第22話

「入れ」


佐藤は再び、牢の中へと入れられた。


「ひとまず、助かったってことで良いんですかね?」


佐藤が自分を案内した兵士に聞いた。


「ひとまず……だな。王も議論したいと仰っていたしな。前例がなさ過ぎるから、これから賢者を交えて話し合うんじゃないか?正直に言って、あの時は俺も驚いたぞ……神様との対話ねえ……」


と、驚いた様な、感心した様な顔をする兵士をみて、


「(まあ、半分くらいぼやかしてそれっぽく言っただけなんだけどね)」


と、彼には見えない様に苦笑した。


実際、神様と話せるし話した事があるとは言っても、あの口ぶりからすると神は転生者は全員話していて、彼だけが神と話せるわけでは無いし、そもそもあの神が本当に神様なのかは彼に判別する方法はない。


命の綱渡りを渡り切った佐藤は、安堵のため息を漏らした。


「ところで、賢者って何なんです?何度か聞きましたけど」

「ん……ああ。賢者ってのは、簡単に言えば国の総戦力以上の実力を持つと言われている人間に与えられる称号だな。そんな人間、厄介の窮まりでしかないから、国で援助金を出して大人しくしてもらっているんだ。何でも、賢者になると国から貰える援助金だけで、孫の代まで遊んで暮らせるらしいぞ」

「賢者っていう大層な称号のわりに、随分強引な決め方ですね」

「いや、何でも昔は魔法の研究者に与えられている物だったんだが、とある賢者が三百年前の戦争で活躍してからは、もっぱらそういう意味で使われるようになったんだ」

「なるほど……この国にも賢者はいるんですよね?」

「この国には七人いるって言われているな。名前とか二つ名とかは一般公開されてるけど、どんな祝福を持っているのかは知らないんだよな。とんでもない化け物だって話は何度か聞くけど」

「……なるほど。ありがとうございました。色々すみません」

「別にいいさ。じゃ、また結論が出たらここに来るだろう。じゃあな」


佐藤は兵士を無言で見送った。緊張の糸が切れて、どっと疲れが出た佐藤は、硬いベッドの上で横になり、無言で目を閉じた。


意識が落ちるまでに、それほど時間はかからなかった。



*   *   *



一人の女が、山の様に巨大な城の門の前に立っていた。彼女の体はあちらこちらに包帯が巻かれ、そこからは血が滲んでいた。


「……ここだ。ここから匂いがする」


女が言った。女はそのまま、門へと歩いた。門の前に立つ二人の衛兵が、彼女の前に立ち塞がってその動きを静止させた。


「おい、そこお前!ここは関係者以外の立ち入りは――がはッ!?」


その時――何処からともなく現れた木の根のような蔓が、蛇の様に衛兵の体に絡みついて、その二人を締めあげた。二人の衛兵は蔓を支えにして宙に浮いた。蔓は衛兵を締め上げこそすれ、ダメージになる様な物では無かった。


「な……何が――なッ!?」

「サトウ君を――


その時、衛兵は見た――木の根で編まれた上半身だけの巨人が、門に向かって拳を振り下ろしている様を。


「返せっ……!」


女の――シルワの静かな怒号が、月夜に響く。その目は獣の様に鋭く光っていた。


巨人が振り下ろした一撃は木でできた門をいともたやすく破壊した。辺りに崩れ落ちた残骸を踏み砕きながら、彼女は城の中へと入った。騒ぎを聞いて駆け付けた衛兵を縛り上げながら、彼女は佐藤の元へと、歩き出した。



