第6話 不審者に関わりたくない


 冒険者ギルドの受付で、ラパンは苦虫を潰したような表情を作る。


「不審者の調査……ですか?」

「はい」


 カウンター越しに相対し、一つ頷くエラーブルはいつも通りの無表情の平常運転だ。


「ここの所、怪しい人影が物陰から見てくる、というお話がいくつか上がっております」


 書類に落としていた視線をついっと上げる。


「ええ。丁度今の貴方様のような顔でしょう」

「嫌がってる顔なんですけど?」


 怪しい顔だとでもいいたいのだろうか。それとも、気持ち悪いと。どちらにしろ酷い言い草だ。


「そういうのは衛兵とかの仕事では?」

「以前のドラゴンの影響で、山脈から下りたモンスターも多く、都市周辺の警備に回されております」

「都市内に回す人員は?」

「ありません」


 きっぱりと告げるエラーブルに、ラパンは増々深い渋面を作る。


「不審者って。人通りの少ない路地裏に年若い女性を連れ込んで、暴行をするんですよね?」

「以前にも似たようなことを仰っていませんでしたか?」

「それとも魔法の研究とか称して生贄に? 触手一杯のよくわからないエッチな怪物に生殖行動をさせられちゃうのかも!?」

「私は今まさに穢された気分です」

「精神干渉する性犯罪者!?」

「衛兵を呼びます」

「待って」


 腰を上げて本当に呼びに行きそうなエラーブルを慌てて止める。

 表情が変わらないので本気なのか冗談なのか、傍目には分からないためラパンは必死だ。

 じっと蒼い瞳で見つめられ、根負けするのはいつもの流れ。


「うぅ……本当は嫌ですけど、分かりましたよぉ。エラーブルおじょ……さんには先日お世話に……」


 執事になった件を思い出し、疑問符が浮かぶ。


「あれ? お世話になった? お世話した?」

「お疲れですね」


 なにやら大事な答えに行き着きそうになっているラパンを労わるように肩を叩いた。

 それで何もなかった大丈夫と納得してしまうラパンは、エラーブルの家の者たちに順調に調教されていっているのだろう。


「なぜそうまでして働きたくないのですか? 怠惰、というわけでもないしょうに」

「ああうぅ、それは……前世のブラックなトラウマが」

「前世?」

「あはは。気にしないでください。頭の病気です」

「ご自身で言わずとも」


 から笑いをして明後日の方向を見るラパン。

 追及されたくないだろうことが一目で分かる態度に、エラーブルは口を閉ざした。


 そうして、小さく手を振ってラパンを見送ったエラーブルに、隣から声をかける者がいた。


「先輩、不審者の調査依頼なんてありましたっけ?」

「……依頼とは言っておりません。調査を頼んだだけですので、嘘ではございません」

「うわお、策士~」


 しれっと言うエラーブルに、桃色髪の後輩受付嬢のリコは楽しそうに笑うのであった。


 ■■


 冒険者ギルドを出たラパンは、肩を落として石畳の道を歩く。


「不審者……不審者ねぇ」


 物陰から覗く怪しい人物という情報だけでは、なんとも不確定だ。歩いている人々全員が怪しく思えてしまう。

 とはいえ、エラーブルからの情報だ。例え、確固たる情報があるのだろう。

 見張るか聞き回るか。どうあれ地道な作業だ。何日かかるか分かったものではない。ため息もつきたくなる。

 駄目で元々、ラパンは周囲に索敵の魔法を広げる。


「そんな露骨に怪しい奴がいるわけ――いたぁ!!」


 思わず首を捻って見てしまう。

 ギルド館を建物の影から見つめる、外套を被った人物。どこからどう見ても不審者だ。事案発生お巡りさんこっちです。


「どうしよう? どうやって捕まえ……あ、逃げた」


 ダッと外套を翻し逃げる怪しい人物を、何も段取りがまとまらないまま、動いたから追いかけたという動物的な本能で捕まえた。


 ――


 路地の奥で、黒いローブの男を魔法で拘束する。


「はな……せっ」

「あのぉ……黙ってくれない? そう睨まれると怖いんだけど?」


 必死にもがく男に睨みつけられ、早くもラパンは心が折れそうになっている。どれだけ強くなっても、荒事に向いていない気弱な性格は一向に直る気配はない。


「……っ」

