第7話 ダンジョンの変調
10階フロアボスをクリアしたところで、僕はみんなに声をかけた。
「ちょっと休憩しようか。疲れたでしょ?」
「うん……確かに、ずっと動きっぱなしだから、さすがに少しきついかな……。」
「お腹も空いてきたわ。」
「そうよね。」
たぶん緊張してたんだろうな。初めてのダンジョンで、ゾフィーとエリザベートは特に疲れてしまったようだ。
フロアボスが消えれば、しばらくは他の魔物もわいてこないし、魔物を一層したあとのダンジョンは、逆にどこよりも安全だと言える。僕はマジックバッグから敷物を出して地面に敷き、みんなに座って貰った。
「じゃあ、良かったらこれを食べない?
家から持って来たんだ。」
僕は、マジックバッグに入れて来た、パンとチーズとリンゴを取り出した。
「これはなあに?」
アリシアが聞いてくる。平民はチーズ食べたことないのかな?
「チーズだよ。そのままでも食べるんだけど、こうやってパンに挟んで食べると美味しいんだよ。」
「へぇー!
初めて見る食べ物かも!」
アリシアは恐る恐るという感じだったが、空腹に耐えられなかったらしく、僕からチーズを挟んだパンを受け取り、口に入れた瞬間目を丸くした。
「おいしい!」
嬉しそうに一気に頬張るアリシアを見て、ゾフィーとエリザベートもお腹が空いてきたようだった。
僕からチーズを乗せたパンを受け取り、上品に食べ始める。本当はちょっと熱を加えてとかすと、もっと美味しいんだけどね!
「本当ね!すごく濃厚で、癖になりそうな味よ!ワインとかにも合いそう。」
「私はもっと甘い方がいいな。ジャムの方が好きかも。でも、こういうのもいいわね。」
エリザベートは甘党なんだな。ジャムも持ってくればよかったな。けど、3人とも気に入ってくれたようだ。よかった。
公爵家御用達のチーズだからなあ。伯爵令嬢のゾフィーとエリザベートも、ここまでのものは食べたことないのかな?
僕はナイフでリンゴを四等分して、みんなに手渡す。洗ってあるから皮ごと食べてもらう。皮が一番栄養あるしね!
「この赤いのはリンゴっていう果実なんだ。ここの部分が蜜って言って、これがたくさんあるほど、甘い実なんだよ。これがないと、少し酸っぱくて苦手って人もいるけど、その場合でも、そのまま煮たりジャムにしてもいいし、僕はとても好きなんだ。」
「これが噂の!」
アリシアは見たこともないのかな?
まあ、果物ってお高いしね。
「私も大好きよ!」
「よかった!
はい!エリザベートもどうぞ!」
「ありがとう!」
ゾフィーとエリザベートが、とても嬉しそうに受け取ってくれた。
リンゴはよその国で取れるものだから、この国じゃまだまだ珍しいんだよね。
でも好きってことは、伯爵令嬢の2人は食べたことがあるってことだね。
「飲み物も用意してあるから飲んでみて。」
僕はやかんを出して携帯燃料でお湯を沸かして、ティーポットでお茶を入れると、カップに入れてを3人に渡す。
「私、こんなきれいなカップでお茶を飲むの、初めてです……。」
アリシアが恐縮したように言う。
「すごく綺麗!でも、紅茶と違うのね?
それになんだか不思議な香りがするわ。」
「これはハーブティーと言って、疲労回復やリラックス効果があると言われているものをいくつか組み合わせたものだよ。
全部で3種類入ってるんだ。
はい、蜂蜜を入れてどうぞ?」
「いただきます!……ん!甘くて美味しい!
3種類のうちの1つは、ローズヒップかしら?あとは分からないわ……。」
ゾフィーが首をかしげる。
「正解!よくわかったね。
残りの2つは、ハイビスカスとマリーゴールドだよ。お肌にもいいから、女性にもオススメなんだ。」
「以前ノーブル侯爵令嬢のお茶会に参加した時に、いただいたことがあったの!
残りの2つも家で取り寄せようかしら。」
「……ところで、先程から気になっていたんだけど、そのパンやら、なにやらを出したバッグはなんなの?」
エリザベートが聞いてくる。
え?さっきスクロールやドロップアイテムをしまう時に説明したよね?
ひょっとして、僕の話、印象薄い?
ていうか、僕に興味ない?
うう……。めげないぞ!
「ああ、これは“マジックバッグ“っていって魔道具の一種だよ。
中に入れたものが腐らない、特別なマジックアイテムなんだ。収納スペースが大容量のものほど値段が高いんだよ。」
「まあ!
