一幕五節目 予知夢か、正夢か。


一幕五節目 予知夢か、正夢か。





暮无side


オレは、何度も熱に浮かされて、冷めない腹の奥の疼きに苛立っていた。

『花街』で唯一の医者──ハーメルンの策略によって久しぶりの本格的な発情期ヒートを迎え、見世の裏手にある別宅で軟禁生活を送っている。今日で五日目だ。まったく終わる気配がなくて、頭がおかしくなりそうだ。今も、後孔こうこうに擬似的なイチモツを突っ込んで腸壁を擦っては呼吸を乱し、髪を振り乱す。自分の緩く勃った『♂』のアカシからはトロトロと透明な液が溢れるばかりで、それが誰かを孕ませるとかの機能なんてない。二次性がオメガと決まった時点で。

部屋中には『あまったるい香り』が充満していて、それが自分から漏れているって理解しているのに抑えられない。


クソ、くそ、クソったれ…!!


冷めない腹の疼きに耐えかねて、擬似的なイチモツを抜き去り、床へ投げつける。オメガ特有の後孔から出る分泌液が潤滑剤の役割を果たし、性行為での負担を軽減させてくれる。けど、自慰する身としては普段との差を嫌というほど知ることになって吐き気がする。肩で息し、虚しさに泣きそうだ。膝裏を手で支えるようにして、そのまま布団へ倒れる。


オレに、間夫まぶ──本命に近い、または本命の相手を指す──なんていない。他所のオメガには客とは別に発情期のときだけ頼る相手がいるそうだ。たしかに、盛って勃ったイチモツを突っ込んで、発情期の昂りや熱さを散らしてくれるなら二次性なんて関係ないのかもしれない。けど、見世の売れっ子としての矜恃、オレの性格から誰かにあきない以外で慰めてもらうなんて吐き気がする。だから、今も終わりの見えない熱に苦しめられている。


──薬が効かない。ちゃんと用意されたものを口から喉、体内へ落としているはず。なのに、終わらない。本当に、正しい効能のやつなのか?手違いで他所のオメガのと混じってないか?そんな余計なことばかり考えてしまう。


「もう、いやだ…はやくおわれよ…」


泣き言を漏らして、意識がまどろんだ。力が抜け、布団に沈む。



───────

─────



なんだここ、いいや、夢か。

どっこ見ても真っ暗だし、なんかオレ自身が浮いてるし、手を握ったら痛いな。うん、感覚あるってことは…明晰夢めいせきむだったけ…?


たしか、蒼威あおいが読んでたぶ厚い本に出てきてたはず。その本の内容なんてのは、曖昧だ。


蒼威は、活字が好きだった。オレにとったら、何がそんなに面白いのか分かんないような本も読んでた。

そのなかでも、明晰夢を題材してた本を気に入ったようで、繰り返し読んでいたを覚えてる。たしか、主役の登場人物が他人の夢を渡る力を交通事故をさかいに手に入れちゃって、幼なじみや身近の人の夢に入り込んで危機から救うなんていう話だったはず。結末も覚えてないからあってるかも知らない。


望んで他人の夢に干渉して、来るはずだった運命や出来事を捻じ曲げるってのはとてつもない代償が着くだろうに。半魔人のオレでも身震いするような話だ。


つーか、どこだろう。

明晰夢ってことは、またオレの過去の夢か、ましてや誰かの夢に混じっちまった可能性もあるかもな。

現実味のないこともあっさり受け入れちまうのは『花街』育ちゆえだ。


じっとしてても、つまんないな。

いつ、夢から醒めるかも分からん。歩いてみるか。


歩いて、歩いて。


ぶっちゃけオレは、右なのか左なのかわからず歩いている。真っ暗闇でしかないから、目が慣れるっていうこともない。


なんか、騒がしくなってきたな。音しか聞こえないけど。うん?何だこれ、隙間?ここだけ、何だか明るいな。覗いてみるか……


『いけぇぇ!!撃ち返せぇー!!』

『目標!敵主戦母艦!!』

『ぶっ壊したるわぁぁぁ』


突然の閃光、爆音、絶叫、嗅覚を刺激されるニオイ。

驚きで、隙間から離れた。


うっ、うわぁ…なんだアレ…


なんかの映像か?いや、オレ。そういう闘う系の話は好きじゃないんだよな。観るならゾクゾクするホラー系のほうが幾分、好きだしな…



──もう一度、隙間を覗き直す。


『あははっ、やめろって〜』


『お!やったな〜!』


キラキラと太陽の日差しで反射するとても澄んだ水の川で遊んでいる青年だった。年相応なのか、それとも印象から受けるより歳上なのか。わからないが、とても無邪気に遊んでいる。彼の傍で笑っているのは、彼のキョウダイだろうか。なんとも微笑ましい日常の。


──景色が、切り替わる。


『どっ、どういうことですか!!』


焦っているのか、怒っているのか。どういう感情なのか、わからないが、手習い処に似たような場所で男性に詰め寄っている青年がいる。何やら、言い合いをして男性が肩をポンッ…と叩いて、部屋を出ていく。青年の頭が下がって、嗚咽にも似た声を漏らしている。

オレは、部屋の隅っこでその姿を見ていることしかできない。


──夜になる。月がきれいだ。

廊下にいるキョウダイたちに おやすみ。いい夢を。なんて言葉をかけ、布団の敷いてある畳の部屋に青年がいた。障子のはってある格子戸を閉めて膝から崩れるようにうずくまり、脚の短い文机には、なんとも目立つ赤い紙が置いてある。


『なんで、なんでだ!!なんで、俺が行かなきゃならない!!くそっ、俺は…叶えたい夢があるのに…!』


暫く部屋に響くのは、鼻のすする音、言葉になりきれていない感情たち、そして雫。──静まり返る。そして。


『いつまで、ウジウジしてんだよ。……腹は括った。御国から手紙が来た。誉れあることだ。私が行けば何も問題ない。家のことはカラダが弱くて選ばれなかった兄さんに任せよう。大丈夫。これで母さん、弟たちが村の人から後ろ指さされることがなくなるんだ』


どういう意味なのか、理解できない。国からの手紙とか、家族のために何かをしなきゃ行けないってのは伝わってきた。けど、亜空間の『花街』で育ったオレに分かるはずもないことだ。


『皆さん、さようなら。御国の為、戦い。この手で誉れを。……行って参ります!』


白地に、赤い丸。

たしか東ノ国を表す旗だったか。

これも、蒼威が読んでた本で見かけた情報だ。正解かは、わからない。


──兄ちゃん!行ってらっしゃい!

──おにい!がんばってきてねー!


まだ幼い子たちが、青年に旗を振り、声を張り、手を振って見送る姿が何だか、悲しく思えた。何故かは、わからない。……わからない事だらけだ。


──景色が一変した。

どこかの草原だろうか。

そんな草原に、プロペラのついた鉄のかたまり。たしか、空を飛ぶ乗り物だと聞いたことがある。空の境界がどこなのか分からない常世と現世の狭間──亜空間には縁のない乗り物。見たことのない服装、額に巻いているのは国旗だろうか。さっき振られていたものとは、別物みたいだ。青年の目元が凛々しく、何かを決意した人の顔つきだ。──とても惹きつけられる藤色の瞳。


『それでは!ヤスクニで会おう!』


似たような服装の人たちが、右の額横に手をつけた。合図だろうか。


『こちらーー、ーー。ーーにて、ーー作戦ーー、……離陸します!』


雑音に邪魔される。この人は、誰だ。オレは、誰の夢に紛れ込んだ?

