第2章 けいとの場合
わたしは海が好き。具体的に言うと、波が好き。波は一度足りと同じ波は来ない。わたしが産まれた街には、海はなくって、最初はスケートボードから始めた。公園(パーク)にいって、階段を飛び越したり、手すりの上を滑ったりする、フリースタイルっていうのをやってた。
しばらくして、仲間から波乗りしてみない勝って誘われて、少し離れたいい波がくる、海水浴客なんてだれもいない、スポットに連れて行ってもらった。貸してもらってロングボードで、教わったとおり波をまち、波が来たら、一生懸命パドリングをして、波において置かれないように付いていく、タイミングがよければ立ち上がって波にのる。最初はそんな簡単に波にのれるわけじゃなく、すぐに転んでしまったり、パドリングで付いていけなくって波に乗れなかったりする。でもウレタンフォーム出来た初心者向けのロングボードなら、小さな波なら1日練習すれば少しは乗れる。まずはこいつで感覚を身につけて、こんどはウレタンじゃなくって、ちゃんとフォームを削り出したボードにのって波にのる挑戦をする。初めて乗れたときの快感は、永遠に忘れないと思おう。
サーフィンの世界では、ローカルという地元のひとが、事故が起こらないようにローカルルールを決めたり、早朝からビーチクリーンをしたりして、そのポイントを守ってたりする。自分達は、あくまでもローカルのひとにその場所をお借りしてる立場だった。
旅をするにあたって、自分は、あっちこっちを訪問して、いろんな人にあって、自分を見つける旅よりも、気に入ったポイントに根を下ろし、ローカルの人たちと交流して、いつかローカルのメンバーにいれてもらって、じっくりと一箇所にとどまって、常に変わる波と、ローカルのひととの関わりとの間で自分を見つける方がいいと思った。
目指す場所の条件は、自分が好きなロングボードにあった波がくるところ。そしてローカルコミュニティがしっかりしてて、サーファー向けのゲストハウスがあるところ。
若い子は、ショートボードや、ファンボードでトリッキーな波乗りをしたい人のほうが多いし、ロングボードはどちらかというと、そういうボードに飽きて、まったりと波乗りをしたい歳を取った人が多い。でも、自分はそのロングボードならではの乗り方に惹かれて、最初からロングボードで行くことを決めていた。
サーフポイントは、ボードの長さにあった波が来る場所によって、それぞれ分かれる。ショートボードが推奨されているポイントでロングボードをだすと、場合によってはBANNされる。だからポイント選びは大切。
まずは、いつも通ってたポイントに行ってみて、そこでいろいろ話を聞いてみて、よさそうなポイントに移動して、そこが気に入ったらそのを当面の定住の場所とする。いろんな波を楽しむ為にポイントを変えていくサーフトリップっていう旅のスタイルもある。サーフトリップしていって、気に入ったポイントがあれば、そこのローカルとして定住って感じがいいかなって思った。
ロングボードは当然大きい。鉄道でいけないこともないけど、鉄道業者によっては、ショートやファンはOKだけど、ロングはダメってところがある。だから、今回は、まずは中古で車を買って、サーフラックをつけて、車で旅をすることにした。そうすれば、車中泊の用意もすれば、宿代も浮くし、きままに定住までの場所として最適かなって思った。
先に鉄道で出発した、カナとゆかちを追いかけて、両親に挨拶をしてから、落ち合うコリビングにむけて車をだす。場所は、ハイウエイで2つ先のインターで降りて、少しいった場所。そんなに遠くはない。お昼前に出発すれば、夕ご飯時には到着するはず。そうナビがいってる。
小さな中古のSUVに、むりくりロングボードを上に乗せて出発する。多分車の長さからいって、違反すれすれ。メジャーで測られるとやばいかも。後部座席には、着替えや読みたい本が詰まったリュックサックが1つ。あと、メッシュの大きな巾着に、秋冬にサーフィンすることを考えて、ロングジョンやフルスーツのウエットなどをのサーフィン道具を一揃え。たまにSUPサーフも楽しみたいから、カーボンの2ピースパドルも用意した。本当はサーフィンとSUPはボードの形がちがうんだけど、ま、細かいことはこだわらない。
