第2話 科学の答え
――ベネフィクス大陸北西部にある港町シャマル。魔族の国と謳われる国の港町にも関わらず、この港町は魔族が極端に少ない。と言うのも、この港町から出る船は、何かしらの許可が無い限り、魔族が乗る事が禁止されているためである。
そんな港町から、魔法馬車を使い、看板を目印に2、3時間程南下すると、魔族街北部にたどり着く事が出来る。魔族街には、その名前に恥じず、様々な種類の魔族が住んでいる。ドワーフ、エルフ、妖精……。その種類を上げればキリがない。絵や写真でしか見た事が無い、異形のとも言える生き物が、通りを我が物顔で跋扈している様子は圧巻である。
彼らは意外にも、訪れた私を普通に歓迎してくれた。手厚い……という程では無く、あくまで他国から来たお客様としてである。住民からの嫌がらせの類や、魔族の商人に騙される事も無かった。酒場では私が一人で飲んでいると、頭に角の生えていて、皮膚が紫色で、天を劈くほど大きな男に、背後から肩を叩かれた。その時はかなり驚いたが、それでも私が冒険家である事を話すと、彼は熱心に私の話を聞いてくれた。
初めて訪れた魔族の国の初日は、概ね楽しく過ごす事が出来た。砂漠の街であるため、気候が厳しい事は如何ともし難いが、ある程度人間の文化も入っている事もあってか、食事にも事欠かなかった。
「『もし安宿に泊まる場合、凍傷には十分に留意し、しっかりとした防寒着を着用する事をお勧めする』だって。砂漠の夜はまあ、寒いからなぁ」
佐藤は本の一文に指を添えながら、そう言った。
魔族街の大通りを、佐藤達の馬車は進んでいた。御者は相変わらず、フェルムが務めていた。馬車は、先ほどまで佐藤達が使用していた、旅用の荷台だけが無骨にあるようなものではなく、ある程度の装飾が施された、所謂辻馬車として使うようなタイプの物だった。
その馬車の中で、佐藤とニアは隣同士になって、マギサから貰ったある本を読んでいた。30年程前にとある冒険家によって綴られた探検記である。その冒険家はレグム出身であるため、当然ながら内容はレグム語で書かれている。よって、バイズ出身であるニアがその内容を理解するために、佐藤が隣で一緒に本の内容を翻訳していたのである。
「……それにしても、月並みだけど、本当に滅茶苦茶魔族がいるんだな。まるで年中ハロウィンしてるみたいだ。あ、妖精族だ」
「え!?どこですか!?」
「ほら、あそこ」
馬車の窓の外を歩く、羽の生えた人間を指さして、佐藤は言った。ニアは立ち上がって、窓に張り付かんばかりの勢いで、その動きを目で追った。
「……私の住んでいたところだと、みんな人間の真似をするしかないので……。お母さん以外で、妖精族を始めて見ました……」
感嘆の声を漏らしながら、彼女は呟いた。
『お母さん』という単語に、佐藤は体を一瞬硬直させた。しかしニアは、窓に映る道の世界に夢中だった。佐藤は真顔で安堵のため息を吐いた。それと同時に、自分を情けないとも思った。
「……そうか」
自分を誤魔化すように、佐藤はニアの隣に立って、同じように窓に映った景色を眺めた。そこには、まるでコスプレ会場のように、人に獣の耳が生えていたり、禍々しい角が生えていたり、耳が長かったりする人間がひしめき合っていた。
そこでふと、佐藤はある事に気がついた。
「……マギサさん、一つ聞いていいですか?」
「どしたの?」
「あの、さっき人に獣の耳が生えている方がいたんですけど、逆って無いんですか?」
「え?」
マギサは困惑した表情を浮かべた。
「えっと、つまりですね、人のような獣はいるじゃないですか。逆に
マギサは驚いた様な表情で、あっけらかんと言う佐藤を眺めていた。
「いない……と思う。よくそんな事考えたね。私は考えもしなかったよ」
「まあ、だからどうなんだって話ですが」
「いや、そんな事は無いさ。うん。やっぱり、今聞いておこう。この後どうなるかなんて分からないし」
独り言のようにブツブツと呟きながら、マギサは席から立ち上がると、倒れこむように佐藤に隣に座った。体が密着するのではないかと思う程、近くにである。マギサは佐藤に、顔を向けた。
「な、何ですか?」
たじろぎながら、佐藤は少し、彼女から距離を取るように座り直した。
「いや、何で離れた」
「それはその……」
「まあいいや、ちょっと私と手、繋いでみない?」
と言って、マギサは佐藤に手を差し出した。思いの外、小さい手である。その手を佐藤と比べれば、まるで子供と大人のそれのようだった。
「はい?」
「だから、手。早く出せって。別に特別な意味は無いから」
「は、はぁ……」
差し出された手を、ぎこちない動きで佐藤は握った。窓際で、ニアが頬を赤くしてその動きを見ていた。
『聞こえる?』
と、佐藤の頭の中に、そんな声が聞こえた。もう三度目の現象だからか、佐藤の中の驚きは、新鮮味を失っていた。反射的に、佐藤はマギサの顔を見返した。はやり、口は動いていなかった。恐らくは、直接脳内に話しかける的な奴だろうと、佐藤は思った。
「俺はどうすれば……?」
と、佐藤が疑問を口に出すと、
『普通に心の中で喋ればいいよ。私が勝手に読むし』
それに答えを返すように、頭の中に声が響いた。
(わざわざこんな事をしてまで話すって事は、誰かに聞かれたくない内容って事なのか……?)
