一幕四節目 変化、昂り。

一幕四節目 変化、昂り。



暮无side



それから二ヶ月が経った。

変わらぬ朝が来て、昼をすごして、夕方に身支度してお客を迎え、相手をするの順が続く。それでも、昼間にボーッとしてしまうことが増えた気がする。弟の蒼威が、嫁いでしまって何だかヤル気と根気が抜け落ちたように心がしおれていくような感覚が、一日…二日…と日に日に強くなっていた。


なんか、おかしくね?そう思うものの、布団に入れば眠れるし、炊事場の婆さんが特盛で食事を出してくれるから残さず食べる。配布されている薬はカラダに染み込ませる。これで、一応は問題ない。なのに、どこから変だ。アクビが増えた。


「ベニ、おまえさん。楽しそうじゃないなぁ?」

「ベニくん、ちゃんと眠れてるかい」


自分で、思うより重症だったみたいだ。お呼びしてくれているのに、無様な。通い客に心配されちゃあ売れっ子の名がすたる。

念には念を。

『花街』に常駐しているひねくれ者として有名な医者を訪ねることにした。肉体こそ健康優良児と太鼓判を押されてきたオレが、医者を頼ることなんて滅多にない。


────────


見世が並ぶ表通りから隠れ路地に入って、しばらく歩くと森に繋がっている。一応、荷車が一台通れるくらいの拓けた道があるものの、この場所は『花街』で生涯を終えたものたちが眠る土地がある為、めったに人が通らない。鳥がギャアギャアと鳴く森の中を進む。木々の隙間から微かに太陽が差し込む程度で、薄暗く。なのに視界が急に開ける場所があって、目的地がそこに建っている。


ポツンとした一軒家……いや、小屋が現れる。


いつ来ても、汚い外観。小さいし、外壁なんかボロボロ、気持ち程度に残ったアーチ状のくぐりも蔦がグルグルだし、周囲に草がボーボーに生え放題。小屋なんていったが、ぶっちゃけ犬小屋。いや、犬小屋のほうがマシかもしれない。


本当に、こんなとこで怪我人やら病人をているのか?と疑いたくなるが欺く為、あくまで目くらましだそうだ。入ったことがないから知らないが、室内は『特別なチカラ』で整頓されていて、清潔そのものらしい。なんで、そんな内と外で違いをつける必要があるのか。

理由としては、この建物を管理し生活している家主の医者が『訳あり』だからだ。


傾いて開きづらい引き戸をガダガダと揺する。しかし、一向に開く気配がない。こんなに気怠い──言ってしまうなら病人に開けさせようってのが家主の性格の悪さが出ている。我慢ならない。


「おら……、ヨッ!!」


バッコーーーン…

回し蹴りをお見舞いする。木製の引き戸が室内へ吹っ飛ぶ、砂埃が舞って視界が遮られる。砂埃にせかけたが、呼吸を整えている暇もなかった。カラダを後屈させて、かわす。何せ、飛んでくる飛んでくる医療器具が。ハサミみたいなやつやら、ピンセットみたいなやつ、他にもいろいろ飛んでくるが一番、避けなければいけないもの(メス)も飛んでくる有様。


本当は、避ける気もないし。どうせ、当たったところで一日ありゃ治る体質だ。だが、機敏な動きをしておけば家主が興味を示して顔出すってのがお決まりのパターン。


「ケッ!解体させる気ないなら、来るなお!!」

「オメェ、解体ってオレは獣か何かか。つーか、それでも医者かよ」

「うるさいなお!うちは、したいことをするだけなお!」

「へーへー、そうでしたねー」


薄暗い室内からにゅっ…と出てきた幼女──に見えるが、実際は二百年はこの世に存在している──が頬をふくらませた。しかも、珍妙な語尾つきだ。この幼女こと、犬小屋みたいな診療所に住み着いている医者は ハーメルン という名だ。もちろん、本名じゃない。本人曰く、生きていくために名、外見、年齢を偽り続け、最終的に『花街』の一画に居を構えたのだとか。よく知らん。

訪ねるごとに、解体させろ!と言い募ってくるのが面倒で、あんまり近寄りたくないし、抑制剤とかは大旦那から渡されるからだ。言ってしまうなら『半魔人』という種族には特異な特徴が出る。寿命が長い、五感が鋭い、第六感(異能力など手から火を出すこと)が卓越している、老化が遅い、治癒が早い、とある条件に当たらなきゃ不死とかそんな感じ。だから、人智を越した『訳あり』幼女な医者からしたら興味の対象なのだ。幼女な医者が、溜め息まじりに腕を組んでふんぞり返る。


