第21話

「では、これより審議を始める」


レクスが言った。人が少ないという事もあるが、周りは恐ろしいほど静かで、異様な雰囲気と一種の不気味さを醸し出していた。


「転生者サトウ。今からお前にいくつか質問を行う。すべて正直に答える様に。その答えによって、今後のお前の処分が下されることになる」

「……一つ聞きたいんですが、私が嘘を吐く可能性は考慮していないんですか?」

「その点については問題ない。私の横に水晶があるだろう?これは嘘に反応して赤く光るように魔法によって作られている。故に、嘘を吐くのは無意味だ」


佐藤はレクスの横にあった水晶を見た。相変わらず何の変哲もないただのガラス玉のように彼は見えたが、そんな事を気にしていた所で仕方がない事は分かっていた。この状況で言うのならそうなのだろうと、佐藤はすぐに水晶から目を外し、レクスの方に視線を戻した。


「……なるほど。お時間を取らせてすみませんでした」

「構わん。では審議を続けるとしよう。転生者サトウに問う。お前は『祝福』と言う言葉の意味する所を知っているか?」

「知っています。説明までした方が良いでしょうか?」

「結構だ。自分の祝福については把握しているか?」

「把握しています。それを聞いてどうしたいのかも訪ねていいですか?」

「その祝福が我々にとって有意義なものであり、我々に服従する意思があるのなら、特例でお前を保護しよう。ただし、使えない物なら国際法に則ってお前を死刑にする。国際法で転生者が死刑なのは、知っているな?」

「はい。大体の顛末は聞いています。本来なら私は死んでいてもおかしくない存在。王の心遣い、感謝します」


と言って、佐藤は軽く頭を下げた。目の前の男の感謝の言葉を聞いたレクスの目は、微かに開いた。恨むでも嘆くでもなく、感謝――自分が生き残るのは王のおかげだと言いたいのであろうか。それとも本当に、純粋な気持ちで感謝をしているのだろうか。この状況下で、純粋な感謝の気持ちなどはたしてあり得るのだろうか――レクスの思考に答えが出る前に、佐藤が口を開く。


「私の祝福、それは」


佐藤は少しだけ間を置いた。部屋の沈黙は、より一層深まった。


「――既に皆様に見せています」



*   *   *



「これは――不味いことになったなぁ」


マギサが部屋で椅子の前脚を浮かせながら腕を組んで言った。口を尖らせ、誰が見てもわかる程に彼女の顔は不機嫌そのものだった。


『マギサ。お前は今日の議論に参加するのは禁止だ。元を辿れば、王に特例の提案をしたのはお前らしいじゃないか。この際だからはっきり言うが、私はお前の事を全く信用していない。今日の議論も、どうせ何かまた何か企んでいるんだろう?私から直接王に頼んで、追放の許可は取っておいた。そういう訳だから、部屋で大人しくしてろ』


グラウスの言葉を思い出して、彼女の眉間の皺はより一層深めた。


「チッ……グラウスの野郎、まさか私を今日の議論から追い出すとは。せっかく確実な交渉材料が見つかったって言うのに、おかげで色々予定が狂ったぞ、全く……。本当なら今日の議論で終わらせてる筈だったのに……」


そうしてブツブツと彼女が愚痴をこぼしてから、もう三十分は経過していた。


「さて、どうしたものかね。グラウスがいるから、あそこ覗こうとしたらバレるしなぁ。サトウ君が何とか機転を働かせてあいつら納得させる事が出来たらいいだろうけど、まあ無理だよなぁ」


呻くようなため息をこぼしてから、彼女は浮いていた椅子を勢いよく地面に戻した。ドン、と鈍い音が鳴った。肘を机の上に付けて、顔を支える。


「あ゛~……。どうしよ。あのクソ真面目め……」


そのまま先と同じようにブツブツと愚痴をこぼしながら、それでも彼女は一応破綻した計画の修正を練っていた。結局、何も進展しないまま、加えて三十分、合計で一時間程経過したころだった。


