Cut.17 〝古典的な、あるいはとても古典的な〟


「ちょっと良いように使い過ぎじゃねーのか。

 一応俺はお前らの敵なんだがな……」



ため息をつきながら野田ダノワはてきぱきと手を動かしている。



「すいません……、とシオンは思っています」



「便利だけど何かマヌケだな、それ」



まだ麻痺から抜けきっておらず話す事もままならないシメオンに代わって、壁に背を預けたままのケヴィンが伝えると、ダノワは呆れたように笑う。



意識を取り戻したシメオンが見たのはズタボロのケヴィンと地に伏したミル

連絡が取れる中で吸血鬼の拘束に最も手慣れており呼び出しに応えてくれそうな相手、としてシメオンが思い浮かべだのは白杭ホワイトスティクスのダノワだった。


高電圧に晒されて壊れていたシメオンのスマホではなく、ケヴィンのそれからケヴィンがシメオンの記憶にある番号に連絡し、話をしたのもケヴィンである。


思考かんがえが読めるためにケヴィンに代理を頼むのは簡単ではあった。

問題はダノワが信じてくれるかだったのだが、思いのほか簡単に信用してくれたのはダノワの人柄ゆえだろうか。


倒れて動かないミルの頭部によくわからない器具を取り付け、寝袋のような袋にダノワがてきぱきと詰める。


ケヴィンの談絶アサイラムはシメオンとダノワの思考を追跡トレースしている。

素直に認めるなら使うのも億劫な体調ではある。

だがダノワが信用できるかケヴィンには確信が持てない。


シメオンの疑問は読み取っていたが、ダノワが使っている吸血鬼用の拘束具の詳細について説明する気にはならなかった。

あまり気分の良いものではない。


シメオンが寝袋と認識していたそれは死体袋ボディバッグであるとか。

頭部につけられた拘束が銀杭を脳幹に突き刺し再生を阻害する仕組みであるとか。

あまり気分のいい話ではない。


そもそも白杭ホワイトスティクスに頼るというシメオンの選択がまず正気を疑うものだったのだが、ケヴィンもズタボロだったので嫌も応もなかった。


今のところダノワに敵意や殺意は見受けられない。

ケヴィンからすると拍子抜けではあるのだが。



「うっし、これでいいだろ。

 で?

 こいつとおまえらを熾天博ボナペントゥラんとこに運べばいいのか?」



ダノワが振り返る。

シメオンは動かないが肯定している。


ケヴィンはため息をつきながら「はい」と答えた。




「おまえ自力で歩けるか?

 車まで2往復したくねーんだが」



「……まあ、歩くくらいなら」



「じゃあ是非そうしてくれ」



ダノワはめんどくせぇなと思いながら死体袋を片手で引きずる。

もう片手でそれなりに気を使いながらシメオンを肩に担いだ。


ケヴィンに背中を向けて近場に止めてある車に向かう。

その背中を見ながら、ケヴィンは内心で舌打ちする。


まるっきり自然体に見えながらこの男には油断がない。

背後に立つケヴィンはおろか、死体袋のミル、そして友誼を結んでいるはずのシメオンが急に戦意を見せる事すら思考の片隅に置いている。


見た目の軽薄さからは想像もつかないほどの神経質さだった。




「——白杭ホワイトスティクスってのは、みんなおまえみたいなのか」



ケヴィンの軽口に対してダノワが思い浮かべた人物のヴィジョンを読み取り、ケヴィンは眉をしかめる。



「……きみの師匠は漫画コミックの主役かなにかか?」



「いや、俺もたまに自分の正気を疑うが実在の人物だ」



「無茶苦茶だよ」



「俺もそう思ってるよ常々」




**************************************




『帰れ帰れ!!』



熾天博ボナペントゥラはマンション入口のインターホンでケヴィンを確認するやそうまくしたてた。



ケヴィンがどうしたものかと言葉を探していると、背後でダノワが困惑していた。


死体袋を引きずり妙齢の少女を肩に担いだ自分が玄関こんなところに長時間立っているのは避けたい、という至極まっとうな思考にケヴィンは嘆息する。



「——俺の能力について、俺の知り得る全てを話します。

 あなたならすぐに対策が立てれるでしょう?

 とりあえずこの女はちゃんと拘束したいし、俺の能力で尋問したいんですよ」



そしてはやいところ意識を手放してブッ倒れたい、とまでは言わなかった。

ケヴィンにも矜持プライドというものがある。




**************************************





7時間後、再び先の会議室は借り切られた。



室内にいるのは熾天博ボナペントゥラ聖骸王イシュトヴァーン

そしてシメオン・フェテレイネンとケヴィン・K・ロングフェロー。


部屋の隅の椅子には帰るタイミングを見失ったダノワもいるが今は眠っていた。


全員が無言、会話らしい会話もなく時間だけが過ぎる。

さらにしばらくの後、ドアが開いて入って来たのは凱旋者ゲオルギウスだった。



入って来るなり彼女は目を丸くし、喉と肩を震わせて。



「っふふ、はは、なんだその、なんだそれ?