「そんで、何しに来たなお」

「あー、薬くれよ。それで済む」

「なんの薬なお。それは、ちみのとこの大旦那に話が通せることなお?」

「……いや、どうだろ。いつも、煙管きせるを介して摂取してる薬なんだけど」

「見せてみるなお」

「残りカスしかねぇよ?」

「問題ないなお」


ああ、そっすか。気のない返事が漏れてしまう。ふところから愛用の煙管を取り出し、そのまま幼女な医者──ハーメルンに渡した。ふむふむ、なるほど?なんて理解してんのか、してないのか判別のつかない独り言を漏らしながら煙管と睨めっこをしている。残りカスと表したものを詰め口からてのひらに叩き出して、ニオイを嗅ぐ仕草をし、目を細めた。ふいに、こちらを見てくるから反応に困って目を瞬いた。


「ちみ、どんな症状でてるなお?」

「うーん、だるいかな。とにかくヤル気がなくなってきた」

「いつからなお?」

「一ヶ月くらい。知ってるだろうけど、オレの弟が嫁いでから軽い症状はあった」

「ちみ、訊くけど。どうして、抑制剤と避妊剤を合わせて接種しているなお?」

「あー、面倒だからかな。別々にすると忘れるから」


素直に答える。薬の量を減らされるかもな、なんて思った。

実際、面倒くさがりっていう性分は、幼少期から変わらない。けど、口うるさく薬について管理しくれていた弟がいなくなってからは手の抜き方が顕著だった。だから、普通なら同時の接種が推奨されない薬をケムリとして体内にいれていた。怒られるかな、なんて軽い気持ちで考えていたら意外な言葉が返ってきた。


「こうなることは、わかっていたなお。ちみのことなお。カラダを売っているからって軽い気持ちだったなおね?」

「わかっていたって…」

「ちみが、同時に接種することなお。……大旦那には説明してあるなお。ぜーんぶ、わざとなお。薬の効能を薄くして、処方していたなお」

「つーことは…」

「その怠さというのは、発情の初期症状なお。ちみ、マトモに発情期が来たのはいつなお?」


オレは、記憶を辿る。いつだっただろうか。覚えてる限り、過去一年…いや、二年は来ていないかもしれない。それこそ、太客だったゴーシェナイトの旦那の『運命の番』がわかった時からかもしれない。オレが考え込んでから一向に答えないことに、溜め息を漏らすハーメルン。


「ちみ、オメガとしての自覚は?」

「何それ」

「オメガは希少種なお。まだ『花街』に売られた子なら生き延びれるなお。けど、門の外のオメガは『花街』以上に手酷い扱いを受けているなお」

「へー、だからなに?オレ、この街から出ていくつもりないし」

「そういうことじゃないなお!今回は、わざと効能を薄くしていたから大事にならなかったなお!けど、次!同じことをしたら副作用で嗅覚や味覚が失われて、いずれは死に至るなお!」


耳がキンキンする。だから、来たくなかったんだ。怒らせるような事したって自覚はあるが、ハーメルンの声の高さで怒鳴られると反省しよって言う気持ちも削がれる。


「二度とするなお!わかったなおか!!」

「へいへい、わかったよ」

「ふん!誠意が感じられないなお。まあ、いいなお。今日は帰るなお」

「おい、薬は?」

「ちみは、少しオメガとしての自覚を持つべきなお。久しぶりの発情なおね。せいぜい、耐えるなお」


背中を向け、厄介者を追い払うようにシッシッ…と手を振られてしまう。たぶん、薬は次こそ正しい効能のやつを用意して、大旦那を経由で配られるだろう。今日のところは、素直に帰ることにした。街で唯一、頼れる医者から帰れと言われたなら仕方ない。無駄足だったな、とますます気怠くなった気分とカラダを引きずるように来た道──森の中を進んだ。道中で、煙管を返してもらってないことに気がつく。でも、予備くらいあるからいいかと戻らなかった。




───────

────



溜め息を散らしながら、『桜廉』の付近まで戻って来れた。もう、今夜は休みたい気分だな、大旦那に話してみるか…なんて思いつつ歩いていた。すると、見世の前で人集りが出来ていて、どういうことだ?と首を傾げる。足も自然と止まった。


「あ、ベニ!無事だった!」


後ろから声をかけられ、声の主に振り向く。同じ店子であり、汎用種はんようしゅ=ベータ性だが、陰間かげまとしては売れっ子『凜々リリ』だった。相手の言葉の意味がわからず、つっけんどんに返す。


「別に問題なんか起こしてねーよ」

「あれ?なんも知らない感じ??」

「おう、この人だかりのせいで休みにいけねーし。マジ、だるい」

「たぶん、あと小一時間は無理だよ。ぼくも、買い物から帰ってきたらこの有り様だし」

「で?この人だかりはなんなの」

「ほほん?じゃあ、なーんも知らないベニに教えてあげるよ」


ウィンクに、小首を傾げる。あざとい身振りだ。さすが、陰間での売れっ子。他人の魅了する方法を熟知しているし、オレが同業じゃなきゃ少しくらい期待しただろう。

そんな凜々が言うには、人斬りがあったそうだ。

──事の起こりは、二時間前。

『桜廉』で見習いの身である新造しんぞの一人が"見慣れない服装の男"に襲われたのだとか。襲ってきた相手がやたら興奮しきった様子で『ああ、ナサケサマ!御国ため、お情けを!!』と言っていたらしい。たしかに、襲われた新造はオメガ性だ。でも、その新造が別に発情期だったわけでもないし、もし発情期だったとしても大旦那から抑制剤を飲むように指導を受けているから不真面目な店子じゃなければ用法容量は守るからベータ性と変わらぬ生活を送れるのが現代の医療発展の賜物たまものだ。ただし、ツガイ事故が起こらないように首輪の装着やウナジを覆うスキンシートを貼っていることを除けば、オメガ性だと気づかれることもない。

