雨後の花

忍野木しか

雨後の花


 草原を赤く染める細長い花弁。

 雨後の彼岸花が優しく揺れる。

 早過ぎる秋に憂う蝶。乾いた土を恋しがる種。過ぎ去る筈のない五月の夏の終わりの風。短い梅雨は秋の枯れゆく葉を濡らす。

 枯れ色の草原。彼岸花は八月の冬に泣いた。

 枯桜の梢を包む青い空。どうか雪よ降らないでくれ。赤い花は祈った。

  

 海辺を赤く染める反り返った花弁。

 雨後の彼岸花が優しく揺れる。

 遅過ぎる夏に笑う蛙。煌めく星空を慈しむ海。新月に満ちる二月の夏の神話の月。少ない雨は冬の乾いた空を潤す。

 曇り色の海辺。彼岸花は四月の秋に笑った。

 紅葉の山を照す薄明り。どうか雪よ降らないでくれ。赤い花は舞った。

 

 空を赤く染める無数の花弁。

 雨後の彼岸花が優しく揺れる。

 終わらない冬に問う雀。浮かぶ細氷を愛でる朝。雪と共に咲く九月の夏の夢の花。低い雲は春の誇る山の菜を探す。

 氷色の空。彼岸花は十一月の春を想った。

 新芽の幹を伝う雨粒。どうか雪よ降らないでくれ。赤い花は待った。

 

 街を赤く染める無限の花弁。

 雨後の彼岸花が優しく揺れる。

 亡くなった春に願う人。幻影の桜を求める星。大地の凍る一年の夏の暮れの話。薄い影は寒い夏の彼方の記憶を見る。

 色の無い街。雨後の花は永遠の夏に眠った。

 彼岸花に覆われた季節。どうか雪よ降らないでくれ。赤い花弁が地面に落ちた。

 

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