 熾天博ボナペントゥラ、ふっ、はは、なんでバケツかぶってんの」



「バケツじゃない!!」



遠慮も何もなく熾天博ボナペントゥラを指さし、凱旋者ゲオルギウスは笑いながら指摘し、キレられる。


一応、笑うのを堪えようという態度は見受けられたが完全に失敗していた。



「そこの聖骸王イシュトヴァーンの孫が心を読むんだよ!

 これはその対策、急造だからってバケツはひどくない?!」



バケツの、もとい談絶アサイラム対策の電磁ヘルメットの内側からくぐもった声で熾天博ボナペントゥラが反論する。


だがケヴィンにはわかる、心を読むまでもない。

真顔を装っている聖骸王イシュトヴァーンはおろかシメオンも内心ではどう見てもバケツだと思っているし、ケヴィンから見ても失礼ながらそうとしか見えなかった。


とはいえ実際に談絶アサイラムを完全に遮断しているのはさすがと言うほかないが。



目じりに(笑い過ぎて)浮いた涙を指先で拭いながら凱旋者ゲオルギウスが着席する。



「……じゃあ、はじめるわよ」



「ふふっ」



凱旋者ゲオルギウス



「ふっ……」



聖骸王イシュトヴァーン?」



「いや待ちたまえ、その、なんだ」



「その格好で真剣な声出されても……ふっ……」



2人は必死に笑いを堪えている、だがやはり無理があった。

シメオンも必死に顔を逸らしているが似たような有様だ。


ゆらり、熾天博ボナペントゥラが無言で立ち上がりケヴィンの方へ歩いて来て彼は硬直する。



――もしかして俺、殺される?




