五
『ここに来るのは久しぶりだな』
黒い雲に覆われた昼下がり。
激しい雨が傘を打ち付けていた。
熱心な捜索も虚しく、碧を見つけられなかった僕は
フラフラと叶多に会いに来た。
辺りには誰もいない。
降り止まない雨の音だけがこだましている。
墓石の前に座り、手を合わせる。
『なあ……もう諦めるしかないのかな』
掠れた声でつぶやく。
答えは返ってこない。
マイクスタンドの前で、荒々しくも楽しそうに歌う碧の姿を思い出す。
それは奇しくも
『碧はもう、歌いたくないのかな』
あの楽しかった日々は、もう帰ってこないのだろうか。
いや、きっと彼女は帰ってくる。
そう信じるしかない。
メンバーが信じられなくてどうする。
彼女が帰ってきたいと思える居場所を、僕らが作らなければ。
きっと、叶多ならそう言うだろう。
『やっぱり来てよかったな』
墓石を撫で、立ち上がる。
少し元気を貰えたような気がした。
そう、家に帰ろうとしたその瞬間。
_______!?
視線の先。
青くて長い、艶やかな髪。
その表情は暗い。
光が宿らないその瞳の持ち主は、確かに碧だった。
碧は、黒い傘を持って、入口の方に立っていた。
『碧!?』
僕は思わず駆け出した。
「来ないで!」
劈くような声で、足を止める。
「ごめんなさい、私は」
後ずさりしながら、彼女は言う。
「普通に生きてていい人間じゃなかった。
ましてや、あんな風に人前で歌っていい人間じゃなかった」
『待って、どういう事だ?
記憶を取り戻したのか?』
「ごめん、なさい
私はもう歌えない」
彼女は涙ぐみながら言う。
僕は1歩ずつ、彼女に近づきながら問いかけた。
『碧、無理して歌わなくていい。
やりたくないことをやらせるつもりは無い。
記憶を取り戻したなら、自由に生きていいんだ』
「……」
『ただ1回だけ、話がしたいだけなんだ』
碧は、ぼーっとこちらを見つめる。
傘を打ち付ける雨は、次第に強くなっていく。
『僕は碧に何度も救われた。
だから困ってる事があるなら助けてあげたいんだ。
記憶が戻って、前の自分が受け入れられなくても
今は僕らが一緒にいるじゃないか』
「……もう”碧”に戻れなくても?」
『ああ、なんだっていい。
だから聞かせてくれないか、背負っている事全部』
「……」
碧は涙を溜めて、口を噤んだ。
何かを言おうとして、でも言いたくないようで。
そしてくるっと背中を向ける。
仕草も、表情も、まるで前の彼女とは違って見えた。
「……き、…いん」
『え?』
去り際に、彼女は呟く。
「
『え、病院?』
瞬間。突風が吹き荒れる。
傘が飛ばされ『うわっ!』と声を上げる。
傘を拾い上げて入口の方を見ると
彼女は忽然と、姿を消した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます