第6話

滝森雅彦とその母である聡子は、嫁が逃げ出したことに、腹を立てて、追い掛けてきた。

夜とはいえ、裸足で、嫁が赤子を連れて、町の中を走られたら、ご近所に、なんて、噂が立つか。

恥を掻かされたことと、同じ。

取っ捕まえて、わからせてやらねば。

直ぐに捕まると思っていた嫁を見失った。

そして、気づく。

「ここ、何処だ?」

辺りを見渡すと、明らかに、近所に無い景色だ。瓦の家々が並び立ち、提灯だけが、灯りを灯している。

一人も外に見当たらない。

「なんだい?気味が悪いね。」

聡子は、下品にも、舌打ちをし、辺りを見渡す。ずっと、ここにいる地元民でもあった聡子は、こんな場所は、知らない。

雅彦も同様に、何かが気持ち悪い。

「ミャアー。」

ビクッ。振り返ると、黒猫が鳴いている。

「猫か…。」

「雅彦。早く嫁を見つけたら、早く帰るよ!」

「ああ…。」

奴隷のように扱っていた嫁が逃げたしたことは、聡子のプライドを著しく、傷付けた。それは同様に、息子の雅彦も同じである。

自分より、下の奴を見て、逆らえない奴を屈服することに、快楽を持つ、典型的な糞野郎だ。

「絶対に捕まえてやる!」

愛情など、最初からなく、自分の都合の良い人形が欲しかっただけ。

反旗を翻すような真似をした嫁を絶対に許さない。



「雅彦さん…お義母さん。」

目の前に現れた嫁に目の色を変えた。

「お前!!何してんだよ!!」

「よくも手間を掛けさせたね!帰ったらわかってるね!」

ギラギラと顔つきを変える二人。

それを能面のように、眉一つ、動かさず、見つめる。

それに気づかす、乱暴にぐいっと引っ張る。

「早く来な!!」

「…失格。」

「は?」

すると、いきなり、提灯の明かりが強くなり、何処からか、三味線の音がする。

ベベベン、べべべべべン…

すると、駕籠が現れた。

ゆっくりと開き、中から、こちらに笑いかける少女が出てくる。

「なっ?」

「なんだい!?」

「その人を本当に連れて帰りたいの?」

「何言って…!!」

べべべべべン…

三味線が強く、弾かれる。

「本当に?」

ニタリと笑う少女の笑みが不気味すぎる。

そして、聡子がぎゃああと叫ぶ。

「!!?」

嫁だと掴んでいた奴は、違った。

「叫ばないでよ!見苦しい。とくと、見よ!七変化。狐の大五郎の姫、ヒミコの化け術。」

嫁だと思っていた者は、筋肉隆々の濃い顔の明らかに男だとわかる…言わば、オカマ。

「ご指名ありがとう…ンフ。」

雅彦にパチーン。

雅彦の顔面蒼白に、してやったりと笑む。

「化け者…!!」

「ひどいわね!アタシは、この里一番の美人よ!」

「長者番付だと、七年殿堂入りだぞ!…話が脱線した…ゴホン。何を追ってここまで来たの?」

べべべべべベベベン。

「…。」

「黙秘権はないんだよ。」

ひっと叫び声が漏れる。いつの間にか、足元に、とぐろを巻いた蛇が舐めるように、見上げている。

「さあ、吐いてみな。聞いてあげる。」

うっすらと微笑む娘は、右手に、香鉢を持ち、そこから、嗅いだことの無い臭いがする。

口が勝手に開いてしまう。まるで魔法に掛かったように。

「臭いがキツいでしょ?わかるわかる。これはね。疚しい奴が嗅ぐと、とてもキツイんだ。でも大丈夫。次第に。」

「何が目的だ?アイツの指図か?!」

「…恐い恐い!」

「恐い!恐い!」

ケタケタ、甲高い声の子供の笑い声。

「あの人のこと、忘れてあげなよ。自由になって、子供と暮らすんだから。」

「何いってんだ!!!そうだよ!あいつは、事もあろうに、家の跡取り息子を奪いやがって!!」

「誘拐犯だ!!訴えてやる!」

「嫁に暴力と暴言、吐いておいて、何?そんな奴等がまともに子育て出来るか。」

「アレより、マシさ。三流大学しかいけない、何をしてもダメダメな嫁なんざ、我慢して。家に居させてやってんだよ!!感謝されど、言われる謂れはないね!」

「そうだ!」

「典型的な嫁いびりだね。こりゃあ。」

「不思議なんだけどさ、そんなに誘拐だのなんだの、言う割には、こっちが、子供の話をしなきゃ、出ないんだね?」

「はああ!?」

「他人は黙ってな!あんたらも訴えてやる!」

「…誰に?」

「決まってンだろ!!お前ら全員に…。」

「そんな姿でどうやって?」

「へ?」

少女は、指を指す。

綺麗な顔立ちが、ゾッとするほど、不気味に感じ、寒気を抱く。

あれ…。体が重たい…?

「執念って恐いね。そんな姿でも追ってくるんだから。」

二人は固まる。自分の姿に。

全身血塗れだ。




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