番外編 神楽の恋歌
一
小説 番外編 神楽の恋歌
一
その日は茹だるような暑さで、アスファルトからは陽炎が立ち上り、外に出るのも億劫になるような天気だった。
にも関わらず、賑わう繁華街に
思い切ったビンタ音が反響した。
「イデッッ!!!」
白いキメ細やかな肌は赤く腫れ、照りつける太陽で輝く金髪が揺れる。
「最低!!!」
「そんな、俺、誤解だよ」
目の前の彼女は、大きな瞳から大粒の涙を流して叫ぶ。
可愛い顔が台無しだ。
「寝込んでるって言うから心配してたのに!他の女と泊まってるなんて!なんでつまらない嘘つくの?私の事バカにしてんの!?」
そう言って彼女は「うわぁあん」と、また泣き出した。
「違うって、熱が出て家にいたのは本当だよ。LINEで香織《かおり》に具合悪いって言ったら薬と飯を持ってきてくれただけ。連れ込んだように思えたのは仕方ないけど何もしてないんだよ」
「また適当な嘘つく!やっぱり私の事バカ女だと思って舐めてるんでしょ!もう嫌い!死ね!」
必死の弁明も、彼女には何一つ届かないようだ。
しまいには暴言を吐かれ、どうにか落ち着くように説得する。
何も聞き入れない彼女に困っていると、ふと声をかけられた。
「神楽?何してんの?」
見ると、心配そうな悠が立っていた。
「悠!?い、いや、女の子泣かせちゃってさ
完全に誤解なんだけど聞いて貰えなくて」
「誰?仲間呼んだの?卑怯者」
「違うよ、ほら、バンドメンバーの悠。
もう本当に誤解だから勘弁してよ…」
このままだと悠まで巻き込んでしまう。
そうそうに終わらせなければ、とため息が出そうになる俺を見て
悠が一歩前に出た。
「神楽と付き合ってるんですか?」
「…いや、まだ」
「じゃあ何も言う筋合いないんじゃない?
こいつ、どうしようも無い奴に見えるけど、自分の為に誰かを騙したり利用したりする様なやつじゃない。悪い奴じゃないんだよ。
もう勘弁してやってくれ」
悠は彼女のことをじっと見つめ、そんなことを言った。
悠…俺はお前の事を好きになりそうだよ
等と冗談を言いそうになったが、彼女の表情が急変したのを見て、引っ込めた。
「絶対に許さないから」
そう言うと、踵を返し足早に帰っていった。
今まで力んでいた足の力が抜け、へたり込んでしまう。
「あぁああ…この世の終わりかと思った…」
「大丈夫か?」
「…うん、ありがと悠。好き」
言いながら悠を見上げると心底嫌そうな顔をしていた。
「いやなんだよ気持ち悪いな。
そうだ、この後予定ないんだったらご飯行かない?」
「え!行く!やったー!」
思わぬ予定が出来た喜びで、今までの冷や汗がどこかに飛んでいってしまった。
とんだ災難だったが、偶然にも通りがかった悠のおかげで九死に一生を得た。
るんるんで隣を歩く俺を、悠はゴミを見るような目で見てくるが気にしない事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます