第13話決断
肉体的にも精神的にも落ち着いてきた。回りに助けがあり、心地よいこの居場所は、あちらにいた時より、幸福に感じる。
何時までも甘えたままでいるわけにはいかない。喜春の助けもあり、どんなものか、見て回った。
私の居場所は、既にここにある。
ならば、決めよう。どうしたいのか。
心臓がバクバクする。今日は、この館の主でもある喜春の母、雅と会う。
喜春は、そんな緊張しなくとも大丈夫だと笑うが、そんなわけにもいかない。
最上階に位置する、執務室で会うことになっていて、今、長い廊下を歩いてる。
腕に抱いた斎は、母の緊張 を感じ取っていて、目をキョロキョロさせている。
豪華絢爛と言う表現が、当てはまり、執務室の縁取りには、金箔がちらついて、何処かの腕利きが彫ったろうとわかる紗綾型が見事。
喜春が躊躇なく、開けると、目の前には、紅い絨毯が敷いてあり、目に映る、輝かしいシャンデリア。
目の前には、待っていたようで、艶やかな女性が、アンティークとわかる机で、ペンで、滑らかに動かし、書類を書いている。
「ごめんなさいね。今、終わらせるから、その前にある椅子に座って。」
突如現れた椅子と丸テーブル。
「呼び寄せといて、終わってないの?」
「うるさいわね。あんた代わりにやるわけ?茶でも淹れなさい。」
パチンと茶菓子が出てきた。
「手鞠が邪魔をしたのよ。あの子が私の膝に乗るから。」
「久々の母の帰宅に興奮しただけだろ。手鞠は、まだ母さん離れ、出来てないんだから。あ。食べていいよ。これ、街の方で有名な菓子屋のスコーン。そのジャムつけて、食べて。」
遅れは、手鞠のせいらしい。確かに、さっき、手鞠は、叱られていた。
茶器が高級品だとわかる。割らないように、慎重に。
「あー!手鞠のバカ、書類に落書き書いてるわ!」
「早く済ませなよ。」
なんだか、緊張感が薄れてきた…。
「ごほん。ごめんなさいね。慌ただしくて。はじめまして。籠屋縁の主、雅。よろしく。」
絵に描いたように美しい天女みたいな人にドキリとする。紅を引いた唇がより、妖艶さを演出していて、艶やかな色の羽織を着た彼女は神々しい。
「はじめまして。私、滝森美織です。この子は、斎です。喜春君に助けて頂いて。保護されました。ありがとうございます。」
「いいのよ。貴女みたいにきちんと礼を言えて、きちんとしていればね。しかも乳飲み子を抱えて、苦労したわね。頑張ったわ。」
事情を聞いたのだろう。ぐっと喉が詰まる。
嬉しい。
「うちの手鞠が貴女たちに引っ付いて回るでしょう?ごめんなさいね。あの子、人間が好きなのよ。あまりいないから。」
「いいえ。斎も可愛がって頂いて。斎にお姉さんが出来たみたいで嬉しいです。」
「そう言って貰えると助かるわ。あの子、なにも考えず、ズカズカと人様の都合に首を突っ込むから、゙縁切り"をしたりね。」
「…それは、此方としても本当に助かって…。」
「まあ、結果オーライならいいのよ。それより、聞きましょうか。貴女はどうしたいの?できる限りの保証は、するわ。言ってみなさい。」
ふうと体の力を抜かす。そして、前を向く。
「私をここで雇ってください。皆さんの役に立ちたいんです!」
「希望はあるのかしら?例えば、掃除がいいとか、食事を作りたいとか接客がいいとか。」
「そうですね…空きがあるならば、食事を作るのは、一番自信があります。学生の頃は、弁当屋などで料理を作ってましたし、時間内で作ることには、慣れてます。」
「良いじゃないの。従業員専用の食堂で働く?うちのは、かなり量を捌いて、急かされるわよ?朝は早いしね。」
「はい。構いません。あ。でも私に斎がいるので、部屋はどうしましょう。夜泣きは、あまりしませんが、やはり、回りに迷惑を掛けます。」
「ハッハッ!!赤ちゃんに手が掛かるのは当たり前よ。大丈夫。部屋割りはきちんと考えてるからね。あんたも回りに十分、頼りなさい。余裕ができたなら、そこから、回りを助けなさい。」
「言ったじゃん。ここでは赤子連れだろうと、大したことじゃない。決めたなら頑張んなよ。うちの料理長は、厳しいから。」
「うん!」
「さあ、書類を書いてちょうだい。契約書ね。見てから、内容を確認して、サインね。」
契約書を見て、ペンを走らす。
ここから、滝森美織の新たな日々の幕開けだ。
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