碧にはまだ早いだろうと思っていたが、話をしたら行ってみたいと聞かなかったので、近くの海鮮が美味しい居酒屋を訪れた。


「悠さん、私は今皆さんの願いを模索中でして」


「願い?」


席に着くなり早々話を勧める碧。

そして突拍子も無い内容。


「今はまだ具体的に口に出すことは出来ないと思うんですけど、いずれ分かると思います」


「ほう、それで?」


「それで、私自身の願いの方を考えてみたんです、叶えたい夢が何なのか」


少し間を置いて僕が答える。


「記憶を取り戻したい、だったよね」


「そうです。でも今のところこれだけ活動してなんの進歩もありませんでした」


碧はわかりやすく肩を落とす。

沈んだ表情をしている。


「…そういえば学校の方はダメだったんだよね」


「ダメでした。私の事を覚えている先生もいなければ、その他の事は個人情報だから何も教えられないって…」



___碧はライブ後に話しかけてくれた元同級生らしき少女と連絡を取り、母校に行ったらしいのだが、後から何の情報も得られなかったと聞いた。



「ただ、あの子達の私に関する情報から"親と上手くいってない"或いは"親がいない"環境だったんじゃないか、っていう推測が出来ました」


「…なるほど」


「それで、私が記憶喪失になって病院に運ばれる前、倒れていたらしい場所付近の児童相談所、児童養護施設、そしてそれに関連する事件を調べてるんです」


「これは本格的になってきたな」


碧の瞳は少し揺らいでいた。

そしてその奥にキラキラとした眩さがあった。


知りたいけれど、知りたくない。

恐怖と好奇心の間で揺れているような、そんな感じがした。"した"だけかもしれない。


「……それでもやっぱり途方が無い作業なんです。

虱潰しに調べていっても当たりはひとつも見つからない。


誰も私の事を知らない。

存在すらひと握りの人間しか知らない。

家族も名乗り出てこない。

誰も、誰にも知られていなかった私の事を

誰か助けてくれないかなあ、なんて思うんです。



これが"寂しい"って感情なんですかね」



碧はそう言って悲しそうに笑った。

出会った時の不器用な笑い方。

その面影はどこにも無かった。


この子は色んな表情をするんだな、と

辛そうに口角を上げる碧を前にして、そんなことを考えてしまった僕がいた。


あれ、この笑い方心做しか…__



「なんですかその顔?」


ハッと我に返ると不思議そうに僕の顔を覗き込んでくる碧がいる。


「なんでもないよ。…それで、これからも虱潰しに探してみるつもりなの?」


「それしかないと思ってます。それともなにか手立てがあるんですか?」


碧は少し不服そうに言った。


「可能性にかけてみる、みたいな話にはなるんだけど。僕たちの曲のターゲットを碧と同じ年齢層の子達にしてみたら何か知ってるかもしれない子が碧に気づくかもしれない。」


僕の提案に、碧は目を見開く。


「確かに、それはあるかもしれません。

私も……闇雲ではなく、少しは頭を使って自分の事を探してみないとダメですね。」


「いや、碧は今までも頑張ってるよ

ただ、やろうとしてる事は簡単な事では無いから」


「ありがとうございます。

そしたら、新曲を考えなければいけませんね」


そういうと、碧はふふっと笑って、目の前のいくらを頬張った。


「ん~~!美味しい、ここのお店のいくらは病みつきになりますね」


碧は前に比べて、とても表情が豊かになった気がする。

見た目も考え方も幾分大人びているせいで自分と同年代のように感じてしまうが、こうして見ると、年相応のただの女の子だ。

幸せそうな彼女はとても可愛らしい。


その後、二人で他愛もない話をした。

ふと気づけば時計の針は既に9時を指していた。


「あ、もうこんな時間ですか?」


「そうだね。家まで送るよ、今日は色々心の内を話してくれてありがとう」


「…いえ。私にとって皆さんは家族みたいなものですから」


そう言って彼女は微笑んだ。

あの不器用な笑い方がどこかへ消えてしまったかのように。

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