ハイウエイに入る直前のカフェで、ソイミルクのカフェオレと、ビーガンなバゲッドサンドイッチで軽く夕食を取る。波乗りをうまくやるためには、日頃の食生活や、体調管理、メンタルを整えることとてもが肝心だ。だから、可能な限り、体にも環境にもよい食べ物をとり、エネルギーは自然エネルギーを使う。大昔は車も排気ガスを出してたって聞くけど、今の車はなにも出さない。車によっては水蒸気を出しながら走るものもあるけど、それは基本的に馬力のいるトラック用で、自分の乗ってるような小型車は何も出さない。でも、車を作る過程、破棄する過程で、なにが、環境に影響のあるものを出す。だから、できるだけ長く大切に使いたい。イマドキの車は、パーツパーツ単位でユニット化していて、ユニット自体をアップデートして交換すれば、車自体の性能は、新車と変わらない。アップデートに必要な費用も、メンテナンス会員になれば、月々ちょっとだけ費用を負担すれば、高額なアップデート費用はとられないので、とても助かる。いろんなことが、昔の時代で問題となったものが改善されて、今のこのよき時代があるんだと思う。そこに行き着くまでの道のりや苦労は大変だったんだろうなって、つくづく思う。
お昼ご飯を食べ終わり、ハイウエイに乗る。急いでる旅じゃないから、巡航速度になったら、自動運転に切り替えて、あとは、好きな本を読みながら進めばいい。出口に近づいたら、アナウンスがあるから、手動運転に切り替えて、市街地を通過して、離れにあるコリビングを目指す。基本的にナビが誘導してくれるんだけど、ナビばっかりを頼りにしてると、土地勘がわからなくなるし、人間だめになるから、一応、折りたたまれた紙の地図の一部を広げながら、これから通る街の位置関係を把握しておく。
☆
コリビングに到着したころは、夕暮れが綺麗な時間だった。着替えが入ってるリュックだけを降ろし、宿に入ると、カナとゆかちが、キッチンで夕ご飯を作ってた。その街で採れた野菜と魚介類だけでつくったパエリアだ。サフランの良い香りが部屋中に充満してた。
「あ、ゆかちお帰り!」
カナとゆかちが、まるで双子の兄弟のよう
に揃って声をかけてくれる。
「おう、ただいま! お腹空きすぎだよ。めちゃうまそうじゃん。」
そう言って、リュックをソファーに掘り投げ、キッチンのカウンターに滑り込む。
ゆかちが、そろそろと危なげに、テーブルにパエリアパンをもっていく、そのとき、無謀さに投げ出されたいたネットワークケーブルにつまずき、パエリアパンは中を舞ってし
まった。
「あ!」
3人そろって、声を上げる、パエリアパンはゆかちの手を離れ、1回転して床に落ちる。
でも、運良くそのまま、少しだけこぼれただけで、床にそのまま着地した。
「セーフじゃん! ゆかち!」
ひっくり返ってるゆかちを起こすために、手を差し伸べながら、フォローの言葉を投げかける。ゆかちは、自分の腕に体重をかけながらゆっくり立ち上がった。
「けいと、ありがと。ご飯よかったぁ。もうちょっとで、今日の夕ご飯なくなるとこだったね。」
「だって、一回転してるんだもん。ひさしぶりに笑っちゃった。」
3人で大笑いしながら、食卓につく。冷えたカヴァ(南の国のスパークリングワイン)をカナがグラスと一緒に持ってきてくれて、まずは再開を祝って、乾杯することにした。
ご飯が美味しいと、アルコールがすすむ。このままベロベロに酔っ払って、ソファーで寝てしまいたい気持ちだったけど、カナが大きな地図をソファー前のテーブルをどけて広げだした。
「ねぇ。みんなどこに向かって旅するの?」
カナがワイングラスをテーブルからフロアーに取りに行きながら、みんなに問いかける。みんな、どこにいって、何者になって帰ってくるのか気になるんだ。
「わたしは、自分で自分を見つける自信がないから、占い師にあってみて、いろんな角度で占ってもらいたいんだ。だから、こないだオンラインで占ってもらった先生にあってみたい。」
