第23話

「聞きたいこと満載なんですけど、聞いていいですか?」


地下牢を抜け、城の中の、例によって無駄に豪華で巨大な廊下を歩きながら、佐藤がよそよそしく言った。


「質問による」


佐藤の前を歩くフェルムが、振り返らずに言った。


「えっと、これ、つまり俺達は脱獄したってことで良いんですよね?」

「うん」

「……この国って脱獄は罪に問われないんですか?」

「重罪だよ」

「……俺、大人しく牢に戻りたいんですけど。出来れば無関係を装いたい」


それを聞くと、フェルムが歩みを止めずに佐藤に振り返った。


「死刑のあなたが今更重罪程度で気にしても仕方ないと思うけど」

「確かに!……ってなる訳無いでしょ!」

「それに牢屋盛大に破壊したからもう遅いし」

「強制的に俺に罪着せるのやめてもらっていいですか!?……って、そう言えば、あの鉄格子を破壊したのは何なんですか?フェルムさんの祝福とかですか?」

「いや、あれはあの女からの貰い物」


と言って、フェルムは佐藤の方に何かを投げた。慌てて佐藤はそれを受け取る。


「……剣の柄ですか?」


佐藤の手に握られていたのは剣の柄だった。本来あるはずの刀身はそこには無かった。


「その剣は、使用者が望んだ長さと形に合った魔法の刀身が生成される剣。確かあの女はサトウにも使える様に調整したとか言ってたかな。死ぬほど面倒だったとも言っていたけど。せっかくだしあげるよ」

「は、はあ。ありがとうございます」


と言って、佐藤はそれをポケットに仕舞った。


「あ……じゃあ、あのワームホールみたいなのが、フェルムさんの祝福……なんですかね?」

「そうだよ。空間と空間を繋ぐドアみたいなのを作れる」

「え……じゃあ、またそれを通って出ればいいだけなんじゃ?」

「残念だけどそれは無理。まず一度使うと五分待たないとまた使えないし、それにそもそも私以外の生物が通る事は出来ない。物とかは行けるけど」

「楽できると思ったんですけどね」

「祝福って、基本的に自分にしかその恩恵を受けられない様になってるからね。間接的になら出来るけど、直接は無理」

「……そうなんですか?どうしてまた」

「さあ。知らない」

「そうですか……この脱獄計画、ちゃんとしてるんですよね?一応今の所誰とも会っていませんけど」

「……アールが間反対の所で暴れて他の兵士を引き付けてるから大丈夫」


フェルムの返答には、少しだけ間があった。


「……アールさんは大丈夫なんですか?それ」

「大丈夫だよ。だから、下手に助けに行こうとか思わないで。アールはあなたよりもずっとずっと強いんだから」


少し、ほんの少しだけ、意地っぽい言い方だと佐藤は思った。


「まあ、滅茶苦茶強そうですけど……」


言いながら、佐藤はグラウスの事を思い返していた。激高――と言うほどではないが、それでも何も思う所が無い訳ではない。佐藤はそれを吐き出す様に息を吐いた。果たして――あの男が動いたときに、彼は退ける事が出来るのであろうか。強烈な不安感が、佐藤を襲う。心配をした所でなるようにしかならない事は分かっているが、それでも心配せざるを得なかった。


それに――騒ぎを起こしたとは言っても、その騒ぎに城にいる全兵士がそこに行くとは限らない。他の場所を警戒する兵士だっているだろう。その事も考えなくてはならない。


「(考えることだらけだな……でも、戦闘になったら正直どうしようもないよなぁ……)」


「あの、フェルムさん」

「何」

「失礼でなかったら聞きますけど、フェルムさんってどのくらい強いんですか?」

「普通以上賢者未満」

「友達以上恋人未満みたいな言い方ですね……」

「実際そうだからね。自身がない訳じゃないけど、流石に賢者クラスには勝てない」

「ついでに聞きますけど、アールさんは?」

「アールは――


その時だった。佐藤の前方で巨大な光の柱が床と天井を突き破って出現した。支えの一部を失った床や天井には、重みに耐えられなくなったのか大きなヒビがいくつか入った。


「くそっ……最悪だ。だけどいちいちこんな派手に登場する必要あるのか!?」


手で目を守りながら佐藤が言った。


「全く抜け目のない奴だな――しかし、せっかく自分で掴んだチャンスを、自らふいにするとは。そこまでの馬鹿だとは思っていなかったんだがな」


そう言いながら、光の柱を突き破ってグラウスが現れた。


「知るか!模範囚やってたら鉄格子ぶつ切りにされただけだよ!」


身を乗り出してツッコむ佐藤を、フェルムが手で静止させた。


「サトウ、下がって」

「フェルムさん――こいつ相当強いです。賢者かどうかは知らないですけど、それ以上だと」

「見たら分かるよ。相当だね」


グラウスは、フェルムを一瞥した。


「さて……今度は別の女か。少々古風な考え方だが――私は女を斬るのはあまり好かないんだがな。一応聞いておこう。お前が黒い獣なのか?」

「それが何かは知らないけど、違う」

「そうか……。だがその男を庇う事に変わりはないんだろう?」


フェルムは何も言わなかった。グラウスは剣を出現させて手に握った。


「沈黙は肯定としておこうか。是非もなし」


グラウスが地面を割るようにして剣を振った。光の剣はそのまま斬撃となって射出された。地面をえぐりながら真っ直ぐに飛んでくる斬撃をフェルムは躱し、彼に向かって手を伸ばした。


