第10話
旅館の朝は、あわただしく、どこもかしこも、準備に追われている。
自慢の温泉を掃除する従業員は、デッキブラシでゴシゴシと、風情のある露天風呂を磨いていく。
うちの温泉は、露天風呂を合わせて、大浴場が13個あり、部屋によっては、部屋つきの風呂が完備されている。
「新入りが入ってくるかもってほんとか?」
「うちに引き入れたいな?どんな奴かな?」
「子持ちの女らしい。人間だよ。何でも、喜春様が保護なされたとか。手鞠様が久々の縁切りなさったらしい。」
ザワザワ…
「お前たち、手を休めるんじゃないよ!朝飯抜きにするよ!」
びっとみんな、掃除に掛かる。
朝飯抜きはキツイ。
従業員専用の食堂も早朝から、フル活動。
肉体労働の従業員たちの腹を収めるための量をこさえねば、ならない。
中には、成長期真っ只中の子供もいる。
飽きるほどの野菜を包丁で切り、飽きるほどの焼いては、煮る。
「白米大盛にしてくれ。腹へって、動けねーわ。」
「ねえ。あたし、胃の調子が悪いからさ、お粥に変えてもらえるかい?」
朝飯を貰いにやってくる従業員でごった返し。
「イサメ。さりげなく、嫌いなもんをどけるんじゃねえ。」
「嫌ですってば。兄さん。弟分の為に、一肌脱いでくださいよ。」
「何言ってやがる…!」
「おい、後詰まってるんだ。進め。」
配膳の為に、お行儀よく、並ぶ。
「今度の子は、どうかしらね。姉さん。あたしらが取れるかしら?」
「さあね。あたしらの営業は、一筋縄じゃあいけないし、芸を初めから、仕込まなきゃいけないからね。難しいよ。」
籠屋縁お抱えの芸者たち。芸者をやるだけあって、華やかな美人からたおやかな美人まで、様々。
「イサメ。あんた、見てきたんだろ?教えておくれよ。素直な子だった?可愛い?」
「ンー。いまは、骨と皮がついてるだけだから、肉付きよくすれば…?」
「なんだい。そりゃあ。」
「およしよ。聞いたとこによれば、まだ決めてないそうじゃないか。喜春様の保護下にいるみたいだし。奥様も帰られてないんだ。本決めは、まだまだ後だよ。」
「舞竹姉さん。妹が欲しいからって(笑)。」
「お黙り!」
ビシッ。イサメは肩をすくめ、茶を飲む。
「みんなが浮わついてる。」
「まだ働かせる状態じゃないって。」
「わかってる。あの人の答えもまだだしね。母上はまだお帰りにならないみたいだよ。文が今朝、届いたけど、難航してるって。」
「仕方ないよ。大掛かりだもん。」
稲穂と喜春は喋る。
「キャッキャッ。」
手鞠は、好意で、斎を触らせて貰う。
赤ちゃん特有の匂いも柔らかさもどれも、何だか、幸せな気持ちになる。
美織はその様子を、慈愛に満ちた目付きで、見つめている。
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