そう、ゆかちが言う。
「わたしは、正直、どこにいったらいいのか分かんないんだよね。だから、二人と違う方向に向かって旅するつもりよ。」
カナが、ワインを一気に飲み干して、ちょっと赤くなった顔で言う。
「そなんだ、わたしは、サーフィンができればいい。だから必然的に西海岸かな。」
そういって、酔ったからだをソファーに預けながらつぶやいた。
「じゃ、占い師さんは北にいるし、けいとのサーフポイントは西だから、わたしは、東か南ね」
とカナ。
東になにがあって、南になにがあるか、そしてなぜわたしが西でサーフィンがしたいのかを少し整理して伝えてみたら、カナは、東の高原に行きたいって言い出した。これで、3人の目的地はきまったんだ。
☆
いつも通ってたサーフポイントに着いて、サーフショップのオーナーに挨拶する。数日間、サーファー向けのシェアハウスに滞在して、その後の旅先を決めたいってことを伝える。オーナは当然のことのように快諾してくれて、とりあえず、開いてるドミトリーは右の部屋の2段ベットの上だけだから、そこにまずは荷物を投げ込んで、1、2本波に乗ってくればって言ってくれる。その言葉に甘えて、少し冷たくなってきた海にあわせて、起毛のラッシュガードとウェットの中間のようなウエアーをみて、その上にロングジョンを着る。車のキャリアに積んであったロングボードを起こし、車からフィンと、リーシュをだして、浜の方に向かっていった。海には、膝〜腰のロングボードには良い感じの波がきてるようだ。
浜にでて、軽くストレッチをした後、すこしボードの上で瞑想をする。こうやって自然と波と自分を一体にして、精神を集中するんだ。
長めの(自分が感じただけでそんなに時間はたってないのかもしれない)瞑想をおえて、波打ち際にボードを浮かべ、その上に馬なりになって、バランスを取る。そして、ゆっくり寝そべって、両手でパドリングして、波がブレイクしてる、少し後で180度回頭しえて、浜のほうを向いて、他の人に邪魔にならないように、順番を気にしながらゲッティングアウトのチャンスをうかがう。
基本的に、サーフポイントでは、波のピークに一番ちかく、一番先にテイクオフして立ったひとが優先。たとえば右から波がブレイクしていく場合、右側のひとが優先となる。 これは明文化されてるわけじゃないけど国際的なルールだ。基本1つの波には1人しか乗っちゃ駄目。人の波を横取りするなってもってのほか。ローカルの人しかのってはいけない浜もある。ここはシェアハウスのあるサーフショップがある場所だから、ローカル以外も歓迎って思われがちだけど、あくまでも自分達は、そのシェアハウスにある程度長期に滞在するってことを前提に、準ローカル扱いしてもらえてるだけだ。子供の頃に日帰りできてたときは、あくまでも子ども枠ってことでOKだったんだとあとから分かった。
一般にロングボード向きの波、ショートボード向きの波っていうのがある。その為、そういう波が立ちやすい浜によって、異なるボードが好きなサーファーがいる、
ロングボードはどちらかというと遠浅の海で、遠い沖から波が割れだして、インサイド、すなわち浜の近くまで波が続くポイントだ。さらにそれが、決まった方向から定期的に規則正しくわれてくるといい。陸から海に向かって吹くオフショアの風があり、ブレイクしたあとの海はガラスのようにつるつるだとなおさら言い。
よくテレビとかでみる、おおきなチューブにはいって、そのなかを駆け下りていくサーフィンを見たことがあると思う。もちろん、そんな巨大な波がでるポイントなら、ロングボードでもチューブメイクをすることは可能だ。でも、ロングボードの魅力は、遠浅の長く続く波にのって、ノーズライティングして体重移動したりすることにある。なかには愛犬を前にのせて、いっしょに波乗りしてるひともいたりする。
