられ、ジンクは肩を落としてマイアの代わりにカウンターについた。
「いいの?」
リュイが意気消沈した様子のジンクを指して言うと、マイアが鼻息荒く返す。
「いいの! ほっとくとすぐ仕事さぼろうとするんだから」
カウンター奥にある、少し立て付けの悪い扉を開けると、木箱が乱雑に並べてあった。商品の在庫だろう。並べ方が乱雑なのはここの店主の性格故か。そう力の強そうでもないマイアにこれを整頓せよというのも酷であろう。
一階は店舗とこうした商品を並べる空間になっていて、住居は二階らしい。小さな猫は階段の前で座っていて、リュイ達の姿を認めると軽やかな足取りでひょいと段差を超えて行く。
「階段、急だから気をつけてね」
そう言ってマイアが階段を昇っていく。実際階段の勾配は急で、窓もなく薄暗いから足元が実に不安だ。この分では夜はカンテラがないとまともに歩けもしないだろう。
「このお店っていつくらいからあるの?」
「ひいひいおばあちゃんの代くらいからだったかな」
「ふうん。それじゃ昔っから女の子が強い家系だったんだね」
「ちょっとそれどういう意味?」
他愛もない会話をしながら会談を昇り二階の廊下に差し掛かると、猫が半開きになったドアの隙間から部屋に入って行くのが見える。階段と違って二階には窓があり、しっかりと光が取り入れられていた。このどうにも歪な構造は増改築を繰り返した結果であろうか。
「やっぱり父さんの部屋じゃない……」
マイアはため息を吐いて猫が入っていった部屋のドアを開けた。そこには雑然と――そういう風にしか表現のしようがない空間が広がっていた。部屋のあちこちに脱ぎ捨てた衣服や書き散らかした書類、酒瓶などが転がっていて、そのままジンクの「だらしなさ」を体現したような部屋だ。
「もう、また部屋でお酒なんて飲んで!」
「マイア、鍵、鍵」
肩をいからせるマイアの服を引いて、リュイが部屋の一点を指し示す。
「あ、そういえばさっきの猫!」
「あそこだよ」
本来の目的を思い出したマイアに、リュイは自分の指した方を見るよう促す。そこには脱ぎ散らかされた衣類の山がある。その中にオレンジ色をした拳大の光が明滅しているのがはっきりと見て取れた。
「あれってもしかしてさっきの猫?」
「うん。目的のものを見つけたから本来の形に戻ったんだ」
「本来の形って?」
「長くなるけどいい?」
「長くなるならいい」
そう言うとマイアはつかつかと部屋の中に入って、散らかった衣類の山をひっくり返した。
「あった!」
光を頼りにマイアは鍵を見つけ出し、掴んで歓声を上げる。それから大きくため息を吐いた。
「なんでこんなとこにあるのよ……せめて引き出しの中とかにしまっときなさいよ」
それから部屋をぐるりと見渡して両手を腰に当てると、諦めたように首を横に振った。
「まったく本当にだらしない。これだから母さんも他所に男作って逃げちゃうのよね。とりあえずこの部屋片づけなきゃ」
「手伝うよ」
「お客さんにそんなことさせられないわよ」
「でも僕もこういうの落ち着かないし。二人でやった方が早く終わるでしょ?」
リュイにそう言われると、マイアは顎に手を当てて少し考え込む。
「それも、まあそうね。じゃあ悪いけど手伝ってくれる? 代わりに夕飯くらいは御馳走するから。って言っても、うちは誰も料理できないから外食ばっかりなんだけど」
「うん。ありがと、僕もさすがに今日の今日でお料理する気にはなんないから、どこかで食べるつもりだったんだ。あ、そういえば料理の道具も揃えなきゃ」
「それくらいだったら後で揃えておくわ。今日は手間を取らせたし大負けに負けてあげる」
そんなやり取りをしながら二人がかりで部屋を片付けていくと、西日が差すころにはジンクの寝室はすっかり綺麗になっていた。
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