第6話 紫髪の二人組

紫色の短髪の少女は、長髪の女の少し前に立った。もう隠す必要が無いのか、背に生えている羽は正面に立っているフェルムからもはっきり見えた。


「大体、ラディーお姉ちゃんはさ、一人で何でもかんでも出来過ぎなんだよ」


呆れた声で、エルと呼ばれた少女が言う。


「ごめんなさいね」ラディーと呼ばれた背が高い方の女は、そう言って申し訳なさそうに微笑む。


「ちょっとはさ、いつも待機組にさせられる私の身にもなってよ。暇なんだよー?最近全く出番も無いしさ」

「分かった分かった。全部あなたが戦っていいわよ。ただし、あくまで目的はこの子を連れ帰る事。目的が達成できるなら、それ以外は無視する事。分かった?」

「分かってる」

「そう。じゃ、頑張ってね」


そう言って、ラディーは、その場を立ち去ろうと、体を反転させる。そこから一歩、足を踏み出そうとした――しかし、彼女の足に絡みついた木の根のような蔦が、それを許さなかった。


「あら?」

「そう簡単に逃がすと思う?」


ラディーの方へ手を伸ばしながら、シルワが言った。


「……お姉ちゃん。何してるの」エルがジト目で言う。

「ごめんなさいね。これ、解けそうもないから、先に片付けお願いしていいかしら?」

「……しょうがないなぁ。じゃ、すぐに片付けるから、少しだけ待ってて」


と言って、エルはフェルムの方へ向き直る。


「ま、そういう訳なんで、うちの不甲斐ないお姉ちゃんに変わって、私が戦ってあげる」


エルは姿勢を低くして構えて、挑発するように手招きをする。


「また面倒くさい奴が現れた」フェルムは気怠そうにそれを眺める。

「なら退屈しない内に殺してあげる」


そう言って、エルは自分のすぐそばに落ちていた小石を拾った。そしてそれを、徐にフェルムの方へ向かって投げる。小石は放物線を描き、フェルムの少し前で落ちた。


「フェルム!」


アールがそう叫んで、フェルムの手を引っ張って自分の体へ引きよせる。その動作が終わったのと、小石が爆発を伴って破裂したのは同時だった。森の木々をなぎ倒して、閃光と衝撃と黒煙が彼らを優しく包む。暫くして、少女を内に抱いた鉄の塊が、姿を現す。


「……無事か?」

「無事。と言うか私が全部防いだし。あとそんなに激しく抱きしめないで、痛いから」


無表情で、まくし立てるようにフェルムは言った。感謝の気持ちなど、欠片も感じられなかった。


「わ、悪い……」


と言って、アールはフェルムを慌てて離す。フェルムは何も言わずに自分の服の埃を落とした。それを見ていたエルが、わざとらしく数回手を叩いた。


「やるじゃん!結構強めに爆破させたはずなんだけど、まさか無傷だなんて」


その声は弾んでいていて、未知なる敵との戦いを楽しんでいるようにも――新しいおもちゃを手に入れた子どものようでもあった。


「そーれ!二発目行ってみよー!」


と言って、エマは自分の足元に落ちていた石を拾って、フェルムに向かって投げる。山なりで進む石を眺めながら、彼女は呟く。


「……アールごめん。さっきの爆発防ぐので、魔力全部使っちゃった」

「そうか……ってそういうのは先に言え!」


慌てた言い方で――しかし、その行動はとても素早かった。すぐにその巨体は、呆けたままの少女を抱きかかえる。次の瞬間、二メートルを優に超す巨体は宙を舞った。


「……アールって飛べたんだ」


風にはためくフードを抑えながら、無表情でフェルムは呟く。アールは首を横に振った。


「悪いが、かっこつけて吹っ飛んだだけだ。足裏に爆発物仕込んで、それを使ってる。だからまあ、落ちることは考えてない」

「……は?」


そのまま、落ちて行くはずだった二人を支えたのは、木の根で編まれた巨大な腕だった。大きく開かれた手が、そのまま彼らを軽石でも受け止めるかのように捕まえる。


「二人とも、大丈夫!?」

「悪い、助かった!」


アールの声を聞いて、シルワは少しだけ笑う。しかしそれもすぐに取り直して、彼女は祈るように手を高く上げる。先程地面から生えた腕と似たような強大な腕が二本、エルの周りを取り囲む。