自分も始めた頃は、チューブのなかをずっとキープするようなサーフィンにあこがれたことがある。でもこの国にはそんな大きな波が常にあるポイントはない。唯一あるとしたら、南の遠くに台風が発生して、そのうねりだけがこの国の海岸に到達して、普段では出会えないような波が発生することが、台風シーズンにはよくある。その恩恵に合えるのは、当然、そこに住んでるローカルだけで、何も都合よく、休日にそんな波が発生するなんてレアケースだ。だからこの国で本気でサーファーになりたかったら、住んでる場所から離れ、サーフショップとかでバイトしながら、海の近くでローカルとして生活していくしかない。
ほどよい波に2回ほど乗れたあと、今日は早めに切り上げた。ここにいるのは1月ぐらいのつもり。オーナーやローカルのひと、サーフトリップの途中で立ち寄る人たちに、いろいろ聞いてみて、自分がローカルとして、住み続けられる場所を聞いてみるつもりだ。その短い間だけ、いまのサーフショップでアルバイトさせてもらい、そのかわりシェアハウスの家賃を、負けてもらう約束をした。
☆
夕暮れになり、水平線が薄赤くそまっていく、この時間の静寂が好きだ。今日はフルムーン。もう少ししたら、この静寂を破るようなラブリーでハッピーなサウンドがこの浜を埋め尽くすだろう。そう今日はフルムーンパーティがあるんだ。月に1回あるかないかのパーティは、ローカルはもちろん、あっちこっちから人が集まり、みんなピースフルなカッコを思い思いに着て、流れるサウンドに身を寄せて、体を揺するように踊る。静寂も大好きだけど、同じぐらい、この自然の中で、大音量の音楽に、身に寄せて踊るのも好きだ。かかる曲は、BPMがすごく高いものじゃなくって、もう少しラウンジより。それでもちゃんと踊れるぐらいのテンポ。だからうるさいなんて思ったことは一度もない。
パーティがある場所には、そこに集まった人を目当てにキッチンカーが何台かやってきて、いろんな国の料理が食べられる。波と戯れると、とてもお腹が空くので、ダンスパーティの輪にはいる前に、腹ごしらえをすることにした。どれを食べるか悩んだ末、南の国のみどり色の辛いカレーを食べることにした。 魚醤と言われるしょっぱい調味料をご飯にかけて、ルーとご飯を混ぜながら食べる。辛いけど、ココナッツの甘さもあって、ご飯がすすむ。自分的には、結構ヒットかもしれない。食べ終わった、紙を固めて作った容器を返して、まずは、まったりとした音が流れてる、サブフロアー的なところを覗いてみた。
そこでは、メイン出かかってる曲とは全く違うモノがかかってる。そもそもダンスミュージックですらない。遠い昔の歌謡曲。アイドルとか言われる人達がいた時代の曲だ。良くそんな音源を探し当てたと思う。DJブースの前では、子どもから大人になる手前の、ちょうど自分と同じぐらいの子達が、歌謡曲にあわせてフリをして、踊ってる。かかってる曲が、恋愛系のキュンキュンソングだから、踊りも当然そんな感じになる。みんなわたしと同じく、性別はまだ決まってない訳なので、そういうのを踊るとまるで少女だ。自分はサーフィンとかやるので、基本スポーティだから、何となく男子よりになってきてはいるけど、別に女性のサーファーだっていっぱいいる。結局何をやるのかじゃなくって、どっちになりたいかとか、誰か好きな子がいるとか、そういう気持ちを強くもつことなんだろうなって思った。あの子達は、もしかしたら女の子になりたいと、強く思ってるのかもしれない。それって、要するに男の子に抱かれたいってことだと思う。わたしにはその気持ちはないな。
フロアーの壁越しには、まるで踊ってる子と達を物色するような、いかがわしい目つきで、踊ることもなくじっと見てる人たちが何人もいる。できることならば、お気にの子をお持ち帰りしようと思ってるんだろうな。ようするに、ここはいわゆる発展場。その事を否定はしない。自分も島に来たときに、2度ばかし、興味本位とお金ほしさに、選ばれる側を体験してみたことがある。
別に、男性に抱かれること自体には割り切ってしまえば抵抗感はなかったし、まだ自分は性別が決まってないから、そもそも、最後まではできない。だから以外と気軽にできた。要するに髭ずらの男子にハグされるだけのこと。肛門にいれられるのだけは、全力でこばんだ。それなら、ちゃんと女の子になって、しかるべきところにいれられたほうが全然いい。