さて、襲われて泣き叫ぶ新造、興奮しきった様子の男。『花街』の営業前ということもあり、仮眠とっている店子が多い時間帯で誰も気づけないし、目撃者がいなかった。だが、男の背後に陰がかかる。そして、冷ややかな音で言葉を吐き捨て、ギラリと鈍く光るものでくうを切り、動かなくなった男を投げ捨てて、飛沫を散らし、気絶する直前の新造が見たのは"藤色の冷たい眼差し"だったそうだ。


「んで、帯刀なんて『花街』ではご法度なのによく許されたなーって!」

「まあ、表通りを歩いてる分には帯刀してても問題ないけどな」

「でもでも。店の評判とかも下がるし、襲われちゃった新造ちゃんはどうなっちゃうのかな。やっぱ、身請けとか?」

「水揚げも済んでない新造を?つーか、襲った犯人は死んだんだろ」

「そう!だから、大旦那が命の恩人というか、暴漢を斬り殺した人を捜してるんだって!」


オレは、顎に手を当てて考える素振りをしてみる。


「にしても、藤色の瞳ってどんな色なんだろ〜!めちゃくちゃ気になる!」

「生きてれば、会えんじゃねーの?」

「にしてもさ!女人に、手を出すなど言語道断。恥を晒すなイットウヘイ。……だってさ。撮影かなにかだったのかな!」

「いや、違うだろ。だったら、なんで人が死ぬんだよ」

「そっかー、そうだよねー」

「つーことは、この人だかりは現場検証してる警務の人と野次馬のかたまりってことだよな」

「そういうこと〜、ベニったら話せばわかるじゃん!」

「はいはい、絡むなよ。オレ、今日は特にダルいんだから」


そうなの?ごめん〜!と笑う。

凜々は、にこにこと上機嫌だ。生活の苦しさで自殺やら、病死やら、恋慕叶わずだったり、身請けできなくて心中死するものが多い『花街』だが、他殺は珍しい。だから、好奇心で気分が上がっているのだろう。オレの肩をバシバシと叩いてから他所へ走り出した凜々。たぶん、他の奴らにも聞きかじった話を振りまいてくるのだろう。


藤色の瞳…、見慣れない服装…

イットウヘイとかいう聞き慣れない単語…、帯刀した男…、ナサケサマとかいう正体不明の存在をまつるような言葉…


現世うつしよの、東ノ国ならありそうな文化だよな…まあ、気のせいか…」


オレは、そこまで思い至ったが面倒になった。だから、気のせいにして頭の隅に追いやることにした。


そのあと、処方されている薬の合わせ飲みが大旦那にバレて、めちゃくちゃ叱られた。説教から解放された頃には『花街』の門が開く時間だったし、気分が下がりまくっていたから今夜の客取りをやめにした。一日くらい取らなくたって、稼ぎくらいある。暇だなぁ、なんて自室で転がっていれば息苦しくて、『あまったるい香り』を感じ、鼻を押さえる。けど、それが自身のカラダから溢れているものだと理解したときには遅かった。


発情期ヒートだ。


しかも、二年も来てなかった本格的な発情期。カラダの奥が燃やされるようなドロドロとした熱さに苦しめられる重い、重い発情だった。乱れる呼吸、臀部でんぶの間から奥から漏れて、濡れていく感覚にキモイなんて思ったけど、ぐらぐら揺れる頭で答えに行きつく前に、自分の意識が飛んだ。


──目を覚ませば、見慣れない室内。でも、どこか懐かしい部屋に ああ、この部屋か、と思った。

そう、別宅の軟禁部屋のひとつだ。

たぶん雑用係の誰かが運んでくれたのだろう。ここから一週間くらい外の景色や空気とはお別れだ。

苦笑して纏まらない思考で脱力し、目をつぶる。あの憎まれ口を叩きあったハーメルンの言葉が反芻はんしうした。


『せいぜい、耐えるなお』


ああ、耐えてやるよ。

オレは、売れっ子としての矜恃があるからな。


再び、意識が眠りの沼へ沈んでいった。




──オレが発情期になっている間に『花街』では、女郎や陰間が襲われる騒動が続き、必ず "藤色の瞳" が暴漢を斬り殺すという一連の流れが起きていたとは……


この時の、オレは知らない。





一幕四節目 変化、昂り。


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