「おー、凄い凄い。……で、何がしたいの?手品でもするの?」


シルワは、上げた手を振り下ろす。歪に歪み、伸びる木の腕が二本、勢いよくエルの上部から迫る。


「まー、そうだね」


エルは、その二撃を小さな手のひらで受け止める。彼女の手に、その巨大な手が触れた瞬間、風船が割れるかのような軽い音と共に、その手は霧散した。大きな質量を持った物体による風圧すら消し飛んでいた。


「な……」

「手品としては……及第点かな?」

「このっ……」

「待てシルワ!近づくのは危険だ!」


アールの静止を振り切って、シルワは飛び出す。一本、二本と、エルの足元に木の根のような触手を出現させては、それを複雑に彼女の体に絡めていく。


(触れたらアウトって分かってるっぽいし、やみくもに突っ込んでるわけじゃないんだろうけどー……)


自分の指一つ動かせない状況と、先程と同じように木の手で攻撃を加えようとしている様子を見て、彼女は呑気にそんな事を考えていた。


「でも、詰めが甘いのよん」


その瞬間、エルに向かって走っていたシルワの体が、突然くの字に折れ曲がった。見えない何かが、彼女の動きを止めたのだ。シルワは、嗚咽交じりの声を漏らす。


「あ……ぐ……」

「私の事、忘れてもらっちゃ困るわよ」


次にあったのは、彼女の腹に膝を入れているラディーの姿だった。彼女はそのまま、力の抜けたシルワの髪を強引に掴むと、エルに向かってその体を投げた。


「この……ッ!?」


足に力を入れ、何とか体勢を立て直した彼女が目撃したのは――砂粒だった。地面を手掴みすればいくらでも拾えるであろうそれは、太陽の光を受けて、宝石のように輝いていた。


無数の砂粒が、一斉に光と共に弾ける。爆風と熱風が、彼女を優しく包んだ。彼女の意識は――そこで消えてなくなった。



*   *   *



佐藤の意識にノックをしたのは、石に水が跳ねる時の音だった。寝ていた彼は、ゆっくり目を開ける。


「ん……あれ。どうなったんだっけ……」


朧げな感覚の佐藤が抱いた第一感想は、『よく寝た』だった。石で出来た硬い地面と壁に凭れた状態で寝ているため、体の何処かでも痛めそうなものだが、実際はむしろ体の調子が良いくらいだった。


自分の視界と意識が鮮明になるのを待ってから、佐藤は辺りを見回す。見渡す限り石で出来た壁と、鉄格子。扉の方は南京錠らしき物で閉じられていた。窓は無く、地下にあるせいなのか、もしくは単に水漏れしているのか理由は分からないが、天井からは水が滴っていた。立ち上がろうとすると、自分の腕にがっちりとはまった枷が、自分の存在を主張するかのように金属音を響かせた。


「……これはあれか。俺また捕まったのか」


何となく、佐藤は自分の置かれた状況を声に出してみた。起きたら鉄格子の中だったというのは、いささか現実感に欠けているからであろうか、自分で思っているよりも焦っていなかった。