でも、その経験で感じたのは、選ばれる立場にも成りたくないということだ。自分の事は、自覚的に自分でしっかり選びたいいうこと。そこのとだけは、強く思った。
サブフロアーで掛かってる曲は嫌いじゃないけど、なにか居心地の悪さを感じて、そそくさと、メインフロアーに移動した。フロアーといっても、そこはオープンエアーの場所で、満月の光をいっぱい浴びられる場所。ゆっくりと、掛かってる曲に身をゆだねて行こうとと思ってたら、友達から声がかかる。
「けいとの探してるサーフポイントって、陸路でいくところじゃなくって、ちょっと離れた島嶼部にあるんじゃないかな」
ここでであった、サーフィン仲間が教えてくれる。
「なんで、島なの?」
「だから、遠浅ではないかもしれないけど、海流が常にぶつかってるから、いつも、考えてるような波がある。本土のように、台風のうねりがくるまで、ずっとまってなきゃいけないってことはないみたいよ。」
海流が生んだ波って、うねりより小さそうで、実際の所どうなんだろうとは思ったけど、その前に、島暮らしってこと自体にすごく興味がある。天候が悪くなったら、本土から食料や日用品は届かないわけだし、本当に、海と共に暮らしてる感じがする。べつに、ロングに適した波がこないなら、ショートやファンに乗りかえてもいい。車でいけない訳だから、荷物もできるだけ整理して、よりミニマリストになることも出来るかもしれない。(後で聞いたら、貨物船で、車はあとから送る事も出来るらしい。)
時間は過ぎて、満月だった月もどこかにいってしまい。ほんの少し東の空が明るくなってきた。フロアーに掛かる曲は、ダンサブルなものから、少しスローテンポで多幸感のある曲にかわった。アフターアワーズの時間がはじまったんだ。自分が一番好きな時間帯。このために、深夜にはあまり踊らず、体力を温存しておくんだ。
残ってる人は、地元の人だったり、本当にこの時間帯が好きな人ばかり、なかには、わざわざ始発の鉄道できたり、夜の仕事がおわって、やっと自分のために遊べる所を探してやってくる人もいる。深夜の雰囲気とは、がらりとかわって、知らない人同士も挨拶したり、ハグしたりして、すごくラブリーな空気に包まれる。
バーカウンターは、すでに掃除してて、アルコールはもう終了。その代わり、無料で飲めるコーヒーがでる。それを1杯吞んで、朝の気分になったら、フロアーに流れる曲に身をゆだねて、まったりと踊る。もうぎっちり混むことのない。ダンサー同士の空間は広く、踊っている人どうしが、アイコンタクトで、今の幸せを交換する。自分も、目を閉じて踊りながら、時折、開けたとき、そうやってアイコンタクトした。
☆
ブレイクしてる波を見ながら、ボードを海に浮かべて、パドリングしていく。遠浅のトロい波じゃない、ロングボードに不向きな波でも、乗りようはある。そもそも、このポイントには、誰もいないから、場違いなボードで波に乗っても、誰にも迷惑をかけることはない。
結局、自分は島に渡った。島に来てそろそろ1年になる。車は、最初に尋ねたサーフショップに預かってもらった。必要な荷物だけをバックパックに詰めて、ボードといっしょに島に行くための船に乗った。本土から島までは約30時間。朝乗って、一晩寝たら到着する形だ。そして、メインの島から、もう1回船にのって、6時間ほどすると、今の島につく。島は、そうやって本土から、1つ1つ距離を取っていく毎に、島時間がゆっくりとなり、時代が1つずつ前になっていくを感じる。
コミュニティーバスすらないこの島は、なにげに車がないと不便だ。若いサーファーは、自転車やバイクにサーフラックをつけて、ポイントまでいくのだけど、さすがにロングボードは無理。今住んでるところは、海に近いからなんとかなるけど、別のポイントにいくことも考えて、車を取り寄せることにした。
