推し、燃ゆ
まず、感想をひとことで表すなら「すごく書けている」。
「すごく書けている」なんて言うと、上から目線に聞こえてしまうかもしれないが、これほどまでに、言葉にならない感情の数々を文章で表現することができるのか、という感嘆の意である。
私には、こんな風に書けない。
説明するまでもなく、誰もが知っているであろうこの作品。むしろ、読むのが遅いぐらいだ。
三島由紀夫賞最年少受賞の21歳 宇佐見 りん さん。第2作にして第164回芥川賞受賞作『推し、燃ゆ』。
主人公のあかりは、病名は文中に書かれていないけれど、発達障害の女の子。
頑張っても頑張っても、人の最低限に届かない。
勉強も、学校も。バイトも全然うまくいかない。
でも、1時間働くと生写真が1枚買える、2時間働くとCDが1枚買える、1万円稼いだらチケット1枚になる、と働いている。
――推しを推すときだけ、あたしは重さから逃れられる――
実は最近、私にも「推し」ができた。
某ボーイズグループオーディション参加者のひとり。
「推し」は無事デビューが決まった。
彼は、マイペース。
彼は、自分の世界を持って、自分のペースで動いている。
そして時々、すっとんきょうなことを言う。みんなに笑われる。
でもその、人とは違う雰囲気、行動、発言が、彼の魅力となって人を惹き付ける。
合宿参加メンバー15人の中で、彼についているファンが一番多いんじゃないかな。
私は、子どもの頃は、KYと呼ばれた(もはや死語かも)。
普通じゃない。空気の読めない変わった子。
でも高校生くらいまでは、『友達』は『友達』でいてくれた。
「あほな子は嫌い」「頭おかしい」「グループのおまけ」
私のことを嫌いで、私のことを悪く言う子は、『悪く言う子』。
私の話を聞いて、私と仲良くしてくれる子は、『仲良くしてくれる子』。
それで良かった。全員に好かれるとか、全員が仲良しなんて無理だろうし。
でも大学に入った頃から、友達でもさ、同じサークルとか同じゼミで普段仲良くしてるのに、少しおかしなことを言うと怪訝な目で見られるようになった。
仲のいい『友達』なのに、少しずれたことを言うと、話を聞いて貰えない。
変なことは言えない。真っ当な発言をしないと。バカにされるようなことは言ってはいけない。
『友達』なのに、一歩間違えると私のことを『悪く言う子』になる。
私は、自分が思うこと、自分の言いたいことを言うのをやめ、無難なこと、当たり障りのないことしか言わなくなった。
発言数が減った。心からの笑顔も減っていった。
周りだけが悪いんじゃない。私も相手にそう接していたんだと思う。マウントの取り合い。
社会人になってからは、それがもっと加速した。
「能面」って呼ばれるようになった。冗談でだけどね。
それくらい笑わないから、表情が乏しいから。
「推し」は、ふとおかしなことを言う。ちょっとずれてる。
SNSでも「おとぼけ」「ゆるゆる」「魂が抜けてる」なんて言われている。
ずれたことを言っているのに、怪訝な目で見られない、バカにされない。
逆に、その発言や行動が、人を惹き付けて離さない。ファンがとても多い。
よくよく考えれば、嵐の大野君とか、キンプリの平野君も、そんなタイプの気がする。
でも、マイペースでゆるゆるしているように見えても、彼はとっても努力家。
できるようになるまでやる、根性派。
最後のパフォーマンスでの成長、感動しちゃった。彼は天才的な才能もある。
「彼みたいになりたい」
そう思った。年下なのに、おかしいよね。
彼みたいに、独特な自分の世界。自分の思ったこと、感じたことをそのまま言う。
結果、少しずれていたとしても、むしろそれが魅力として、みんなに愛される。
もちろん言うまでもなく、悪口とか人を傷つけることは無神経に言わない。
そういう「空気が読めない」じゃない。
「変わった子」「あほな子」
そう言われても気にしない、無邪気で自由で楽しかった子どもの頃に、戻りたいとは思わないけど、自分が感じたこと思ったことを、少しだけでも自由に発言し、行動したいと思う。
これまでも、私はアイドルが好きだった。
48グループとか、K-POP系とか、女の子のグループ。
推しと呼べる子もいたし、こんな風になりたいって子もいた。でも、今回は何かが違う気がする。
『推し、燃ゆ』の世界が描いている「推し」みたい。
もともと友達が多い方ではなかったけど、友達はみんな結婚したり、子どもができたり。さらにコロナもあって、ずいぶんと疎遠。私がこんな性格だから、せっかくくれた連絡も返さずに放置しているのも原因。
友達だと思っているし、嫌いなわけじゃないのに、連絡を取り合うのが苦痛。返事を返すのが億劫。
そんなことない? 私だけかな。
友達も恋人もいなくても、仕事に生きてるならいいよ。
でも、私は職も転々としているし、仕事が嫌い。
そんな私にとって「推し」は、新しい光。
アイドルの卒業や解散の時、泣いて愛を語っている人に、「大げさな」「何をそこまで」って思ってた。でも、「推しが生きがい」って人の気持ちが、少し分かったかもしれない。
推しに元気を貰って来た。推しのおかげで頑張れてきた。青春も辛い時も楽しい時も、推しの音楽と共に生きて来た。
そんな人たちなんだなって思う。
冒頭で書いたように、素晴らしく感嘆する描写ばかりだが、その中でも特に心に響いた部分を紹介したい。
共感する表現が多かったので、溢れて漏れる文章の中から1ヵ所だけを選ぶのに、非常に迷った。
考え抜いた上、以下の一節を紹介したい。「推し」に元気を貰って日々生きている全ての人が共感できると思う。
『――あたしは推しの音楽を聴きながら登校していた。駅へ向かいながら、余裕のある日はゆるいバラード、いそぐ日はアップテンポの新曲を流して歩いていた。曲の速さで駅に着くまでの時間がまるっきり変わってくる、歩幅やら、足を運ぶリズムがその曲に支配される。
自分で自分を支配するのには気力がいる。電車やエスカレーターに乗るように歌に乗っかって移動させられたほうがずっと楽。午後、電車の座席に座っている人がどこか呑気で、のどかに映ることがあるけど、あれはきっと「移動している」っていう安心感に包まれているからだと思う。自分から動かなくったって自分はちゃんと動いているっていう安堵、だから心やすらかに携帯いじったり、寝たり、できる。――』
※学生の読書感想文に毛が生えたような、大人の読書感想文である。
間違った箇所がある場合は、暖かく指摘していただけるとありがたい。
宇佐見りん(2020)『推し、燃ゆ』,株式会社河出書房新社
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