「あら、起きたのね。一応、そろそろ起きてくるころだとは思っていたのだけど」

「……あなたは、あの時の」


声の主はラディーだった。佐藤の表情が自ずと険しくなる。


「そんなに怖い顔しないの。あなた、別に悪い顔じゃないんだから、男の子はもっと凛々しくしなきゃ。まあ、あなたにそれは酷な話かしら?」

「……お褒めに預かり光栄の極みでございます」


酷い棒読みで佐藤が言った。


「凄い棒読みね。ま、別に嘘でもお礼を言ってくれるのはありがたいけど」

「そんな事より……ここは何処なんですか。それから、シルワさん達はどうしたんです」

「ああ……そうね」


ラディーは手を組んで、佐藤の顔を眺める。暫く考えてから、


「別に、何も無かったわよ。私の能力でさっさと逃げてきたわ。彼女たちは今頃、あなたを探して必死に駆けずり回っているんじゃない?」


と言った。佐藤はため息を漏らした。


「……そうですか。なら良かったです」

「他人じゃなくて、自分の心配をしたら?あなた仮にも捕まってる筈なんだけど」


佐藤は何処でもない場所を眺める。


「そういえば、そうでしたね。……俺なんか捕まえてどうしたいんです?あなた達も、俺の能力とやらを利用したいクチなんですか?」


ラディーは目を丸くする。


「能力……?何の事だか知らないけど、あなたを利用する気はさらさらないわよ?」

「なら何のために?あなた達って、多分俺を捕まえるために来たお国の人間とかじゃないんでしょう?」

「あら、どうしてそう思うの?」

「……聞いた話ですよ。確か三百年前の戦争で、魔族は人間に負けたらしいじゃないですか。だから単純に、魔族がそういう立場にいるのはおかしな話だと――」

「あー、ちょっといいかしら」


ラディーは鉄格子の隙間から手を出して、佐藤の言葉を途中で止める。ひとつ咳ばらいをしてから続ける。


「あなたの推理は分かったし、実際正しいわよ。でもね、はっきり言ってそれ、いい気分しないから、やめてもらえる?」


ラディーの刺すような視線に、佐藤はしまったと言わんばかりの顔をする。


「すみません……失礼しました」

「いーえ。ま、私は別にそこまで気にしていないけど、それ、あまり他の連中の前ではしない方が良いわよ?ただえさえ短い余生を、さらに短くすることも無いでしょう」


自分の背に生えている羽の先をいじりながら、ラディーが言う。


「……短い余生とは?」

「ん、ああ、そういえば、まだ言ってなかったわね。あなたをさらった目的――それはね、あなたを殺すためよ」

「……そうですか」


ため息を吐くように、佐藤は言った。特別、驚きは無かった。そもそも、彼はそういう事が起こり得るかもしれないと言う前提の元、ここに来ているのである。もはや今更と言ってもいいかもしれない。


「案外、驚かないのね。他の連中はビビりまくって命乞いしてきたものだけど」

「まあ、一度経験があるもので……それで、どうしてまた俺を殺したいんですか。まさか死刑を代わりに行うとか言いませんよね」

「――よ」


彼女の声は小さく、佐藤はよく聞き取る事が出来なかった。


「……すみません、今何と?」

「私たちのボスの暇つぶしよ。いえ、憂さ晴らしと言った方が、ある意味正しいのかもしれないわね」

「――は?」


――正当な理由があると思っていた。否、正当でなくても、納得の行く理由があると勝手に思い込んでいた。人殺しに納得の行く理由などあるはずが無いにしても、それこそ、死刑を代わり実行しているとでも言ってくれた方が、抵抗はすれど、理解しようと思えばまだ理解できたかもしれない。


「……本気で言っているんですか」

「ええ、本気よ。少なくともボスはね。私はまあ、どっちでもいいけど。あなたが生きようと死のうとね」


佐藤の睨むような視線を躱すように、ラディーは数歩歩いた。


「この国はね、都合が良いの。転生者がこの先の魔族の国へと逃げるのは、この国を通るしかない。私たちのように……いえ、ボスのように転生者を殺したい魔族にとって、これほど優れた漁場は無いのよ?まあ、最も、ボスは元からこの国の出身だけどね。この組織の目的も本来は別の所にある訳だし」

「……だからって、正当化できる訳じゃないでしょう」

「ええ、そうよ。その通り。全くもってその通り、一から十まであなたが正しいわ」

「ならどうして!」


憤る佐藤と対照的に、ラディーは彼の方は見ず、あざ笑うかのような笑みを浮かべる。


「でもね、人を突き動かすのは正しさじゃなくて欲望なのよ。あなただってそうでしょ?あなたに何をどれだけ言われたって、私達が目的を変える事なんて無いのよ」


これ以上は無駄だと判断した佐藤は、静かに睨むだけで何も言わなかった。


「もう質問はいいかしら?そろそろ持ち場に戻りたいのだけど」

「……どうぞ、お好きなように」


ラディーは佐藤に背を向けて、


「じゃ、頑張ってね」


そう言って、その場を立ち去った。

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