そんなものがこの世にあるのね!!」
ゾフィーが目を丸くする。
「知らなかったわ……。」
「すごいなぁ……。
いいなあ、私も欲しい……。」
エリザベートもアリシアもかなり驚いている様子だった。そういえば、この国ではマジックバッグは貴重品だったっけ。
一応マジェスティアラン学園に通う生徒たちは、冒険者の真似事みたいなことをして経験値を稼ぐ人もいるんだけど。
貴族令嬢はあくまで花嫁修業優先だから、レベル上げを頑張らないし、マジックバッグのことまで知ってる人は少ないかもね。
剣や魔法の練習はするけど、実際使う場面に遭遇する仕事につかないもの。
「ちなみに、今僕が持っているものは、1番収納容量が大きくて、でもバッグ自体が小さくて、見た目よりたくさん物が入れられるマジックバッグなんだよ。」
「ええ!?そんなの、値段がつけられないんじゃない?本当に売ってるの!?」
「そ、それってもしかして、伝説の魔物からドロップしたマジックアイテムとか!?」
「そこまでじゃないよ、普通に売ってるものだしね。魔道具師さんが作ってるんだよ。
まあ、たしかに、僕と同じくらい入るマジックバッグを持っている人は、この国に殆どいないとは思うけど。」
「すごすぎるわ……」
「こんなものがあるなんて、本当に信じられない……。」
僕に、しまって見せてと言って、僕が出したものを、また中にしまうさまを見て、ゾフィーとエリザベートは呆然としている。
ベルチェノワクロイス王国の王族である、王子殿下ですら持っていないものだから、2人が驚くのも無理はないと思う。
こんなものを誕生日プレゼントに簡単にくれるんだから、我が家は本当にずれていると思う。
ちなみに使用者登録が出来るので、マジックバッグを奪われたとしても、僕以外が勝手に使用することは出来ないから、泥棒や強盗なんかに盗まれることもない。
使用者登録は作った工房に行かないと出来ないし、僕の意思だけで変えられるものでもないしね。
「よし!休憩終わり!行こうか!」
「そうですね!」
「行きましょう!
ちょっと眠たくなってきちゃったから、体を動かして目をさまさないとね!」
エリザベートの言葉にみんなが笑う。
それからも順調に進み、地下15階まで到達した。
「ここからは出てくる魔物が、より強くなるから、気をつけてね。」
「ええ!」
「わかりました!」
「もちろんよ。」
「あと、なるべく1人で戦わないように。
危なくなったらすぐ助けに入るから。」
「了解です!」
「頑張りましょうね!」
「たくさん経験値を稼ぐわ!」
3人はやる気じゅうぶんのようだ。
「じゃあ、行くよ!」
「「ええ!」」
「はい!」
そんな風に言ったものの、そこからは、僕の出番はほとんどなく戦闘が終了した。
女性陣、強すぎるよ……。
僕と言えば、ドロップアイテムを拾ってマジックバッグにしまう担当だった。
5階下がるごとに出てくる階層ボスは、オーク、オーガ、ロックゴーレムなどだったけど、3人の連携の前にまったく歯が立たず、あっという間に倒されていく。
既に地下25階を突破してしまった。順調過ぎて不安になるくらいだ。
最下層のサイクロプスまで行こうかどうしようか、悩むところだなあ。
「ねえ、まだ行けるようだけど、どうする?
ここで引き返すこともできるけど?」
最下層ともなると、今までとはちょっとレベルが違うからね。
「うーん……、でもせっかくここまで来たんですもの!最後まで行ってみない?」
「そうねぇ……。ここまで来て帰るのももったいない気がしますし。」
バイエルン姉妹がそう言う。確かに、このメンバーならいけそうな気もする。
それに最初に会った時に、倒せなかったとはいえ、アリシアはたった1人で最下層のサイクロプスに挑んでいるのだ。そして、その後僕が単体だけなら倒している。
イグナイトスティールもいるし、アリシアのストームホルトだっているのだ。危険は少ないと言えた。
「わかった!じゃあこのまま進もう!
ただ、無理だと思ったりしたらすぐに言ってね?僕達はまだ新人なんだから。
油断しないことだよ。」
「ありがとうございます!」
「助かるわ」
「頼りにしてるわよ?」
正直さっきから全然役に立ってない気もするけど、言葉だけでもそう言ってくれるのは嬉しいな。
その後も順調に進んでいき、とうとう地下30階にたどり着いた。今までとは入り口の雰囲気からして違う。最初の扉と同じように、重たい扉が目の前にあった。
僕のお目当ての痺れ粘液を出すスライムは下層には現れないから、上で狩ってたい気もするけど、せっかくのパーティーだしな!