**************************************




「——〝纏身サンサーラ〟か、なかなか厄介な血祷だな」



「そんなのがあるんだなァ」



「ケヴィンに読ませた限りだと無制限に使えるものでもなさそうだけどね。

 対象は自分の子か孫、それも相性のいい相手に限られるみたいだし」



「で、肝心の本体は?」



「それがわかんないのよね……」



「なら告白者マクシモスに呼び出させるのが早かろうな」



熾天博トゥーラ聖骸王イシュトヴァーン、そして凱旋者ゲオルギウスが真剣な表情で話し合っているのを、シメオンは黙って聞いていた。

ちなみに狩猟者プラキドゥスには連絡が取れていない。


凱旋者ゲオルギウス曰く、「たぶん寝てるだろうしどこにいるやら」だそうだ。

体質的にか抗陽光薬S.L.Rは飲まないで行動しているとのこと。

日が昇った今はどこか誰にもわからない場所で休んでいるのが常だそうである。



ケヴィンのおかげであのミル告白者マクシモスであると判明している。

つまり、第2世代だ。


とはいえ集まった3人の〝最も古き血First-Blood〟の見解は変わっていない。

告白者マクシモスの指示ではなく、あくまでミルの独断。


仮にそうでなかったとしても最も古き血First-Blood同士の対立は避けるべきだ。

そもそもの行動についてが責任を負うことはない。


それは永夜を生きる吸血鬼にとっては当然のルール

そもそも自分の血統がどこに、どれだけいるのか把握できてすらいない。

その全てを律して行動を制限する事などできはしない。


子を成さない熾天博トゥーラ狩猟者プラキドゥスの方が珍しく。

狩猟者プラキドゥス接吻くちづけを禁じるまでは皆、割と気軽に子を増やしていたらしい。


明確に指示を下した証拠か証人でも存在すれば、また違うのだそうだが。


とはいえ親と子ではある。

三者の総意として告白者マクシモスミルを見つけ出させる、という方針にはなりそうな気配ではあった。


新参のシメオンにはその辺の文化かんかくはわからないし、そもそも実態はともかく建前としては最も古き血First-Bloodですらない。


黙って立っているしかないのは暇だった。

黙りこくって聖骸王イシュトヴァーンの背後に立っているケヴィンも似たようなものだろう。

右手をつるした三角巾が痛々しい、彼の再生はやはり遅いようだ。



と、部屋の隅で人の動く気配がした。

ちら、と視線を向けると眠っていたダノワがあくびを噛み殺しながら背伸びをしているところで、彼はぐるりと首を回してから部屋の中を見渡す。


この会議室へやにいる唯一の人間で、敵対組織ホワイトスティクスの人間だというのに大胆不敵と言うかなんというか、太い神経をしていた。


そのダノワは特に警戒した風でもなく部屋の中を見渡し、そして口を開いた。



「——ケヴィン、なんでバケツなんかかぶってんだ?」



「……察してくれ」



ケヴィンの返答は苦渋に満ち、くぐもっていた。




**************************************




告白者マクシモス狩猟者プラキドゥスと同様、電子機器スマートフォンなどは持たない古典的ゴシックな吸血鬼らしい。


ちなみに抗陽光薬S.L.Rも基本的に使っていないとのこと。

こちらは狩猟者プラキドゥスとは違い、体質ではなく価値観によるらしいが。


凱旋者ジョッシュによると、ケヴィンと同様に広域探知に使える血祷の使い手らしく、「ちょっとつつけばすぐ釣れる」とのことだった。


そんなわけで夜を待ち、凱旋者ジョッシュが呼び出すということで会議は決着した。




**************************************




――そして、夜が来る。



市内の高層ビルの屋上にはシメオンをはじめ最も古き血First-Bloodの面々が揃っている。


熾天博ボナペントゥラ聖骸王イシュトヴァーン凱旋者ゲオルギウス

ケヴィンは来たがったが諸事情により欠席。

まあ単にトゥーラが嫌がっただけではある。

ダノワは当然ながらいない。



「そろそろ時間だけど」



トゥーラが投げやりに呟く。

時間には基本的にルーズな相手らしい。


だが、その夜は違ったようだった。



シメオンの眼前で闇が滲む、ほどけるように夜が砕ける。

次の瞬間、そこには2mに近い上背の男性が姿を現していた。



時代錯誤な黒鉄の甲冑に身を包み、戦陣外套サーコートを羽織った吸血鬼。

全身を黒に彩られ、その面だけが白い。


無表情でありながら、醸し出す気配は剣呑。

抜き身の刃を思わせる男。


最も古き血First-Bloodの一人、〝告白者マクシモス〟。



ごくりと我知らず喉が鳴る。

濃厚な血の気配、まさしく吸血鬼という形象が相応しい。





「——俺の娘が面倒をかけたようだな」



頭2つほども高い位置から、男の声が振って来る。

それが自分に向けられたものだと気づくのにやや時間がかかった。




「え、あ、はい。

 いえ、面倒というか……。

 命を狙われるのはちょっと、困るというか」



思わず歯切れの悪い返事をしてしまう。

圧が凄い。


相手取って話すのがこれほど大変だとは思わなかった。

というか他の最も古き血First-Bloodの面々が友好的フレンドリーに過ぎるのだろうが。



MinervaミネルヴァEinaudiエイナウディ

 イタリア人だ。

 貴族の末子だったはず。

 六百余年ほど前に、手ずから接吻くちづけを与えた記憶がある」




眉一つ動かさず告白者マクシモスがそう言った。

意味を汲み取りかねて思わずシメオンは背後を振り返る。


トゥーラがやや驚いたような表情で言葉を足してくれた。



「それがその女の真名と出自?

 その辺を語るってことは相応に責任感じてるのねあんた」



なるほど、と納得する。

人間の頃の話は基本的に忌避視タブーだとは聞かされていた。


それをが語るというのは誠実な対応という事だろう。



「あれは情の深い女だ。

 飢饉を期に農民の蜂起があり、貴族の館が焼かれていたな。

 気紛れに慈悲を与えた俺に報いようとあれなりに必死なのだろうさ。

 この永く果て無き無聊ぶりょうを宥めようとしているのだろうが」




言い回しまで古い。

何を言っているのかシメオンは理解するのにやや時間を要した。



ええと、つまり。


元は貴族の娘で農民に家を焼かれ、告白者マクシモスに救われた。

その事で恩を感じていて告白者マクシモスの為に手頃な相手を育てようと必死。


……ということだろうか。




「——め、迷惑」



「この二百年、あれとは顔を合わせておらん。

 が、俺に挑む者が折に現れて相応に楽しませて貰った覚えがある。

 今思えばあれの手向けだったのだろうな」




要約。

二百年くらい会ってないけどたまに挑戦者が来た。

あれは娘が自分に向けて用意していたのかも?


ということか。


シメオンは内心で頭を抱える。

巻き込まれる方はそんなのたまったものではない。


親孝行の規模スケールと手段がおかしい。

これだから吸血鬼は、いや自分ももはやその一党なのだけれど。


というか、言い回しがかっこいいだけでこれ。

「俺は知らんぞ」と言ってるのだろうか?


なるほど、凱旋者ジョッシュ小心者チキン呼ばわりしたのが腑に落ちる。



「……とりあえず、あなたから止めるように言うか。

 せめて呼んで来て貰って良いですか。

 一度、ちゃんと話をしたいので……」



「承知した」




シメオンの言葉に告白者マクシモスが鷹揚に頷く。

自分の娘が迷惑かけたな、とか言う割に態度がデカい。



その後しばし、告白者マクシモスは沈黙したまま。

なんだろう、まだ何かあるのだろうか。




「——聖骸王イシュトヴァーン



「うん?」



唐突に名前を呼ばれ、自分には関係ないという顔をしていた聖骸王イシュトヴァーンが視線を向けて来る。




「……あれはお前の孫だな。

 あれは、何をしている?」



相変わらずの無表情で、だがわずかに困惑の感情を滲ませて。

告白者マクシモスが視線を動かす。


残り三人の最も古き血First-Bloodとシメオンがその視線を視線で追う。



屋上階段から出たあたりにケヴィン・K・ロングフェローがこそこそと立っていた。





バケツをかぶって。
















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