車は、基本的に島にくる客船ではなく、人が乗らない貨物船にクレーンで持ち上げて、コンテナの上に乗せられてやってくる。貨物船は遅いので、到着するのに最低でも3日はかかる。もちろん、毎日出港してるわけじゃないから、出港日から3日だ。
実は客船も正式には貨客船なので、車を詰めないことはない。貨物船より頻繁に出てるので、届くのも早い。でも、その分料金は倍近いし、急いでるわけじゃない。積み込み場所までの移動を、本土のサーフショップで仲良くなった友達にお願いし、料金はネットで支払って、車を取り寄せる事にした。これで、ここでじっくりと暮らせる。
今暮らしてるところは、シェアハウスじゃなくって普通の一軒家。島を出て行った人が借主を探してた家だ。本土で島の不動産情報を検索すると、下手な本土の家より高く、なかなか空室は見つからなかった。でも、いったんシェアハウスで暮らしながら、島のひとと仲良くなり、色々聞いてみると、本当の物件は口コミでしか出てこない事がわかる。 ちゃんと信頼出来る人にしか貸さないのだ。 だって、本土に出ていったとは言え、島のひとは、いつかは島に戻りたいと考えてる。だから、その間、大切に住んでくれる人にしか、貸したくない。そこが本土の不動産事情と大きく違うところかもしれない。
「けいと、車到着したよ」
港のそばで、移動カフェを経営してるオーナーから、スマホの画面に、メッセンジャーの通知が届く。
「ありがとうございます! これから港に自転車で向かいます。」
オーナーに感謝の連絡をしてから、海の塩害で錆びてきているBMXに乗って、港のほうに向かう、こいつなら後の座席を倒せば、車に投げ込める。
1年ぶりに再開した車は、SUV車らしいグリーンの車体が海に時折映りながら、クレーン車で地上に降ろされる。預かり券を渡して、所有者であることを示して、車を受け取る。リアハッチを開けて、後の椅子を片方だけ畳んで、乗ってきた自転車を投げ込む。
さっそく、車にサーフボードを乗せて、いつもと違うポイントに向かう。そこは、島でも南の外洋側に面してるので、よくうねりが入ってくる。といっても、本土の浜のように、左右が閉じていて、湾の中でうねりが大きくなるという形になってるわけじゃないのだけど、それでもうねりによって波がサイズアップするのは、事実。いつものポイントより広いので、うねりがないときは、パドルを使って、SUPサーフィンも楽しめそうだ。
☆
島で暮らして三年ちょっとが経った頃、ゆかちが島を訪ねてくれた。北にいったゆかちは、占い師に、いろんな角度で占ってもらって、自分の方向が少し見えて、自分も占いを媒体にしたセラピストみたいなことが出来ないかなって思って、そういう勉強をしてきたって言ってた。占いっていうと、少し怪しげで、スピリチャルなもの(科学的じゃないもの)に聞こえちゃうけど、その先生は、心理学や精神医学にも詳しく、占いをつかって、クライアントのインナーチャイルドを探っていくのは、まるで、精神科でやる箱庭療法みたいなものなんだよって説明してくれた。
ゆかちは、あとは帰るだけ、そして仕事を始める準備をするだけだから、時間はいっぱいあるので、少しこれから事を考えて、整理するまでの間、ここにいても良いかなって聞いてきた。全然OKだし、一軒家なので、部屋はあまってるし良いよって言っておいた。たまにサーファー仲間が吞みに来たり、サーフトリップの途中に寄って泊まっていくけど、それでも良ければというのが条件だった。
自分がサーフィンにでかけるとき、ゆかちは、お昼ご飯を作ってくれて、一緒にでかけるようになった。いつもは、朝食の残りを適当にパンにはさみ、アルミホイルで包んで持っていったのだけど、ちゃんとしたお昼ご飯、それも保温マグに入った暖かいスープがあるのは、海で冷えた体にとても嬉しい。ゆかちは、自分がサーフィンしてる姿を、望遠レンズで写真を撮ったり(見事なサーフフォトだった)絵に描いてみたり、そして、自分が帰ってから始める、小さなセラピストスタジオ、ヨガ教室と占いが合わさったような場所の構想、場所とか、予算とか、用意しないといけないモノとか、許認可や開業届、そして一番大切な屋号のこととか、そういうことを、ボクのサーフィンを見ながら、ノートにまとめて整理してるようだった。それはすでに頭の中で名は出来ていて、それを文字に書き起こすことで、抜け漏れがないように、また、大切な申請のこととか間違えないようにするための、大切なメモのようなものの様だった。