それにアリシアはともかく、バイエルン姉妹と仲良くなれる機会は、早々ないだろうからね。
もう少しいいところを見せておきたい。
そっと扉を押して中を覗く。入ってすぐは安全地帯というものがあって、そこより先に進まなければ、攻撃されることはない。
僕たちはその場所から中の様子を窺った。
「さすがにここには、まだ誰も来ていないみたいだね。」
ダンジョンっていうのは、誰かが一度来ていれば、時間わきのボスと違って、他の魔物たちの数が少ないものなんだ。
だけどここには普通に何十体ものゴブリンやら、ダイアウルフやらがいた。
「そうね……」
でも、なんかおかしい。
中層にいるリザードマンはともかく、ゴブリンメイジに、メタルラビットまでいる。
「あの……、これってさすがに多すぎじゃないですか……?前回来た時は、こんなに多くはなかったはずなのに……。」
一度最下層にもぐったことのあるアリシアが首をかしげる。
そうなのだ。明らかに多い。ダンジョンボスはともかく、本来初心者向けダンジョンの下層に現れるはずのない魔物たちが、これだけいることに違和感を感じる。
何かあるのかな?──まさか!?
「みんな、一旦戻ろう!」
「え!?え!?」
「ど、どうして!?」
「引き返すの!?目の前なのよ!?」
「いいから早く!」
僕はそう言うと、急いで地上へと戻る道を20階まで戻った。
「ふうっ……」
何とかここまで帰ってこられた……。
「一体何があったって言うの?」
「それが……」
僕は彼女たちに、ダンジョンに対する違和感の理由を話した。
「あれ、ダンジョンスタンピードの前兆かも知れないんだ。」
「え!?」
「ダンジョンスタンピード……?」
聞いたことがあるらしい、ゾフィーとエリザベートが驚く。アリシアはキョトンとしている。
「うん、最近になって、この王都近くの初級者向けのダンジョンで、よくわからない現象が起こってるらしいんだよ。」
「その現象って……?」
「まずは魔物たちがダンジョンフロアの1箇所に多く集まりだす、次におきるのが、初心者向けダンジョンに現れるはずのない、異常に強い魔物が現れるようになること。」
「今のこのダンジョンの状態だわ……。」
「うん。そして、最後におきるのが、強力な魔物達が暴走して、いっせいにダンジョンの外に出てくることなんだ。その直前で騎士団と冒険者ギルドが食い止めてるんだよ。」
暴走直前にはフロアに魔物がたくさんわくけど、20階まで来てまだ魔物が復活していないというのは、今すぐではないのだろう。
「そんなことが起こっているなんて、いっさい知らなかったわ。」
「私もよ。」
ゾフィーとエリザベートが初耳だ、という表情をする。僕も騎士団絡みでお祖父様とお父様から最近聞いたばかりだから、普通の人は知らなくて当たり前だと思う。
「うん、僕もついこの間知ったばかりだからね。それで、今回はそれが起こる前触れじゃないかと思ったわけなんだ。」
「なるほどね……」
「ちなみに、スタンピードが起こった時、外にはどれくらいの数の魔物が出てくるか知ってる?」
「うーん……、確か、歴史によると、1万匹以上と言われているわよね。」
「そうだね。まあ、正確な数字は分からないけど。ただ、それだけの数の魔物がいっせいに外に出たら、王都内はもちろんのこと、周辺一帯も壊滅的被害をこうむるだろうね。」
「大変じゃないですか!」
アリシアが恐ろしげに言う。
「だからこそ、今のうちに食い止めないといけない。そのためにはまず魔物がたくさんわいている原因を探らないと。
まだ時間があるみたいだから、もう一度様子を見に行こう。」
「危険じゃないんですか?それに、その原因を突き止めてどうするんですか?」
「もちろん、冒険者ギルドに相談するよ。」
子どもの、“かも知れない”、だけじゃ、冒険者ギルドもさすがに動かないからね。そうとう確信出来るものを見つけないと。
「そうですね!」
「そういうことなら、早速行きましょう!」
「うん、暴走まで時間がないかも知れない!
急いでフロアを降りよう!」
「はい!」
「「ええ!」」
こうして、僕らはもう一度、ダンジョンの下層に戻って行った。
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マクシミリアン・スワロスウェイカー
15歳
男
人間族
レベル 14
HP 162
MP 128
攻撃力 78
防御力 64
俊敏性 58
知力 87
称号
魔法
スキル 勃起不可 逆剥けが治る 足元から5ミリ浮く モテる(猫限定) 目薬を外さない 美味しいお茶を淹れる 体臭が消せる 裸に見える 雨予報(15秒前) カツラを見抜ける 塩が見つかる 上手に嘘がつける 快便になる 他人の才能の芽が見える 相手がほんの少し素直になる 植物が育ちやすくなる
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まだ冒険を続けますか?
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