三
縋る思いで手に入れたモノは、あまり碧を歓迎していなかった。
渋る相手に何とか説得を続け、話だけでも聞かせて貰えることになった。
それでも、鬱屈とした気持ちは変わらない。
戦闘服代わりに気に入っている淡い水色のワンピースを着た。
足取りは重かった。
"そこ"は大きい寺のような神社のような、それでいてひとつの村のような、なんとも言い難い、広大な敷地に立てられた家だった。
立派な瓦屋根の日本家屋が、そこら中にびっしり並んでいる。
鬱蒼とした森の中を、ただひたすらに歩いた。
前を歩く人物は、ある家屋の前に立つと目線だけを寄越して扉を開いた。
「どうぞ、入って」
「お邪魔します」
ぺこりと頭を下げ、玄関を通った。
中は見た目通り、豪邸のような広さだった。
中庭にはこじんまりとした池があり、水面がキラキラ揺らめいていた。
無限にあるのではないかと疑うほどの数の部屋を通り、客間に辿り着いた。
無造作にお茶を置かれる。
目の前の人物は、ため息をつきながら乱暴に座った。
彼女はこの家の住人の1人。
碧の親戚に当たる人だった。
重い空気の中、口を開く気になれずモジモジしていると、彼女はおもむろに煙草を取り出し火をつけ、勝手に語り始めた。
「私もよくわかってないんだけど…碧?だっけ?記憶喪失なんだって?」
「はい、それで連絡させて頂きました」
「そっか。本当にいいの?ここには、知らなければ幸せだったかもしれない事しかないよ」
彼女は暗い顔をしてそう言った。
それでもここまで来たからには、引き返す訳には行かなかった。
「大丈夫です。覚悟の上です、どうしても知りたいんです」
「わかった」
煙草の煙が宙を舞う。
以前、悠が吸っていた銘柄と香りが似ているなあと、関係ない事が頭に浮かんだ。
そんな事を考えてぼーっとしていると、目の前の彼女は衝撃的な事を口にした。
「まず、碧って名前の女の子はここの家にはいない」
「え」
「あんたの本名は
真宮、はこの家の苗字だ。
憂、は名前だろうか。
「そうですか……じゃあ、本当にここで産まれたんですね」
「__いや、あんたは特殊でね」
言葉に詰まったように、会話が止まる。
どうやら言い難そうな話らしい。
「あんたの両親は駆け落ちして、どっかの街でひっそりあんたを産んだ。
けど、上手くいかなかったんだろう。
ある日母親だけが急に帰ってきて、あんたを押し付けてそのまま行方不明になった」
「え……」
「見ての通り、うちは由緒正しき名家なんてもんを掲げた固いお家だ。
だからあんたの両親は一族の恥で、あんたもよく思われてない。
__うちに初めて連絡をくれた時、酷い対応だったろ?
みんなあんたには関わりたくないんだよ」
「でも、
言いかけると、彼女は不機嫌そうに言葉を遮った。
「おばさんでいいよ、その名前嫌いなんだ」
「……すみません。でもおばさんは取り合ってくれたじゃないですか」
彼女、"おばさん"は煙草の火を消すと、目を伏せながら言った。
「あまりにも酷い環境だったのに、その上記憶喪失なんて馬鹿げた話が本当なら、知らないふり出来ないと思っただけだ」
「……ありがとうございます」
ぶっきらぼうで無愛想ではあるが、私の事を気にかけてくれているらしい。
少し目頭が熱くなった。
「あとは…あんたの育ての親と少し関わりがあってね」
「育ての親?」
おばさんは2本目の煙草に火をつけると、中庭の方を見つめながら言う。
「
ここで、また"彩織"の名前を聞く事になった。
ただ"彩織透霞"について聞いたことはあっても、"彩織透"という人物について聞いたことは無い。
碧は、続きを急かすようにその人物について聞いた。
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