彼女の中の感覚が、何かを訴えかけた。


その瞬間、今まで不機嫌な顔から一転、突然彼女の顔は真剣なものに変わった。指先を耳に当て、彼女は何も無い空間に向かって話し始めた。


「こちらマギサ。突然どうした?定期報告は明日のはずだけど?」

『悪い。緊急の連絡だ。あの女の子が逃げちまった』


通信先の相手はアールだった。その言葉を聴いた途端、マギサは目を見開き、椅子から身を乗り出した。


「ハァ!?何でまた?そうならないように治療は微妙なところで止めたはずだろ!?しかもサトウ君がどこにいるかはちゃんと教えなかったよな?」

『そのはずだったんだが、ベッドに寝かせてたら途中で消えちまってよ。あの体なら動くのは難しいと思ってたんだが……』


マギサはため息を吐きながら、力を抜き、再び椅子へ倒れる様にして座り込んだ。手を頭にやって、暫く唸った後に、


「あー、分かった。シルワがサトウ君の場所まで特定できるか知らんが、考えが全くない訳じゃないんだろう。正直に言って、今は泳がせておくしかない。……後、計画変更だ。アール、一つ頼みがある」

『なんだ?』

「――――」


マギサは暫く話し続けた。アールからの返答の前には、少しの間があった。


『……正気かよって言いたくなるな』

「上手くいけば大丈夫さ。どうだ?行けるか?」

『行ける。ただ、ずっとは無理だ。そうだな……精々一時間って所だな。それ以上は保証できない』

「大丈夫だ。十分間に合う。じゃあ近くで待機してくれ。合図は私が出す」

『了解。あと――』

「万が一失敗してもフェルムだけは助ける。これで良いか?」


アールの言葉を遮って、マギサが言った。


『ああ、悪いな』

「そのくらいならいいさ。少しは自分の心配もしろと言いたいが、まあ君には酷な話か」


マギサは苦笑いをしながら言った。


「じゃ、また後で」


そう言ってから、マギサは手を耳から離した。


「さぁーってと、失敗すれば全員もれなく国家反逆罪クラスかー。我ながら、とんでもない計画だなぁ。ま、あの魔導書は前々から欲しかったし、良しとしようか。それに何の因果か、鍵も現れた事だし」


マギサは、天を仰いだ。天井より先の、遠い何処かを見た。


「今度こそ――。期待しちゃいけないのは分かってるけど、やっぱり期待しちゃうなぁ」


広い部屋の中で一人、そう呟いた。



*  *  *



「既に見せている……とはどういう意味だ?」

「そのままの意味です。私の祝福は、一言で言うなら、この世のあらゆる言語を理解できると言うものです。そして私が話す言葉は、全ての言葉を話す存在に、平等に伝わるんです」


グラウスは傍聴席のような場所で腕を組んで座っていた。


(そういう事か。あの時、公用語を話すあのシルワとか言う女にこいつがレグム語で話していたから不思議に思っていたが……なるほど、祝福なら説明がつくな)


彼は何度か頷いた。


(しかし――この程度の能力が、特例で認められるとは思えない。外交の場においてはある程度役に立つかもしれないが、そもそも所属していることが問題な人間を外交の場における筈がない。……マギサは一体、何を企んでいたんだ?)


グラウスが、そう考えていた時だった。


「ここからが大事なところです。私はつまり、誰とでも意思疎通が行えるんです。言葉を話す存在なら、何とでも、誰とでも。それが人では無い、異形の存在だとしても。例えば――神様とか」


佐藤は"神様"の言葉をわざとらしく言った。その言葉が音源地となり、部屋中に動揺が伝播していくのを感じた。


「そして実際に私は、既に神との対話を果たしています」


佐藤が畳み掛ける様に言った。


レクスは体に力を込めて、自分の動揺を隠した。冷や汗をかいていたが、決してそれを顔には出さなかった。彼は自分の横にあった水晶を勢いよく見た。赤く光ってくれることを、少しだけ期待していた。


水晶は、静かにそこに佇んでいた。

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