「事情を話してもらいたいんだけど……どう?」

「ぺっ」

「……」


 べちょりとラパンの頬に唾が付く。

 頬を伝う生理的に受け付けられない感触。ポケットから出した白いハンカチで拭ったラパンの頬が、ひくひくと引き攣っている。


「クレーマーに対応するがごとく、丁寧に対応していればいい気になって」

「な、なぜ倒れない? それは大型のモンスターすら昏倒する毒だぞ!?」

「もういい。お前には聞かん。――頭の中を直接覗く」

「な、な!? 貴様、止めっ!!?」


 慌てふためく男の頭を鷲掴みにし、ラパンは男の記憶を漁り始める。


 ■■


 エラーブル邸の庭園。草花の生えていない土が剥き出しの場所で、焚火を囲う二人の女性。

 一人は黙々と冊子を手渡す金髪のメイドで、もう一人は受け取った冊子を容赦なく火にくべる黒髪の女性だ。

 どちらも種類は違えど美しい女性だが、無表情で冊子を燃やし続ける姿は、魔女の妖しい儀式のようで恐ろしい様相である。


「コション・オルデュール伯爵」


 最後のお見合い写真を火の中に沈めたエラーブルは、スッキリしたように手を払う。

 後ろで控えていたアデライドも嬉しそうだ。


「よい燃料でございますね」

「土に悪そうですけど」


 この場所ではまともな植物は育たないし、肥料にもならないだろうとエラーブルは思っているようだ。

 汚い火種で燃え続ける焚火を見ながら、エラーブルは疲れたように零す。


「お父様の指金でしょうか」

「お見合いは、その通りかと」

「大事にしたくはないのですが」


 頭の思い浮かべるのは、嫌そうな表情をしていたラパンの顔だ。


「ラパン様には悪いことをしてしまいました」

「うふふ。ラパン様であれば、泣いて喜んで馬車馬のごとく働いてくれるでしょう」

「泣いてはいそうですね」


 容易に想像が付く泣き顔に、クスリと笑う。


「仕事嫌いなお方ですが、優秀です。この件も上手くまとめてくれるでしょう」

「エラーブルお嬢様は、ラパン様をご信頼されているのですね」

「信頼……うーん」

「号泣ですね、ラパン様」


 首を捻るという割と辛辣な対応に、普段からラパンには厳しい態度で接するアデライドですら、彼を憐れんでしまう。


「まぁ、そうですね。信頼、しているんだと思います」


 答えがまとまったのか、頷くエラーブルはどこかスッキリとしていた。


「ラパン様が冒険者になってから三年……あの方がS級冒険者に至るまで残した功績を、受付嬢として見てきましたから」


 困ったことがあればラパンを思い浮かべる程度には、彼の担当受付嬢は信頼を寄せているようだ。


 ■■


「ヤバい。帰りたい。お腹痛くなってきた」


 モストルのある領地に接した隣領。その領主の館にラパンは潜入していた。

 捕まえた男の記憶を漁って辿り着いた犯人。貴族だったのは意外でもなんでもないが、狙いがエラーブルだったことにラパンは驚いた。

 そのせいで、窓が少ない暗い廊下を涙を浮かべながら歩くしかなくなっていたのだ。


「貴族の家に不法侵入とかアデライドさんじゃないんだから。うぅ、でもエラーブルさんを狙っているみたいだったし、調べないわけにも」


 ガタンッ


「ひぃいいっ!? ごめんなさい処刑はいやだぁあああ!?」


 何かが倒れた音がして、頭を抱えて震え出す。

 物音一つでこの始末。

 だというのに廊下を歩く使用人は、これだけ騒いでいるラパンに気が付いていないかのように素通りしていく。

 床にうつ伏せで倒れたラパンはじょばっと涙を溢れさせる。


「心が折れた。根本から。ポッキリと。ラパン帰りま……?」


 声が聞こえる。遠くて聞き取りづらいが、悲鳴に似ている。

 絨毯に耳をピトリと付けて、澄ます。


「下の階かな」


 空間転移で音のする場所へと向かう。

 と、想像もしていなかった状況に目が点になる。

 転移した先の室内では、天蓋付きの豪華なベッドの上で、これから明らかに性交渉に挑むであろう男と女が居た。

 頭の中で雌雄のウサギが絡むモザイクが広がり――知らず気配遮断の魔法を解いてしまう。


「きゃぁあああああっ!? えっちぃいいいいっ!!」

