一幕三節目 許し、そして別れ。
一幕三節 許し、そして別れ。
暮无side
「つーことで、このヤサシイ、心のヤサシイ兄さんが弟を嫁がせることに致しましたー」
常世と隠世の狭間にある空間のひとつ『花街』と、弟が嫁ぐことになる
オレは、太客の一人である西洋術師に贈られた前述の水晶を仕方なく使うことで境界を越えて相手と話をしている。
「おい、聞いてる?」
『ああ、聞いているよ。でも、なんで急に』
「急でもねーよ。潮時だと思ったんだよ。つーか、ぶっちゃけさーオメェと蒼威がお互いに『運命』だって気づく前からオレが気づいてからなー」
『な、なに?なんで、そんなことが分かったんだ?』
「さぁな、流れてる血のせいじゃねーの?」
『うーん、バース性は実に難解だな。だが、なんで面倒なことを続けた?苦手だろう』
「そりゃあ、面倒でも苦手でも邪魔するよ。弟を連れていかれたくないし」
『それだけじゃないだろ』
「うーん?それだけだよ」
『なあ、シュイロ』
「はぃ?それは、誰のことですか〜」
『茶化すな。きみの新造時代の名だ』
真剣な声音で告げてくる相手をハハハと、笑い飛ばす。水晶の傍らで腕枕し、机上に突っ伏して水晶のなかに映る相手を見る。また少し大人の色香を纏うようになったゴーシェナイトの旦那が映っている。オレが否定し、真実を受け入れたくなくて流血沙汰やら邪魔やらをしまくった結果が二年だ。
✳✳ ✳✳
『桜廉』の通い客じゃなくなっても街に出入りしていたゴーシェナイトの旦那は、一年もオレを介して感じとった匂いの持ち主を探し続けていたそうだ。辛抱強く、探して捜して、ようやっと見つけたのが、大旦那の奥方にお使いを頼まれて外出していた蒼威だった。その時に、あの騒動の一夜で忘れかけていた百合の匂いを感じて胸が焼けるような熱さ、
──それから、事ある毎に『桜廉』の別宅にやって来ては大旦那に頭を下げ、身請けの話をするものの店子ではなく雑用係だから譲ることは出来ないと断られ負けそうになったとか。挙句に匂いの主がオレの弟だと知って、気まずくなった。ゴーシェナイトの旦那が、とてもバツの悪い顔をしていたから鼻で笑うという悪態をついたりした。でも、本当は焦がれるくらい悔しかった。
『これが、ゴーシェナイト様の、香りなんだ……』
とても、綺麗で憎らしいくらいに惹かれ合ったのが理解できる泣き顔だった。甘そうな涙だと思った。
✳✳ ✳✳
「オレの大事な弟を嫁にやるんだ。泣かせたら承知しないからな」
『それ、嬉し泣きは含まれるかい』
「……あー、じゃあ悲しませたらにしといてやるよ。あいつ、すぐ嬉し泣きするし」
『さすがは片割れだ。よく分かっている』
「あたりまえだろ。誰よりも傍にいたんだ」
『なあ、シュイロ』
「んだよ。つーか、オレは暮无な」
『暮无……、前にも話したから知っているだろう。ヴァンパイア族は、一定の成長を迎えれば不老になるし長寿だ。何十年、何百年といった途方もない時間を過ごす。その流れの中で少しの間を『運命』と過ごせるというのは、とても恵まれたことだと思わんか』
すこぶるロマンチストだよなぁ…
なんで、こんな心が少年のような純朴そうな思考してるくせにあの手この手で落としにかかる──言ってしまうなら、面倒な相手に惹かれていたのかと若い頃の自分を笑ってみる。そして、気のない返事をしつつも思い出したかのように告げてやる。
「あ、そうそう。オレと弟は『半魔人』だから平均より長生きするから安心しろよ」
『なに?なぜそれを言わなかった』
「いや、未確定な要素だったから言わなかっただけ。けど、他の見世にいるベータの女郎がいるんだけど」
『それがなんだい』
「本人が言うには既に八十年は『花街』にいるんだって。でも見た目がまったく変わらないから再検査してみたら『魔族』の血が流れてるのが判ったって、話してた。だから、安心しなよ」
『そうか。ありがとう』
「おう。役に立てたなら」
魔族の血で、八十年以上。
それなら、魔神の、深淵の特大の呪いつきの血ならば何年、何十年生きることが出来るのだろうか。正直、治癒速度が異様に速いだけで寿命までは関係ないのかもしれない。不確定な話だ。