──飛び上がる鉄の塊が、青い世界を進む。


『くっ!敵影かっ!私は、御国の為!ぜってぇ、墜ちてやるものか!!』


風をまとい、雲を切る。

激しい火花が散り、辺りが煙と騒音で埋め尽くされた。


『はぁっー…!はぁっー……!』


乱れた呼吸、鉄の臭いが嗅覚を刺激してくる。やっと、終わったのか?この人、これで草原に帰れるのかな。帰って、傷の手当しなきゃ『人間 』は治りが遅いからな。


『はははっ、こりゃあ見事な鉄の城だなぁ…』


これが、海?たしかに、すげぇ広くて終わりが見えない場所だな。あのデケェ乗り物は船だったけ?でも、オレが知ってるやつとだいぶ形が違うよな。……もし、現世に行く機会があったら見に行きたいな。

ここを、泳いでみたい。


『これで、最期だ。神様!仏様!そして、ナサケサマの加護よ!とくとご覧あれ!』


飛んでいる乗り物が下に下に動きを変えた。この人、墜ちるつもりなんだ。もしかしなくても、あのデケェ乗り物にぶつかる気なのか?

そんなことしたら、この人は死ぬの?いいや、死んじゃうんだ。

この人、動かなくなっちゃう。

ヤダ、イヤだ。死ぬな!

なあ、オメェはなんの為に飛んでる?なんの為に痛い思いをしてる?!なあ、何でなんだよ!……なんで、オレは何もしてやれないんだ!!


『これで!!しまいだぁぁぁ!!』


また耳をつんざく騒音、閃光、散る火花と弾幕。


や、ッ!ゃめろぉぉぉぉ!!


火を纏って、墜ちていく鉄の塊。

オレの絶叫とともに、暗闇が……




───────

────



「はぁー…はぁー

……あれ、オレは……」


早鐘を打つ鼓動、ひどい寝汗だ。せっかくのフカフカな布団が湿っていた。上半身を起こして、呼吸を整える。垂れてきた前髪を横に撫でつけて目を瞬いてみる。飛び起きる前まで空の上にいたはずだ。鉄の乗り物で空を駆け、雲までも切った。経験なんてしたことないのに、とてもリアリティのある夢だった。明晰夢だとしても、忘れられそうにない。


──アイツは、誰なのか。

あのあと、どうなったのか。

たぶん、助からなかっただろう。いや、奇跡的に海の上を漂流して、命かながら…なんて事もあったかもしれない。見知らぬ人に対しての安否確認、どうして、こんなことを思うのか。


とても笑えた。

笑って、笑いが止んでから冴えた頭で思い返す。──藤色の瞳。

どこかで聞いた覚えのある色だった。


たしか、この街を騒がせていたやつも……


「失礼します。ベニ様、お加減いかがでしょうか」


襖越しに声をかけられた。

カラダを起こして、入室することを促せば、身の回りの世話をしてくれた雑用係の子が部屋に入ってくる。


お加減?ああ、そっか。オレ、発情期だったんだっけ。すっかり、軽いし怠さも腹の奥のうずきもなくなっている。そうそう、このなんも感じなくていいのが楽なんだよ。


乱れた寝間着を整えながら答える。


「うん、お陰様で」

「それはようございます。湯浴みの支度も整っておりますので、湯浴み後に朝食を。そして朝食がお済みになりましたら、大旦那さまの所へお願いします」

「ありがと。世話になった」

「いえ、仕事でございますので」


世話役の子が部屋から出ていく。

伸びをして、窓を開け放つ。発情期中の開放は禁止されているから出来ないけど、今なら問題ない。終わったしな。すっかり春めいた空気だった。陽射しが温かくて、どこか少しだけ寒い風が吹いてくる。


そんな時季だ。


オレは、清々しい気持ちだ。

気が狂いそうな発情からの解放に気分が浮く。


このあと、待っている大旦那からの宣告を予想していなかったってのもあるけれど。








一幕五節目 予知夢か、正夢か。


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