PN 『また、遊びたい』

 君はプレイしたことがあるだろうか、DLダウンロード数がたったの100程度にも関わらず、オンライン対戦が実装されているゲームを。レビューどころか、評価さえついていない。アクティブプレイヤーの数はたったの2人。

 つまり、俺ともう一人だ。


 ◇


 ゲームの名は『熱闘じゃんけん』。名前の通り、マッチングした相手とじゃんけんをするだけのゲームだ。最初のマッチングまで20分かかった。


 相手のPNプレイヤーネームは『ぐぅ』。ちなみに俺のPNは『ぱぁ』。もう勝負はついたな。

 相手はグーにこだわりがあるに違いない。当然俺はパーを出す。相手は……チョキを出していた。キレそうだ。チョキだけに。グーに誇りはないのか。もう一度マッチングを試みる。

 また『ぐぅ』だ。今度こそ勝ちたい。俺は誇りを捨ててグーを出す。奴は……グーだ。くっ。あいこなのに、プライドで負けた気がした。いや、まだ勝負は続いている。折れそうな心を鼓舞する。やはり誇り高く戦うべきだ。奴は今それを示したじゃないか。俺はパーを出す。奴はチョキを出した。


 俺は叫んだ。魂の慟哭どうこく。勝負に勝てず、誇りも守れない。情けなくて自分が嫌になる。だが、俺はこのゲームの不思議な魅力に取り憑かれてしまった。


 また、マッチングを開始する。次の相手は『あたまがぱぁ』。直感する。こいつは『ぐぅ』だ。わざわざPNを変えてあおってきたのだ。チャット機能もエモート機能もないこのゲームで、奴は煽ってきた。かーっと頭に血が上る。此奴こいつを倒さねば。勝負は一瞬だ。俺はチョキ、奴はパー。勝った。

 早速PNを『バカ』に変える。煽り返してやった! 気分がいい。


 その後も俺達は対戦を続ける。勝った方はPNを変えて相手を煽る。俺は小学生並みの語彙で、『ぐぅ』は無駄にウィットをきかせて。


 正直、楽しい時間だった。いつの間にかののしり合うのをやめて、どんなアニメが好きとか、ほかにどんなゲームをするとか他愛のない会話になっていた。


 このゲームをプレイしているのは俺達2人だけ。そう考えると、ただのじゃんけんが馬鹿みたいに楽しい。でもいつか終わりは来るのだろう。どうにかして、また約束できないだろうか。


 俺はPNを変える。『明日からも、また遊べる?』 


 次の対戦で奴が返す。『一度すれ違ったら、もうマッチングしないかも』


 確かに、マッチングの約束をしても、時間に間に合わないなんてトラブルがあればこの関係はそれっきりになってしまう。


 ◇


 時計の針がてっぺんを通り過ぎて、健康的な睡魔がやってくる時間。

 マッチングに時間がかかる。

 奴はもう寝てしまっただろうか。

 でも、あとちょっと。俺は睡魔と戦う。


 ――うっかりまぶたを閉じてしまった瞬間、マッチングを知らせる音。慌ててスマホの画面を見る。奴のPNは『Twitter@xxxxxxgu』になっていた。

 その手があったか! 勝負を終え、俺はすぐにTwitterで奴のIDを調べる。出てきた。作り立てのアカウントだ。マッチングに時間がかかったのはアカウントを作っていたのだろう。俺がフォローするとすぐに返される。

 早速DMダイレクトメッセージが送られてきた。


      「明日の夕方、暇?」

                    「もちろん」


 俺達はなんとか約束をとりつける。これなら何時でも、何度でも遊べる。

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