三章 碧落と悠遠
一
けたたましいセミの鳴き声がこだまする。
一歩、また一歩と歩を進める度に身体中から汗が滲み出し、あまりにも強い日差しに嫌悪感を抱かずにはいられなかった。
そんな暑い夏の日、僕らはスタジオに閉じ篭っている。
冷房がよく効いた部屋で、ギターソロから始まるロック調の音楽が鳴り響いていた。
「"~~心地良いってさ その地獄が
馬鹿みたいに都合良いんだ___"」
ブランクを感じさせない完璧な演奏。
ボーカリストが違うというのに、一切の狂いが無かった。
ただ一点を除いては。
碧の歌声はか細く息も絶え絶えで、肝心の声量が不安定だった。
荒っぽさが目立つ、と言った感じだろうか。
正直、叶多の後継としては厳しい状態だった。
とはいえ、声は申し分ない程綺麗で美しく透き通っているので、練習次第でどうにかなりそうではある。
とりあえず一曲やり遂げ、ぜーはーしている碧を見兼ねた隼人が声をかける。
「あんた、大丈夫か?」
「はい…皆さんの生演奏をバックにしたら、緊張して力んでしまって…」
碧の顔色は心底悪そうに見える。
「叶多さんの前で歌ったことある?」
隼人は碧の顔色を伺うように問いかけた。
「ありますよ、難しい顔をしてましたね
『声は綺麗だから練習しようね』って愛想笑いを返されました」
それを聞いた神楽は吹き出し、必死に笑いをこらえていた。
隼人は若干引き気味の声で呟く。
「前ボーカリストが気を使うレベル…」
「えっっ…!?」
碧は豆鉄砲を喰らったような顔をして固まってしまった。
その表情すら可愛らしいな、と心の中で思いながら碧に声をかける。
「叶多の言う通り、本当に声は綺麗だ。
リラックスして歌えるようになれば問題ないと思うよ。一回目だし気にすることないから。」
「ありがとうございます…」
消え入りそうな声でお礼を言う碧は、少し落ち込んでいるようだ。
「よーし!もう一回やろー!」
相変わらず空気が読めているのか読めていないのか定かではない神楽が、声を張り上げる。
僕らの夏と追憶の旅は、まだスタートラインにすら経っていない。
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