けれど、長く生きることが決まっているヴァンパイア族の、しかも上位貴族を少しでも安心させてあげられるのは不確かでも話題にしてやることであって、嫁の血縁としての手土産ってもんだろう。
ゴーシェナイトの旦那は、水晶越しに何かをガリガリと書き込んでいる。妙なとこで、真面目なんだからよ…と溜め息を漏らす。
ペン先の動く音が止む。
『暮无』
「なんだー?」
『きみも幸せになるんだ。諦めるには早すぎる』
「その幸せってのを掴む前に、オレが見世に出らんなくなる年齢が来るよ」
『そんなことない。蒼威さんがそうならきみだって』
「片割れだからって絶対はない」
『暮无…』
沈黙が支配する。応えられなくて、答える必要もない。だから、笑ってやる。ニッ…と笑って、手を打って告げる。
「まあ、そんなわけで。境界を越えるから一ヶ月か二ヶ月くらいの時差で弟を嫁がせるよ」
『ああ、いろいろとありがとう』
「うん。さようなら、リデア」
『ああ、サヨナラだ。暮无』
チャポンッ…
通信が切断されて、水晶が机の上を転がる。
「これで、本当に独りだ」
室内に、虚しく声が響いた。
───────
────
「元気に暮らすんやで、アオ」
「はい、お館さま。今までお世話になりました」
「お世話なんて、そんな。離れてもアオはわたしんとこの子やで」
「ありがとうございます」
通信してから一三日後。
嫁ぐ仕度が整って、手の空いている雑用係たちで見世の前をワイワイと賑やかにしていたところ、大旦那がやって来て、思い出話に花を咲かせたあとに別れの言葉をかけた。
オレは、見世の屋根に寝転がって
「蒼威さん」
ケムリをのみそうになり、危うく
「待てず、お迎えに来てしまって」
ゴーシェナイトの旦那を初めてみた雑用係たちが黄色い声やら歓声やらをあげる。
いい男、やっだ〜玉の輿〜など褒め方が古今東西 似たようなもの。
なんで『花街』の出入り口が開門する時間帯に見送りなんだ?なんて思っていたが、理解した。大旦那とゴーシェナイトの旦那が口裏を合わせていたのかと。
さて、この二人は初接触なわけだが『運命の番』に関する文献によれば両者が目を合わせた途端、強制的に発情してしまうこともあるそうだ。
しかし、オレは身支度をしている蒼威にさりげなく伝えた。二人っきりの空間になるまで目を合わせるなよ、とも。匂い誘われてもだ、とも伝えてあるので賢い弟なら理解してくれているはず。下の状況が気になって、覗くために瓦の上をうつ伏せになって見下ろそうとした──
お幸せに〜!
アオ、元気でね〜!
あたいも、嫁ぎたい〜!
歓声が爆風になって襲ってくるような感覚だ。周囲の歓声を受けてゴーシェナイトの旦那が蒼威の手を握って、歩き出していた。『街』の中で一番、水の澄んでいる川へ向かうのだろう。あそこなら、水の精霊を喚び出して異界まで送り届けてくれる。ついでに、イタズラ好きの風の精霊も。
『運命の番』が初接触。お互いに顔や耳が赤いように見える。もう発情してるんじゃ?なんて
おめでとう、蒼威。
絶対に悲しませんなよ、リデア。
さようなら、幸せに。
煙管のケムリをくゆらせていると、階下から声が聞こえる。
──ベニー!サボりなさんなっ!
──えっ、どこにいんの?!
──また屋根の上か〜、好きだね〜
葵威、やっぱりさ。
オレは、街の騒がしさから抜け出せる気がしないわ。悪いな。
「……なんで、バレてんだよっ!」
煙管の中身も瓦に落として揉み消す、カラダを起こし、階下へ飛び降りてみせる。店子たちが驚く声を上げつつも、笑う。オレも、つられて笑った。
「ほら、自分ら。準備せな」
──はーい、大旦那〜!
──今日こそは、いい男を捕まえるよ!
騒がしさで、ちょっとだけ芽生えたモヤモヤが消される。大丈夫。
オレは、大丈夫だ。
──今夜も、旦那も向かいれる。
一幕三節目 許し、そして別れ。
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