第3話 探索

「ねぇカレンちゃん」

「どうしたの」


 二人で純白の街を進む道中、セツナは少しばかり興味を持ったことがある。


「この街ってさ、建物が崩れてるけどそれだけこうなる前は人が住んでたって事だよね?」

「そうだね」

「その人達がどんなとこに住んでたのか探検してみたいなと思ってさ」


 そう、セツナには記憶が無い為に人々の暮らしや娯楽等のものは知識として薄らとあれど、その殆どは体験の伴わぬ謎のものばかり。

 だからこそ、記憶の呼び水になるかもという打算も込めて、彼女は少しばかり街の様子を見て回ってたかったのだ。


「どう、かな……?」


 セツナはキラキラとした目を向けながら、本人は狙ってはないだろうが可愛らしい顔でカレンに上目遣いをしてお願いする。


「勿論行くよ今すぐ行くよ」


 効果は抜群。即答である。


「やったっ!」


 セツナは嬉しそうに手を上げ、そしてカレンの手を取り駆け出した。


 駆け出してまず辿り着いたのは、豆腐のような四角い形の建物。


「なんだろここ」

「お家、じゃないかなここ」


 セツナとカレンは入口を探してその建物の周りを一周するが見当たらない。しかし、上に登る足場が付いた箇所が一箇所あり、そこから視線を辿ると上の方が崩れて穴が空いていた。

 入れる場所を発見した二人はその足場を登る。


「わぁ、時が止まってるみたい」


 上の大穴から見た建物の中は、崩れているとはいえその中の様子は大体がしっかりと残っていた。

 いくつかの部屋に別れた建物内は全てが白く風化しているが、中は先程まで人が居たのではないかという程に生活感があり、まるで人がいた頃の風景をそのまま切り取ったかのようである。