「マジか……こりゃとんでもない物見ちまったな……」


少し離れた民家の屋根の上から、鎧の男――アールが言った。隣には銀髪の少女――フェルムがそれを無表情で眺めていた。


「さて、俺らも行くとするか。サトウは任せたぞ」


と言って、歩き出そうとしたアールの腕をフェルムが掴んだ。掴んだ、と言うよりは自分の手を彼の腕に重ねたと言った方が正しいが、それでも彼は歩み止めた。


「どうした?」


聞きながら、アールがフェルムの方を向いた。彼女は少しだけ下を向いていた。


「やっぱりやるの?転生者を逃がすために時間を稼げだなんてさ。下手したらアールが捕まっちゃうよ」


フェルムが聞いた。アールはまた前を向いた。


「ああ、マギサの頼みだからな……別に、付いて来る必要は無いんだぞ」

「それはもっと嫌だ」


相変わらず、無表情と色のない声で彼女が言った。嫌がっている様子など微塵も無かった。


「どうせあの女は、私の事も予想してアールに言ったんだよ。私の祝福は何かと便利だから」

「……悪いな。こんな奴でよ」

「いいよ。さっきのも言ってみただけ。アールのお人好しは病気だからね」

「……人助けが、俺の生きる道だからな――それをやめちまったら、俺に存在理由なんてないのさ」

「それは――


フェルムが何かを言う前に、アールが彼女の手を掴んで民家から飛び降りた。



「んー……遅いなあ……」


孤独な地下牢の中で、佐藤はそう呟いた。彼に支給されるはずの食事がなかなか来なかったからである。地下牢なため、日が射すことも無かったが、自分の体内時計に自信があった彼は、いつもよりそれが遅い事に気が付いていた。


「まあ、忘れられたと言われればそれだけなんだけどさ……職務怠慢として報告してやろうか」


一つ愚痴をこぼしてから、佐藤は再びベッドの上で横になって空腹を紛らわせた。ぼーっと天井を眺めて、暫くの時が流れた、その時だった。


突然の爆発音と共に、地下牢が大きく揺れた。その振動に弾かれて、佐藤はベッドから床に叩きつけられた。


「痛ッ――!?」


ペキリ――と、佐藤は何かが剝がれる音が聞こえた。彼は音のした方を見た。


「な……!?なんだ……?空間が……剥がれて……?」


佐藤は自分の目を疑った。彼は見た――自分の少し前で、のを。


剥がれ落ちた空間には、まるでそこを補填するかの様に虚無が広がった。割れた空間がさらに広がり、二メートル程の楕円の大きさになると、そこで動きを止めた。


佐藤はどうしていいか分からず、その場に立ち尽くしていた。


「何だこれ……」


と、佐藤が虚無に手を伸ばした時だった。虚無から白い手が生えた。


「うわっ!?な、何だ?手……?」


そのまま生えた手は腕から肩へと続き、やがて全身を作った。虚無から生成されたのはフェルムだった。


「フ――フェルムさん!?」

「久しぶり――って言えばいいのかな」


目の前の少女は、やはり無表情でそう言った。



「ど……どうしてここにフェルムさんが?」


動揺を隠しきれない声で佐藤が言った。発生していた虚無はいつの間にか消えていた。


「どうしてって、サトウを助けるため」

「え……でも、あの時は――」

「今でも反対だよ。サトウを助けようだなんて正気の沙汰じゃない。でもアールがやるというなら、私も一緒にやる」


フェルムが言った。無表情で、色のない声で。


「……すみません」


どう返すべきか分からず、佐藤はそう言った。


「別にサトウが頼みこんだわけじゃないし、私達が勝手にやってる事だから、サトウは気にしなくていいと思うよ――だけど、一つだけ忠告しておく」

「忠告……ですか?」

「全能の賢者、マギサ――彼女は何かを企んでいる。何かまでは分からないし、それが悪い事なのかも分からないけど――その計画の中心はサトウ。あなただと思う」


佐藤は特に表情を崩すことなく、静かにそれを聞いた。


「全能の賢者……そうですか。心に留めておきます」


「そ」と短く返してから、彼女は鉄格子へ向かってゆっくりと歩いた。


「何を――」


フェルムが二度、手を横に振った。それだけで鉄格子切り取られ、派手な音を立てながら崩れ落ちた。手には刀身が青く光る剣が握られていた。


「じゃ、行こうか」


フェルムが佐藤に振り返って言った。銀の色をした髪がふわりと揺れた。


「嘘ぉ……」

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