彼女のすぐ近くに出現したのはつららの様な形の数本の氷の槍だった。


「氷使いか――戦うのは初めてだな」


フェルムは、その数本の槍をグラウスに向けて一斉に射出した。その槍はかなりの速度で彼に向けて飛んでいき――直撃する少し前で、何処からともなく現れた光の剣によって全て打ち砕かれた。


気が付けば、グラウスの周囲は大量の光の剣で埋め尽くされていた。その全てが、等しくフェルムを向いていた。


「だが少なくとも――数は私の方が上だな」

「そうだね」


グラウスの煽るような言葉に、フェルムは無表情で返した。


グラウスは剣をフェルムめがけて射出した。数百の剣が、彼女に一斉に襲い掛かる。


「フェルムさん!」

「黙って、集中が切れる」


彼女は知っていた。自分の魔法が、グラウスと正面から打ち合う事は出来ないという事を。氷の槍を出現させると言っても、結局のところただの氷である。


だから彼女は――正面から決して打ち合う事なく、剣の腹の部分を氷の槍で弾くようにして全て捌いた。数百の剣を、十数本の氷の柱で。


「別に数が多いって言っても、本当に全ての剣が一度で同時に攻撃できるわけがない。スペースが無くて、ほかの剣の邪魔になる可能性があるし。それなら別に――集中すれば捌ける」

「見事だ。認めよう。確かに数は私の方が上だが――


その時――グラウスは、上空から凄まじい速度で振ってきた氷の刃を素手で捕まえ――握りつぶした。


小さくなった氷の破片が、辺りに散らばった。いくつかは空中で溶けたが、大きなものは地面で小さな池を作っていた。


「――質はお前の方が上だな。私が開けた穴の遥か上に仕込んでいたか。大した技術だ」

「そっちもね」


再び、氷の槍と光の剣が衝突する。



「(凄い戦いだ――俺の介入する余地が無いな……)」


氷と光が交差するグラウスとフェルムの戦いを、佐藤は無言で眺めていた。


「(でも多分――フェルムさんが不利だ。確証がある訳じゃない、確信がある訳じゃない……だけど、さっきの上空からの仕込み技以外、フェルムさんはまともな攻撃をしていない。近接戦に持ち込まれない様に距離を取りながら、剣を捌いて逃げているだけ――それとも、時間を稼いでいるのか?何かを待っている?)」


佐藤が考えているときだった。グラウスの剣の一本が、フェルムの腕を軽く裂いた。


「ッ!――フェルムさん!」

「……」


フェルムは無言でその傷を見た。小さな体からは考えられない程、凄まじい出血量だった。痛みは相当の物であろうが、彼女の表情は一切崩れなかった。


「やはり――捌けると言っても、相当の集中を要するだろう。急所を狙ったものは優先的に捌いていたから腕で済んだのだろうが、それでは余計集中できんだろう。一応聞いておくが、今なら戦いをやめても構わんぞ」

「やだ」

「そうか」


二人が再び、構えた。


「フェルムさん!」

「五月蠅い。サトウに何が出来ると――」


ぐらり――と、フェルムの視界が揺れた。彼女の小さな体から流れ出た血は、既に相当量に達していた。力を失った彼女は、重力に従って後ろに倒れる。


グラウスは一本だけ剣を生成した。それだけで十分だった。


「終わりだ」


霞む視界で、遠くなる耳で、グラウスのそんな声をフェルムは聞いた。


「(ごめん――アニー、アール)」



「……悪いが、ここで終わらせる訳には行かないな」


その剣を防いだのは――佐藤だった。彼の手には柄が握られていた。その先には――青く光る盾が形作られて、それがグラウスの剣を弾いた。


「良かった。上手くいって」


そう言いながら、佐藤は安堵のため息を漏らした。それと同時に柄から生成されていた盾は消滅し、彼の手には柄だけが残った。


「サトウ――何……してるの?」


それを聞いた佐藤は、フェルムに向かって柔らかく笑った。


「何って、守ったんですよ。男が女を守るのは当然の義務じゃないですか」

「……古い考え方だね」

「そうなんですか?こっちだとメジャーですけどね」


佐藤はグラウスの方に顔を向けた。グラウスはつまらなさそうに、腕を組んでそれを見ていた。


「またお前か」

「彼女の治療をする。それまで待ってもらうぞ」

「それは構わんが、自首でもするのか?」

「まさか――選手交代だ。次は俺が行く」

「正気か?」

「正気だ」


と言って、佐藤は右手に巻かれた包帯の一部を解いてから、フェルムの傷に巻き直した。


「衛生面上は大問題ですけど、多分この包帯なら大丈夫だと思います」

「待って――本当にやるの?」

「――」


佐藤は、フェルムに向かって一言二言囁いた。フェルムは少しだけ目を大きくした。


「正気?」

「正気じゃなきゃ出来ませんよ」


そう言って笑った後に、佐藤はフェルムを慎重に寝かせてから、ゆっくりと立ち上がった。一歩、二歩と、グラウスに向かって歩いた。少しの距離を開けて、賢者――剣聖の賢者と、凡人の転生者は向き合った。


佐藤は三度、深呼吸をした。グラウスはそれを不思議な目で眺めていた。


「何だそれは?」

「覚悟したのさ」

「何の覚悟だ」


佐藤は一つ瞬きをした。


「――お前に勝つ覚悟だよ」


佐藤は柄から青い刀身を発生させた。それに答える様に、グラウスは剣を握った。

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