「やっぱり民家だね。寝室、リビング、書斎、あそこはキッチンかな」

「へぇー……そういえば私の家ってどんなだったんだろ。まさかお花から産まれましたなんて訳ないだろうし」

「意外とお城みたいな豪邸だったりしてね」


 セツナの呟きにカレンが冗談交じりに言う。

 セツナはその言葉に対して、今の自身の格好を見てあながちその可能性もあるかもと夢見た。


「私お姫様かぁ……王子様とか居たのかなぁ」

「何で確定してんのよ」


 呆れ溜息を吐くカレンは、未だ夢の世界にいるセツナを引き摺ってその民家を後にした。


 ◇


 次に二人が立ち寄ったのは、半壊したドーム状のガラスに覆われた建物。外から見ると植物が多数生えているのが見えるところから、恐らくここは植物園かなにかだろう。

 何気なく入ってみた二人だが、中には薄い色素ながらも色とりどりの花が綺麗に咲き誇っており、二人は顔を綻ばせた。

 そして、隣で興味津々に花を眺めるカレンの傍に寄ってセツナは何かを懐かしむように話しかける。



「記憶喪失な私だけど、お花の事は何故か覚えてるんだよね」

「へぇ、私全然分かんないや。この辺りの花とかも見たことあっても名前とか知らないかな」


 そう言って苦笑いを浮かべるカレンに、セツナは目の前の花壇の列の花を指差す。


「これがゼラニウム」

「ホントに分かるんだ……じゃあこっちは?」


 カレンは意外そうな表情を浮かべ、更に教えてもらおうと隣の花を指さしていく。


「そっちの赤いのがヒヤシンス、そこから左にシクラメン、シモツケだよ」

「……すごっ」

「ふふん、凄いでしょ」

「そうね……」


 記憶喪失の割に花に関してだけ異常に博識な彼女が自信満々に胸を張る一方で、カレンは少しだけ引いた。

 だが、二人でそのまま花壇沿いに歩く先でカレンは自身にも分かる花が咲いているのを見つけた。


「あ、チューリップ」

「えっどこどこ」


 カレンが呟いた通り、目の前には白と黄色、そして通路の反対側に赤と紫と、色とりどりのチューリップが咲いていた。


「わぁ、可愛い!」

「ほんと、可愛い」


 可愛らしく咲くチューリップを見て、手のひらを胸の前で合わせて目を輝かせるセツナの方を見ながらカレンは言った。


「何か言った?」

「いや、チューリップ可愛いなってさ……あっ、あっちの花も教えてよ」

「いいよ!」


 セツナから逸らすように彷徨わせた目線の先にあった花のことを教えてもらおうと、カレンは話題を変えた。

 だが、安易にそんなものをお願いしたカレンはその後、たっぷりとセツナのお花講義を受ける事となるのを、この時のカレンはまだ知らない。


「あー楽しかった!」

「うん、楽しかった……うん」

「ん?カレンちゃん具合悪い?」

「いや何でもない」

「なら良いんだけど……」


 元気いっぱいのセツナは若干疲れた顔のカレンを見て心配するが、当のカレンは彼女の心配そうな顔を見て直ぐに顔をキリッとさせてそれに応えた。彼女も大概単純である。


「そういえばさ」


 植物園から出て、街を散策しながら塔へと向かう道すがら、セツナは思い立ったように人差し指をクルクルと回しながら口を開いた。


「どうかした?」

「これだけ時間が経って、これだけ動き回ってるのにお腹が空かないの何でだろうって」


 その言葉にカレンは、何かを言うか言わないか口を数度開閉させてから漸く言葉を発する。


「世界がこうなってからだね。空腹を感じなくなったのは」

「えっ、何それ怖っ」

「何故かまでは分からないんだけどね」

「でも……食事、無いのかぁ」

「あははー……」


 良いとも悪いとも言い切れないトーンでそう零すセツナに、カレンは苦笑いを浮かべ髪束の先を弄る事で場を誤魔化す。

 正直、カレン自身としてはあの無機質な人工食なぞ有っても無くてもどうでもいい物であった為に、食事に対する感情は良いものでは無かった。


 因みに、世界云々はカレンが咄嗟に思いついただけのただの出任せであり、ソースは特にない。


 少しの沈黙が二人の間に流れた後、セツナはふと目に止まった建物を指さす。


「最後にあれ登りたい!」

「ん、何あれ。行ってみよっか」


 セツナが指さした先には四角錐状の背の高い建物があり、その建物は頂点の部分に展望台のような空間が空いていた。


「見晴らし良さそうだね」

「そそ。上から見たら面白いかなって」


 二人はまた少し歩き、展望台の麓まで来た。


「こうして見ると結構立派だね」

「わぁ、高い」


 所々崩れているとはいえ、煉瓦造りの展望台はしっかりとそこにそびえ立っていた。

 セツナは上を見上げてた顔をそのまま周囲を見回すようにぐるりと回すと、展望台の傍に目に止まるものがあった。


「ん、何これ」

「……っ、なんだろう」


 傍の瓦礫の上にリアルな石膏像の片腕のみがあり、その手には一つの花らしき物が握られていた。


「花なんだろうけど、崩れちゃってるなぁ」

「確かに、花の部分がボロボロね」


 精巧に作られていたであろうその像は、腕しか残っていないところを見ても、繊細な形の花が残っていないのは道理とも言える。


「行くよ」

「あ、うん」


 先に展望台に登ろうとするカレンに促され、セツナはその場を名残惜しそうに去る。

 煉瓦造りで頑丈とはいえ、風化した世界の例に漏れずこの展望台の如く中も所々が崩れていた。

 二人はそんな時折崩れた瓦礫を避けたり、抜けた足場を飛び越えながら展望台を登る。


「着いた!」

「おぉ、流石に高いね」


 最後に梯子を上がり、最上階まで辿り着いた二人は暫くそこから外の風景を二人で眺める。

 展望台がそれなりに高いだけあり、そこからの景色は街が一望できる程のものであった。

 二人はその場に腰を下ろし、街の風景を眺める。


「カレンちゃん」


 不意にセツナが風景に目を向けたまま口を開いた。


「何?」

「ありがとね。こんな素性の分からない私の我儘に付き合ってくれて」


 セツナが口にしたその言葉にカレンは少しばかり目を細めて、されど彼女も景色から目を離さないまま言葉を返す。


「何よ今更。私が好きでやってることだから別に気にしなくたって……」

「それでも、私は凄く感謝してるんだ。この世界も自分の事さえも何にも分からないって結構不安でさ。カレンちゃんが居なかったら多分どっかで腐ってたんだろーなーって分かるんだ」


 知らぬ場所で目覚め、自身の事も分からぬまま、人どころか生き物ひとついない世界で独り終わりなき旅をして彷徨い続ける。

 どこで気が狂ってもおかしくは無いそのシナリオは、もしも、でしかないが想像に難くない起こりえたであろう平行世界での自分。


「だからね、ありがとう。それと……もし目的が無くなっても、友達で居てくれたらいいなって」

「……勿論。暇潰しぐらいなら幾らでも付き合ってあげるわよ」


 セツナの言葉にカレンがそう言って横を向くと、セツナと目が合って二人は顔を見合わせて笑った。


「そろそろ行こっか」

「そうだね」


 二人は座り込んでいた場所から立ち上がり、後ろを振り返る。すると、梯子の向こう、反対側に花が生けられた花瓶があることに気づいた。


「何の花だろう。セツナ分かる?」

「……んー、分かんないや」

「セツナが分からないなんて、珍しい花なのかな」


 カレンは既に花への興味は失っており、早々に梯子を降り、セツナもそれに続いて降りる。

 セツナは本当は花のことは知っていたが、何となく、ただ何となく口にしたくはなかった。


(午時葵……だったかな)


 セツナは花瓶の花の事は忘れる事にして、カレンと共に展望台を後にした。

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