何本か、いい波がきて、気持ちよく乗れた後、お腹もすいたので、ボードは波に持って行かれない場所まであげて、ゆかちが座ってる浜と草むらの間の場所に向かった。ゆかちがご飯を広げてくれて一緒に食べた。たわいのない話をして、また、海に戻った。ゆかちとあったのは、それが最後だった。ゆかちは進むべき道を見つけたみたいで、故郷に帰って行った。そうしてボクは自分のことをボクというようになった。
☆
季節は台風が遠くで出来る頃になり、水温も下がってきたので、海に出てるのは、顔見知りのローカルだけになってきた。ローカル同士は、今日の波が、ヒザやコシ下だとかって、1番先に浜を見に行った人からの波のサイズやうねりの入り方の情報がチャットアプリに投稿されて、ローカルだけで共有してた。
その日は、前の夜の天気予報で遠くの海に台風ができたことを伝えていて、うまくいけば、きもちのよいうねりが浜にやってきて、いつもとは違う波乗りができる可能性が高かった、気持ちを抑えきれない仲間が朝一番で海を見に行き、いままでみたことのなようなうねりが来てるっていう情報をチャットアプリに投稿した。彼は、今日の仕事はお休みにして、1日サーフするんだって興奮してた。大体この辺の連中は海時間で働いてる。
チャットの投稿を見て、自分も早々に準備をする。フルスーツにはまだは早いので、薄めのウエットジャケットにロングジョンを着て、ボードとリーシュコードをもって、車で浜に向かう。すでに何人かが海に入っていて、パドリングしたあとにうねりがくるのを待っている状況だった。
「ゆかち! 早く来いよ。今日はすごいぞ」
ローカル仲間のひとりがそうやって、自分を呼ぶ。すぐいくと答えて、ボードを海に浮かべ、波がブレイクしてるポイントまでパドリングをして進んで、仲間と合流した。でもしばらくうねりを待っていたけど、来る波は、いつも変わらない波でしかなかった。仲間のなかにはしびれを切らしたのか、いつもの波に乗って、いったん浜に戻るものもいた。
自分は、わざわざ浜に戻るも面倒だったので、ボードの上で少しのんびりしてた。こういうとき、ロングボードは楽だ。しばらくして、少し沖のほうにいた仲間が、うぉーって声を上げて叫び始めた。うねりが来たのだ。
うねりは普段の台風のうねりとは明らかにちがってた、海面が上昇したら、下がらず上がったままだ。これは台風のうねりじゃない。誰か遠くの台風がっていってたけど、多分、これはうねりじゃない。遠くの地震で起きた津波だ。波乗りには絶対危険。逃げなきゃいけない。
強力なエンジンのある大型船ならば、津波の大きさにもよるけど、津波に対して真っ直ぐ船を立てて、全速前進で波を登り超えて、逃げることもできる。でも、手で漕ぐしかないサーファーのパドリングでは、こんな高い津波は登り切れない。なんとか登れないかと格闘してみたけど、結局、津波の先端が崩れ始めてるところで、波にもまれてしまい、ボードから落ちてしまって、まるで洗濯機の中に入れられたように波にもまれてしまった。海水を飲まないようにだけ注意したけど、上下の感覚がわからなくなって、どっちに行けば海面に上がれるのかがわからない。こういうときは、からだを脱力して、自然に浮かぶのを待つしかない。でも、まだ波は洗濯機状態で、それを許してくれる感じじゃなかった。その内、呼吸が苦しくなってしまい、段々意識が薄くなってきた。このまま、ボクは死んじゃうのかなって、おぼろげな意識の中でそんなことを思い浮かべた。この長いサーフトリップが終わったら、故郷に帰りたかったのにな。そんな想いが浮かんでは消えた。
☆