「なんだ貴様ぁあああああああああああああっ!!」


 男二人の絶叫が、貴族の屋敷に響き渡った。


 突如現れたラパンに驚いた豚のようなぶよぶよした体の男は、汚らしい裸を晒したまま怒りで顔を真っ赤にして怒鳴りつける。


「ええい! 兵は何をしている!?」

「貴方はこんな昼間からナニをしています!」

「この失礼極まりない愚か者を殺せぇ! 処刑だぁ!!」

「ですよねぇ!」


 赤面して両手で顔を覆っていた――指と指の間の隙間は大きかった――ラパンは、恥ずかしそうにしたまま部屋を脱出しようとする。


「すみません失礼しましっ」

「……けて」


 男とは親子程に年の離れた、十代であろう少女の掠れた声がラパンの耳に届く。

 彼女は白いドレスだった布切れでどうにか大事な部分を隠している有様であった。

 男女の営みというよりその姿は――


「……助けて、くださいっ」

「――」


 涙を零し、助けを求める少女の声。殴られたのだろうか、頬が赤く腫れていた。

 ようやく状況を察したラパンの頭の中で、なにかがプツリとキレる音がした。


 ■■


「――美姫を襲う悪徳貴族を打倒し、王国最強の冒険者は姫の手を取り胸の中へ――」


 冒険者ギルド内にある酒場の小さな部隊で、白髪の生えた壮年の吟遊詩人が、最近生まれたばかりの冒険者と美姫の唄を披露する。

 酒を片手に盛り上がる会場の中、羞恥心で死にそうになっているウサギと、それを冷ややかな目で見つめる受付嬢が丸い卓を囲んでいた。


「それで、抱いたのですか?」

「抱いてないやい!」


 両腕に顔を隠すラパンは、呻き声を上げて懊悩する。


「うぅ! ドラゴン討伐の噂すら消えないうちに」

「日頃の行いですね」

「……? ならこんな酷い目に合わないですよ?」

「自覚はなし、と」


 きょとんと無垢な瞳の少年に、処置無しと葡萄酒をちびりと飲む。


「とはいえ、今回は助かりました。ありがとうございます」


 冷やかしでもなく、真摯にお礼を告げられてしまい、ラパンはむず痒くなる。

 ラパンとしては止めて欲しかったが、エラーブルの称賛は止まらない。


「コション・オルデュール元伯爵は、表では慈善家として通っておりましたが、裏では賄賂から誘拐、強姦、殺人と数え出したらきりがありません。ラパン様のおかげで発覚したのですから、胸を張ってよろしいかと」

「いやですよぉ、私は静かに暮らしたいんです。目立てば仕事が増えます」

「……そういうところがなければ格好良いで終わるでしょうに」

「何か言いました?」

「いえ、全く欠片も悪口は口にしておりません」

「悪口って言っちゃったよぉ」


 否定であって否定ではなかった。


「それで、助けた女性はどうなったのですか?」

「あぁ、暴力を振るわれたようですが、手を出される直前だったようで。ただ、精神的な恐怖は拭えませんから、私を見ても怖がっていました」

「それは……」


 エラーブルの表情が硬くなる。

 ラパンも思い出すと腹立たしかったのか、葡萄ジュースを一気飲みすると、苛立ったようにグラスを机に叩きつける。


「なので、彼女が落ち着くまで屋敷内の人間全員拘束してました」

「はぁ、とんだ変態ですね」

「なぜ!?」


 普通の人間は、たった一人で屋敷中の人間を捕えることはできない。

 自覚なき変態は驚愕するが、エラーブルは半眼で見つめるばかりで答えを口にする気はないようだ。


 納得がいかないラパンだが、重要な案件を思い出し忠告する。


「エラーブルさんも気を付けてくださいね? 狙われてたみたいなんですから」

「ご心配お掛けして申し訳ございません」


 元より巻き込んだのはエラーブルであって、ラパンではない。

 臆病な少年を心配させるのは分かりきっていたことだった。エラーブルが頭を下げるのは当然であった。


「今回の件で手札もできましたので、そろそろ対処しようとは思っております」

「……対処って?」

「大したことはありません。ちょっとした――父娘喧嘩ですよ」


 自嘲気味に笑うという珍しい表情と発言内容に、ラパンは目を丸くした。

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