佐藤がそう考えると、隣に座っているマギサが苦笑を浮かべた。
『ご名答。心の中の声聞こえるって言ったじゃん』
『……でしたね。それで、改まって話って何です?』
『いやなに、君に送った手紙を覚えているかい?君たちがレグムを出た時に私が送った物さ。その時に君に"質問"をしただろう?改めてそれを、君にするだけさ』
佐藤は、前で手綱を引くフェルムに目をやった。彼女の体調がすぐれないからだろうか、その小さな背中は、やけに丸まっているような気がした。
『ここであの時の質問を持ち出すって事は……もしかしてフェルムさんに関係する事なんですか?』
『察しがよくて助かるよ。彼女を救う事……になるかどうかは分からないけど、まあ多少は何かの役に立つんじゃないかと思ってね。
佐藤は少し黙った。心の中で、形にする事もなるべく避けた。それが果たして意味のある行為なのかは分からないが、その"質問"の内容から導きだされる結果が、あまりにも目に余るからだった。
『心の声にしなくても、君の動揺や感情と言った類は、私なら難なく読み取れるって話をしておこうか。別に、無理はしなくても構わないさ。言いたくないなら、それでもいい』
佐藤は大袈裟に首を横に振った。自分の退路を、断つために。
『……いえ、言います。俺のくだらない同情で助かる道が消えるかもしれないなんて、彼女もきっと嫌でしょうから』
『それは、どうだろうね。まあいいさ、では改めて君に問おう。"他種族同士の交配によって産まれた子は、どういった特徴を持つのか"――私に、教えてくれないだろうか』
佐藤は、難しい顔をした。今の状況と、その質問を照らし合わせた時に、導き出される答えは一つだろう。つまり、
『……その前に、質問していいですか。この問題は、憶測で語るべきでは無いと思っています。なのでその……、正確な情報が欲しくて』
『いいよ。と言っても私も彼女については、あまり詳しくは知らないから、あくまで私が知る範囲だけだけどね』
『十分です。……まず、彼女は何と何のハーフなんですか』
『人間と魔族。正確には、人間とエルフという種族の間に出来た子どもだ。エルフは、長い耳を持つ魔族の一種で、寿命は200年から300年程。身長は高く華奢な体付きをしているけど、魔族の例に漏れず、魔力量が多い事もあって、戦闘能力は中々に高い。森の中に少数の部族を作って、そこで生活を営む種族さ』
『そもそも第一前提なんですけど、人間と魔族との間に子どもは出来ないんですか?』
佐藤のその言葉に、マギサは驚いた顔をした。
『出来る訳無いだろう?人間の寿命なんて、高くて80年程度なんだよ?最低でも200、長くて数千年生きる魔族と人間なんて、生物としての構造が違いすぎるだろう。人間と猿で子どもが出来ないのと一緒で、人間と魔族でも子どもなんて出来ない。色々調べてみたけど、それらしい文献も記述も無かった。何なら、奴隷が禁止されていなかった時代なんて、それが理由で性処理用として人気が高かったくらいだし。いるもんだね、いつの時代も変態が』
『……なら、フェルムさんは、普通の魔族の子どもになってしまうのではないのですか?』
マギサは深く頷いた。
『もちろん、その通りだ。
佐藤は息を吞んだ。
『他生物との……融合?』
『そのままの意味さ。彼は例外的に、ほかの生物の体を、自分の体の一部として使うことが出来る。普段は出さないようにして、体の中にしまっているけどね』
『その祝福のおかげで、普通なら生まれないはずの人間と魔族の子どもが、産まれたって事なんですか』
『ああ、その通り。彼が嘘をついていなければ、という条件は付くけどね。もう君も気が付いているだろうから言うけど、彼女は原因不明の病を患っている。恐らく先天性か、生物の構造上の問題で、治癒魔法では直すことが出来ない』
『だから、俺にあの質問をしたと』
『うん。私の知識は、これ以上を持ち合わせていなくて、解決策を見いだせない。だからこそ、外の世界の、"科学"を知る君なら、何か知っている可能性があると思ってね』
佐藤は、長く長く息を吐いた。その残酷な真実を話すために、一つ瞬きをした。
『俺たち生き物には、DNAっていう、自分自身を作るための設計図みたいなのがあるんです。子どもを作るときは、親の設計図を半分ずつ組み合わせて、新しい子どもの設計図を作る。親から子に特徴が遺伝するのは、そういう仕組みがあるからなんです』
