番外編 神楽の恋歌

小説 番外編 神楽の恋歌



その日は茹だるような暑さで、アスファルトからは陽炎が立ち上り、外に出るのも億劫になるような天気だった。


にも関わらず、賑わう繁華街に

思い切ったビンタ音が反響した。


「イデッッ!!!」


白いキメ細やかな肌は赤く腫れ、照りつける太陽で輝く金髪が揺れる。


「最低!!!」


「そんな、俺、誤解だよ」


目の前の彼女は、大きな瞳から大粒の涙を流して叫ぶ。

可愛い顔が台無しだ。


「寝込んでるって言うから心配してたのに!他の女と泊まってるなんて!なんでつまらない嘘つくの?私の事バカにしてんの!?」


そう言って彼女は「うわぁあん」と、また泣き出した。


「違うって、熱が出て家にいたのは本当だよ。LINEで香織《かおり》に具合悪いって言ったら薬と飯を持ってきてくれただけ。連れ込んだように思えたのは仕方ないけど何もしてないんだよ」


「また適当な嘘つく!やっぱり私の事バカ女だと思って舐めてるんでしょ!もう嫌い!死ね!」


必死の弁明も、彼女には何一つ届かないようだ。

しまいには暴言を吐かれ、どうにか落ち着くように説得する。


何も聞き入れない彼女に困っていると、ふと声をかけられた。


「神楽?何してんの?」


見ると、心配そうな悠が立っていた。


「悠!?い、いや、女の子泣かせちゃってさ

完全に誤解なんだけど聞いて貰えなくて」


「誰?仲間呼んだの?卑怯者」


「違うよ、ほら、バンドメンバーの悠。

もう本当に誤解だから勘弁してよ…」


このままだと悠まで巻き込んでしまう。

そうそうに終わらせなければ、とため息が出そうになる俺を見て

悠が一歩前に出た。


「神楽と付き合ってるんですか?」


「…いや、まだ」


「じゃあ何も言う筋合いないんじゃない?

こいつ、どうしようも無い奴に見えるけど、自分の為に誰かを騙したり利用したりする様なやつじゃない。悪い奴じゃないんだよ。

もう勘弁してやってくれ」


悠は彼女のことをじっと見つめ、そんなことを言った。

悠…俺はお前の事を好きになりそうだよ

等と冗談を言いそうになったが、彼女の表情が急変したのを見て、引っ込めた。


「絶対に許さないから」


そう言うと、踵を返し足早に帰っていった。


今まで力んでいた足の力が抜け、へたり込んでしまう。


「あぁああ…この世の終わりかと思った…」


「大丈夫か?」


「…うん、ありがと悠。好き」


言いながら悠を見上げると心底嫌そうな顔をしていた。


「いやなんだよ気持ち悪いな。

そうだ、この後予定ないんだったらご飯行かない?」


「え!行く!やったー!」


思わぬ予定が出来た喜びで、今までの冷や汗がどこかに飛んでいってしまった。


とんだ災難だったが、偶然にも通りがかった悠のおかげで九死に一生を得た。


るんるんで隣を歩く俺を、悠はゴミを見るような目で見てくるが気にしない事にした。

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