第十二話 千影、銀狼に潜入する①

 秋を知らせる風にすっかり痛んだ白髪をなびかせ、片耳のピアスをじゃらつかせながら、千影は校門の前で立ち止まった。


(ここをくぐったら、俺はもう銀狼に仲間入りしたい野良チンピラになるんだ。

とにかく、銀狼の連中に舐められないようにしないと。連中と接触するときには、まず、忍法“奪口だっこうの術”を使ってヤンキー口調で奴らに親近感を持たせて心に隙を作らせて、“喜車きしゃの術”で奴らを持ち上げて俺を仲間に入れたくなるように仕向けよう。きっと奴らは単純だからすぐに調子に乗るだろう。

とにかく、俺が銀狼にとって魅力的な人材だと思わせるんだ。大丈夫。俺ならできるさ。今の俺はもう昔のようなヘタレデブじゃないんだから)


千影は手汗でじっとり濡れた両手をズボンのポケットに突っ込み、正面玄関を睨むと、肩で風を切りながら震える大股で校舎へと入っていった。

だが、千影の勢いが良かったのは校舎へ入るところまでであった。


「テメェ!見かけねぇ奴だな!どこの組のもんじゃ!」


玄関に入って早々、千影は銀狼のヤンキーたちに囲まれたのだった。


「い、いやぁ、お、俺は野良だから、まだ、その組ってものには属していないっていうか……」


ポケットに突っ込んでいた両手も今はすっかり外に出して、ビシッと気をつけの姿勢を取っている。千影の心臓は今にも張り裂けてしまいそうだった。

片耳にジャラジャラピアスを付けた、鮮やかな紫色もっさりリーゼント頭のヤンキーが、千影の引きつった顔に自分の顔をすり寄せるように近づけた。


「テメェ、よくもそんな舐めた格好でこの銀狼の敷居を跨ごうとしたな。俺たちをバカにしてんのか?んあぁ?」


「い、いや!とんでもない!だ、だって俺、あ、あなたたち銀狼に憧れて、そ、その、入団したいと思ってここへ来たんですから!」


千影は震えながら必死に答えた。すると、紫頭は他のヤンキーたちと目を合わせると、途端に笑い始めた。


「おい!聞いたか?こいつ、俺たちに憧れてるだってよ!」


ヤンキーたちの不気味で大げさな笑い声に囲まれた千影は、すっかり平常心を失っていた。

校門のところで考えていた計画も全て頭からすっ飛んでいた。

紫頭が自分から顔を離した隙に、千影はその場にひざまずくと、床に額をびたんとつけた。


「お、お願いします!俺を銀狼の一員に加えてください!俺はずっとあなたたちに憧れていたんだ!そのイカした髪型も喧嘩負けなしのその強さも、もうすっげぇかっこいいなってずっと思ってました!どうかお願いします!」


千影は額で床を割るほど頭を地面に押し付けながら何度も懇願した。ヤンキーたちの笑いはやがてまばらになり、消えた。

紫頭に急に千影は首根っこをつかまれた。そして、無理やり上半身を起こされると、乱暴に胸ぐらを引っ張り上げられた。紫頭は微笑んでいたが、目は全く笑っていなかった。


「テメェ、俺たちのこと、バカにしてんのか?」


紫頭が不気味なほど優しい声で言ったので、千影はこのあとに起こることがなんとなく予想できた。


(殴られる!)


案の定、紫頭は表情をガラリと百八十度変えると、拳を振り上げた。千影は歯を食いしばって目をぎゅっとつぶった。

その時であった。


「待てぃ」


酒とタバコですっかり焼けただれたような掠れた男の声が聞こえた。

千影は固く閉じたまぶたを恐る恐る開けてみると、拳を振り上げたまま固まる紫頭の後ろに、スキンヘッドの男が立っていた。

男の顔には、ピカピカ頭のてっぺんから右目の下まで、刃物で切られたような大きな傷痕がついている。眉が全くなく、目は切れた一重の三白眼、鼻はやけに大きく尖っていて、まるで猛禽類のように獰猛そうで不気味な顔をしている。


(ホ、ホンモノだ……)


千影は血の気が引いた。スキンヘッドの男は、おもむろに拳を振り上げた。そして無表情のまま勢いよく振り下ろすと、紫頭は玄関の外へと吹っ飛んでいった。

煙が立つ拳を静かに下ろすと、スキンヘッドの男は口を開いた。


「俺のいないところで勝手な真似は許さねぇって……言ったよな?」


男は三白眼を刃のように翻しながら、周りにいるヤンキーたちを睨み回した。すると、ヤンキーたちは一斉に姿勢を正すと、腰から上半身をきっちり九十度に曲げて「すみませんでした!」と、声を揃えて吠えるように言った。

これを見て千影は確信した。


(あぁ、こいつが暴れ狼どもを取り仕切る総元締、銀狼のボスだ!)


千影は今にも逃げ出そうとした。だが、腰がすっかり抜けて立ち上がることができない。


「ところで、こいつは何だ。どうしてさっきヨシが殴ろうとしていた」


ナイフのような目は突如千影に振り下ろされた。千影の心臓は一瞬で凍りついた。


「こ、こいつ、俺たち銀狼のことをバカにしたんスよ!」


ヤンキーのひとりが千影の顔を指差しながら必死に訴えた。すると、千影を睨みつけていた男の目はさらに鋭さが増して、よく研磨された日本刀のように白く冷たく光った。

千影は生命の危機を感じた。すると、体が勝手に男の足下に正座する形をとった。そして、両手を前にドンとつくと、千影はまっすぐ男の顔を見上げた。


「俺は銀狼にずっと憧れていました!どうか、俺を銀狼の一員に加えてください!よろしくお願いします!」


千影はがなるように言うと、床に額をつけて土下座をした。骨も内臓も体の細胞全てが小刻みに震えていた。

震える千影を見下ろしていた男の口の隙間から、ヤニだらけで黄ばんだすき歯がずるそうにのぞいた。


「あぁ、いいぜ」


「え?」


千影は顔をあげると、血走った両目で男の顔を見上げた。周りのヤンキー達は、男の言葉に耳を疑いざわめいた。


「い、いいんですか?お、俺を、入れてくれるんですか?」


千影の顔を見た男は、さらに意地悪そうに顔をしかめて笑った。


「あぁ。ただし、銀狼うちに入るには条件がある」


「条件?」


千影は嫌な予感しかしなかった。


「そうだ。入りたければ、これから俺が課す入隊テストに合格することだ。もし合格したらテメェをうちの組に入れてやる。だが、もし不合格なら……」


そういうと、男は不気味な引き笑いを始めた。すると、周りにいたヤンキーたちも一斉にニヤつき始めた。千影はもう生きた心地がしなかった。

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