四
「私はここで生まれ育ったわけではないんですね?」
「そう。母親に連れてこられた時、あんたは8歳とかだったかな。
言った通りここでの扱いは最低。
その上そこまで大きくなった女の子を引き取りたい奴は誰もいなかった。
捨てられた子供の押し付け合いだよ。
それを見てられなかった透霞に引き取られたんだ」
自分がそんなに酷い扱いを受けていた事など、何も思い出せなかった。
おばさんの言葉の節々に微々たる怒りを感じ、この人も助けようとしてくれてたのかな、と勝手に想像した。
「その…透霞さんってどんな人なんですか?」
「素直じゃないけど優しくて、淡白だけど芯のある良い奴だったよ」
"だった"という、ひとつの言葉にひっかかりを感じた。
そういえば、白河先生が話していた。
「彩織透霞はいなくなった」と。
「透霞さん、今はどうしてるんですか?
まだ見つかってないんですか?」
「もうそこまで知ってんのか」
おばさんは二口ほど煙草を吸って、少し悲しい表情を見せた。
「ほんの2、3年前だよ。
急に連絡が取れなくなって、家に行ったら透霞もあんたもいなくなってた」
頭の奥に、バチバチっと火花が上がるような痛みが沸いてきた。
おばさんの顔を見ずに、言う。
「それは、私を捨てて失踪したって事ですか」
「……あんたを10年近くも育てておいて、それは無いと言いたいけど
手がかりが全く掴めない。
というか触れられたくないとでも言う様に、透霞自身が全部を隠してるような気がして
何もかも分からないまま、今日まで行方不明扱いだ」
「…そうですか」
実の親も、育ての親もみんないなくなったとでも言うのだろうか。
そんなの、誰も彼もに「要らない」と言われているようなものじゃないか。
「申し訳ないけど、私が知ってるのはここまで。
あとは憂ちゃんが頑張るしかないよ」
憂ちゃん、とはっきりと聞こえた。
ハッとしておばさんの顔を見た。
彼女は、笑っているような泣いているような複雑な表情をしていた。
私はこの人を、「憂ちゃん」と呼ぶ声を知っているような気がする。
それでも、ハッキリとは思い出せなかった。
「この家、死ぬほど嫌いだからあんまり居ないけど、なんかあったら連絡して」
おばさんはそう言うと、名刺を手渡してきた。
ここの家系の会社だろうか。
名刺をじーっと見つめていると「あとこれ」とメモ用紙を差し出された。
そこには住所が記されている。
「それ、透霞が居なくなった後、憂ちゃんが預けられてた施設。
行ってみたらいいよ」
「ありがとうございます」
「それと身勝手な頼みにはなるんだけど」
おばさんは、私の顔をじっと見つめる。
森のさざめき。葉が擦れる音。微かな風の音。
その全部が、不愉快に感じてしまうほど長い時間、次の言葉を待っていた。
「どうか透霞を見つけてやって欲しい
あたしじゃ、あいつの力になってやれなかった」
彼女は力なく、そう言った。
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