縋る思いで手に入れたモノは、あまり碧を歓迎していなかった。

渋る相手に何とか説得を続け、話だけでも聞かせて貰えることになった。


それでも、鬱屈とした気持ちは変わらない。

戦闘服代わりに気に入っている淡い水色のワンピースを着た。

足取りは重かった。



"そこ"は大きい寺のような神社のような、それでいてひとつの村のような、なんとも言い難い、広大な敷地に立てられた家だった。

立派な瓦屋根の日本家屋が、そこら中にびっしり並んでいる。

鬱蒼とした森の中を、ただひたすらに歩いた。

前を歩く人物は、ある家屋の前に立つと目線だけを寄越して扉を開いた。


「どうぞ、入って」


「お邪魔します」


ぺこりと頭を下げ、玄関を通った。



中は見た目通り、豪邸のような広さだった。

中庭にはこじんまりとした池があり、水面がキラキラ揺らめいていた。

無限にあるのではないかと疑うほどの数の部屋を通り、客間に辿り着いた。


無造作にお茶を置かれる。

目の前の人物は、ため息をつきながら乱暴に座った。


彼女はこの家の住人の1人。

碧の親戚に当たる人だった。


重い空気の中、口を開く気になれずモジモジしていると、彼女はおもむろに煙草を取り出し火をつけ、勝手に語り始めた。


「私もよくわかってないんだけど…碧?だっけ?記憶喪失なんだって?」


「はい、それで連絡させて頂きました」


「そっか。本当にいいの?ここには、知らなければ幸せだったかもしれない事しかないよ」


彼女は暗い顔をしてそう言った。

それでもここまで来たからには、引き返す訳には行かなかった。


「大丈夫です。覚悟の上です、どうしても知りたいんです」


「わかった」


煙草の煙が宙を舞う。

以前、悠が吸っていた銘柄と香りが似ているなあと、関係ない事が頭に浮かんだ。

そんな事を考えてぼーっとしていると、目の前の彼女は衝撃的な事を口にした。



「まず、碧って名前の女の子はここの家にはいない」



「え」


「あんたの本名は真宮憂まみやうい。立派な本家筋の人間だよ」


真宮、はこの家の苗字だ。

憂、は名前だろうか。


「そうですか……じゃあ、本当にここで産まれたんですね」


「__いや、あんたは特殊でね」


言葉に詰まったように、会話が止まる。

どうやら言い難そうな話らしい。



「あんたの両親は駆け落ちして、どっかの街でひっそりあんたを産んだ。

けど、上手くいかなかったんだろう。

ある日母親だけが急に帰ってきて、あんたを押し付けてそのまま行方不明になった」


「え……」


「見ての通り、うちは由緒正しき名家なんてもんを掲げた固いお家だ。

だからあんたの両親は一族の恥で、あんたもよく思われてない。


__うちに初めて連絡をくれた時、酷い対応だったろ?

みんなあんたには関わりたくないんだよ」


「でも、夏海なつみさんは」


言いかけると、彼女は不機嫌そうに言葉を遮った。


「おばさんでいいよ、その名前嫌いなんだ」


「……すみません。でもおばさんは取り合ってくれたじゃないですか」


彼女、"おばさん"は煙草の火を消すと、目を伏せながら言った。



「あまりにも酷い環境だったのに、その上記憶喪失なんて馬鹿げた話が本当なら、知らないふり出来ないと思っただけだ」


「……ありがとうございます」


ぶっきらぼうで無愛想ではあるが、私の事を気にかけてくれているらしい。

少し目頭が熱くなった。


「あとは…あんたの育ての親と少し関わりがあってね」


「育ての親?」


おばさんは2本目の煙草に火をつけると、中庭の方を見つめながら言う。



彩織透あやおりとおる。あ、いや…今は透霞とうかだな」



ここで、また"彩織"の名前を聞く事になった。

ただ"彩織透霞"について聞いたことはあっても、"彩織透"という人物について聞いたことは無い。


碧は、続きを急かすようにその人物について聞いた。

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