六
久々に捲ったその楽譜は、少し埃を被っていて
自分がどれだけこの曲を記憶の奥底にしまっていたのだろうかと、考えてしまった。
最初は覚束なかった指も段々と感覚を思い出し、今では目を閉じてても弾けるまでになった。
隼人と碧の歌も順調そうだ。
ただ、碧から不思議な提案があった。
『本番まで一切併せをしない事、を約束して欲しい』
つまりぶっつけ本番。一発勝負。
何故このような提案をしてきたのかも、碧は教えてくれなかった。
本番、"これまでに無い奇跡" が起こると
それだけ伝えられた。
あの日から一切僕らは顔を合わせず、各々で練習を続けている。
ソロ活動?と問いかけられても何の疑問も浮かばないだろう。
誰もいない、楽譜とCDだらけの散らかった部屋で、僕はひとり
ずっとギターを鳴らしている。
僕が音色を合わせる対象は、
古ぼけたCDから聞こえる叶多の歌声だけ。
~♬︎
ふと、スマホの着信音が響いた。
「もしもし」
「お疲れ様です、悠さん」
聞き慣れた碧の声だった。
「お疲れ様、どうしたの?」
「今日もし暇でしたらご飯に行きませんか?」
碧からこういう事を言われるのは初めてかもしれない。少し間を置いて答えた。
「空いてるよ。今どこにいるんだ?」
「神楽さんのバイト先です。6時に終わります」
「じゃあ6時に迎えに行くから、また」
「ありがとうこざいます!」
嬉しそうな碧の声が心地好く感じた。
珍しい誘いに胸が高鳴る。
ライブまであとわずかに差し迫ったこの時期に、この誘いという事は、歌の相談だったりするのだろうか。
予期せぬ出来事に少し不安を覚えながらも、約束の時間までまだ余裕があったので仮眠をとることにした。
「おやすみ」
叶多の写真に向かってそう呟き、電気を消して
暗がりに身を寄せた。
この時遠くのサイレンがうるさくて、あまり眠れなかったのを今でもよく覚えている。
何せ、これが転機だったのだから。
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