しばらくして、この季節にしてはギラギラする日差しを感じる。気がつくと、上半身だけがボードの上に乗ってる状態になってた。こう言う事故の時のために、サーファーは、片足と、サーフボードを、リーシュコードと言われるケーブルで結びつけている。だからリーシュコードが外れない限り、サーファーとボードは離れることがない。だから、シーカヤックやヨットのように、PFDと呼ばれる救命道具を身につけることがない。
脱力してる体をなんとか起こして、ボードの上に寝そべるように上がってみた。周りをゆっくり見てみると、360度全部水平線だ。こんなのあり得ない。外洋の航行もできるシーカヤックなら、こういう時にでも、海図と先端につけたコンパス、場合によってはGPSを使って、現在位置を知ることができるし、万一の時は、携帯で118にかけたり、マリンVHFの緊急チャンネルにコールして助けを求めることだってできるけど、サーファーは、アクティブなスポーツだから、できるだけ身軽な形で海にでる。だからそんな装備は、まったく用意してない。そもそも波乗りだから、陸地が見えるところでしかやらない。これがSUPなら、パドルで漕いで思う方向に漕いでいくことはできるかもしれないけど、さすがに手でのパドリングで進める範囲は限られてる。結局、いまできることは、運良く漁船や、海保の航空機に見つけてもらうことだけで、ただ体力を温存するために、ここにとどまるしないと判断した。でも、航空機からみつけてもらうための、海をオレンジに染めるエマージェンシーキットも、目標物を大きく見せる海に浮かべるリボンもないし、白いボードに黒いウェットだと、まず航空機から見つけてもらえる確率はかなり低い。
なんとなく、覚悟を決めるしかないかなって想った。今までのこと、これからしかたったこと、いろんなことが走馬灯のように、頭の中を巡る。お腹は不思議にすかなかったけど、日差しが強いので、喉はやっぱり渇く。周りは水だらけなのに、塩分があるから飲めないなんて、理不尽だ。住んでいた場所だったら、このシーズンにこんなに日差しが強いことはない。だから相当流されたんだなって事がわかる。もしかしたら50キロ、下手をすると100キロ以上流されてる可能性だってある。多分、津波にもまれて海面に出たときに、そこを流れていた海流に捕まって、そのまま南のほうにながされたんだろうっていう判断になった。やっぱり手でのパドリングでどうこうできる距離じゃないんだ。
とにかく、喉の乾きをごまかして、体力を温存するために、少し横になって寝てみることにした。ショートボードじゃこうは行かないけど、ロングボードならなんとかなる。すこしウエットのチャックを緩め、ボードの伏せた形で日差しをよけて、腕枕で寝てみた。寝れないかなって思ってたけど、疲れてたのか以外と少しうつろうつろ出来そうだ。
ぼーとしてると、ゆかちのことが思い浮かんだ、彼女の作るお昼ご飯は、本当に美味しかった。もう一度、あのお昼ご飯が食べたいと思った。自分のことをボクというようになり、ゆかちの事を彼女と呼ぶようになって、どのくらいが経つんだろう。僕たちは、そうやって呼び合うことで、お互いに惹かれ合って、自然とそれぞれの性別になっていったんだろうなって思った。ボクがボクになったのは、ゆかちがいたからだ。
故郷に帰って、ゆかちに告白して、一緒に暮らしたいって、本当に思った。海がない地元に、海に連れてってあげるツアーをやる、サーフショップを作って、いつものポイントに、ローカルとして、認めてもらえるような関係性を作る。その店をゆかちにも手伝ってもらいながら、2階の広間では、ゆかちの学んできた占いやヒーリングやヨガや瞑想ができる場所を作る。そうやって、一緒似くらしながら、子どもを作って、自分達がそうだったように保育園のような学校に行かせて、毎月帰ってくる時は、いっぱいハグして一緒にご飯たべて、一緒にお風呂はいって、一緒に寝る。そんな普通の生活がしたいって思った。その為にはまずは助かること。だから、体力を温存するために少し寝るんだ。そう思って、うつろうつろする気持ちの中に、潜り込むように目をつぶった。
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