『なるほど、それで?』
マギサは、理解したともしてないとも言い辛い顔で返した。
『通常なら、違う同士の生き物の設計図は、組み合わさる事が無いんです。だから、どんなに頑張った所で、子どもなんて生まれる筈が無い』
『それを、強引に繋ぎ合わせたら?』
『……正直に言うと、どうなるかは分かりません。この世界の人間の設計図の形が、俺達の世界と同一なのかは判断できませんし、エルフの体の設計図も分からない。仮に分かったとしても、設計図を繋ぎ合わせることで、どういう変化が起きるかは実際にやってみるまで分からないんです』
『そうか……まあ、仕方ないさ。最悪、その場で誤魔化しながらやっていけば、少なくとも死ぬことは無いだろう。面倒ごとは一つあるかもしれないけどね』
マギサはそう切り上げて、席から立ち上がろうとした。しかしその動きを、佐藤は強く手を引いて、半ば強引に引き留めた。彼女の体が、佐藤に引き寄せられた。
『案外大胆だねぇ、どうしたの?手を離すのが寂しくなった?』
マギサが小馬鹿にするように言ったが、佐藤は無視を決め込んで、話を続けた。
『……俺達の世界には、実はこの設計図を強引に繋ぎ合わせて、より便利な生き物を作ろうという計画があるんです。まだまだ実験段階ですけど、例えば、ネズミに人間の耳の設計図を無理矢理くっつける事で、お腹に人間の耳を生やす事が出来るんです』
『ええ……?いや何それ、怖すぎでしょ……』
マギサはドン引きしていた。初めて、ここまで動揺している彼女を見たかもしれないと、そして案外可愛いなと思いながら(当然後でイジられた)、佐藤は続ける。
『設計図を無理矢理くっつけて、どういう生物が生まれるのか、どういう不具合が生まれるのかは、実際にやってみなければ分かりません。ただ、一つだけ分かっている事があるんです』
そう言って、佐藤は少し、間をおいた。その一言一言を発するのは、かなりのエネルギーと精神を要した。
『勿体つけちゃって。それは何だい?』
急かすように、しかし案外柔らかい口調で、マギサは聞いた。受け入れる準備などとっくに出来ていると、言わんばかりだった。
『そうして産まれた生き物は、種類を問わず全て、子どもを産めない体になるんです。これは、何を組み合わせてもそうなんです。産まれた時点で、生物としての、次の世代に設計図を渡す手段が、破壊されてしまうからなんです』
『ふむ』
マギサは真顔になって答えた。彼女が何を思っているのか、佐藤には計りかねた。
『……この話、本人にするべきだと思いますかね』
『今は良いんじゃないかな。本人もまだ子どもだし、それに他に解決すべき事態があるし、まずはそっちを優先しよう。さて、そろそろいいかな』
と言って、マギサは佐藤から手を離した。しかし、マギサは依然、少し距離を取っただけで、佐藤の隣に座ったままだった。ニアは窓の外に興味があるフリをしながら、佐藤とマギサの関係性について自分の想いを馳せていた。
「……そう言えば、マギサさんに頼まれたあの本の解読、全く進んでないんですけど、大丈夫ですか?」
「余裕が出てからで構わないさ。まずは何よりも命を優先すべきだろう?死んでは元も子もない訳だし。そんな事より、サトウ君」
マギサは真顔で前を向いたまま、佐藤に手を差し出した。
「何ですか?」
「ハンカチ持ってない?」
佐藤はその言葉の意味を、一瞬で理解出来た。自分の手の湿りが酷くなっていた事に、今更気がついた。恥ずかしさで、耳まで真っ赤に染まりそうだった。佐藤は懐から布切れを取り出して、マギサに渡す。彼女はそれを使って、手を拭く。
「……すいません」
「大丈夫、そんなに気にしてない」
この言葉だけは、佐藤には嘘だとすぐに分かった。
その後、サトウがニア以外と言葉を交わすことは無かった。しかし、ニアを話している時にも、頭の中でフェルムの事がチラついて仕方が無かった。下手な同情などするまいと思ってはいたが、それでもやはり、彼女にとって
だから佐藤は、考えもしなかったのだ。
彼女に、降りかかって
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