ウェディングドレス殺人事件

飯田太朗

第1話 事件編

 ウェディングドレス……結婚の際に用いられる女性の衣装。主にピュアホワイト、オフホワイト、アイボリーなどの色が好まれる。ピンクやブルーの場合でも淡い色合いが好まれる。本来は処女のみが着用を許される。



 その死体が見つかったのはとある結婚式場。

 警備員の男性は今日も式場のある建物を解錠することから一日をスタートさせた。どんな職員よりも早く、具体的には朝六時頃には式場に到着して宿直の警備員と交代する。形式的な挨拶を交わした後に警備窓口に座り、各所の鍵を指差し点検してから各扉の解錠に向かう。

 異変に気付いたのは、チャペルの鍵を開けた時だった。

 いつもなら何の異常もない、ただ広いだけの空間。しかしその警備員はいつも解錠した後にその部屋に異常がないかを確かめてから帰るタイプの人間だった。

 果たして警備員はそれと対峙した。

 黒髪の女性。それは理解できた。

 顔が硬直している。最初、警備員はそれを人形だと思った。しかし近づき、その肌、目の潤い、唇の色などを見てそれが人間であることを悟った。声が出た。だが女は反応しない。

 次に目が行ったのは女性の胸だった。こんなドレスがあるのか、という疑問。胸がハーフカップだったのだ。つまり、女性の美しい乳房が露出していた。乳頭も、胸元も。よく見るとドレスのスカート部分も体の前が短くなる仕様になっており、女性の股間が見えた。茂った陰毛。それを囲うようにして伸びた白いガーターベルト。脚を包む白いタイツがどこか滑稽だった。例えばこれが、警備員の自宅のパソコンの中での光景だったら、警備員は陰茎を取り出していたかもしれない。単純に精液の吐出のみを考えがちな男性にとって、この女性を美術道具にしたかのような光景は、ある意味恰好の獲物だった。

 しかし、今は仕事中だった。そして何より、それは生きた女性ではなく、明らかに死んでいた。

 虚ろな目。息遣いのない胸。近づいて確認しようかとも思ったが、しかし、現場を荒らすと警察に怒られそうだ。麻痺した脳髄でそれだけのことを考えた警備員は、無線で仲間に告げた。

「警察を呼んでくれ」

 仲間が応じる。

「え?」

「警察を呼んでくれ」

 繰り返した言葉がチャペルに響く。

 女はその声にも無反応で、恥ずかしげもなく、乳房も、陰毛も、晒していた。手にはブーケ。美しい薄桃色の花が咲いたブーケだった。



 これが、現在世を騒がせているウェディングドレス殺人事件の最初の現場報告である。

 職業柄、この手の事件が起こるとまず訊かれることがある。感想である。事件を受けての感想を訊かれる。

「どのような感想をいだきましたか? 直感で」

「何を思いましたか?」

「どんなことを考えたのでしょう?」

 有体に言おう。婉曲な表現は好きじゃない。

 射精した。この事件の一報を読んだ時。私のペニスは勃起し、どくどくと射精したのだ。

 さすがに私も変態じゃない。マスコミ相手に「射精しました」なんてことを言うほど頭はおかしくない。だからこう述べた。

「分かりませんね。まだ」

 程度や形の違いこそあれ大まかにはそんなことを述べた。うるさいマスコミ連中はさっさと帰らせて私はこの「ウェディングドレス殺人事件」の顛末を再び読み返し、自慰に耽った。

 たまらん。正直言ってたまらん。

 誤解のないよう言っておこう。

 私の性癖は「壁尻」である。壁尻とは、女性のことを下半身ないしは上半身のみを壁に埋め込み性器ないしは胸から上を露出させ、男性用小便器のように女性を扱うSMプレイの一種である。現実で行われることは少なく、主に二次元的アダルト作品にて見られるプレイの一種である。

 そう。私は壁尻が好きなはずだった。好きなはずだったのだ。

 ここに来て私の性癖が新たに開発された。ウェディングドレス。女性が最も美しく見えるドレス。そのドレスを乳房と性器が露出する形に改造し、無理矢理着せ(殺してから着せたのか着せてから殺したのかは分からんが)、オブジェのように飾り、人々の前に晒す。

 最高だった。最高だった。これこそ至高の女性を辱める行為だ。女性の尊厳というものを肥溜めの中に埋め、取り出したのち肥料にするわけでもなく溝に捨てる。あるいはほとんどひと月風呂に入っていない肉体労働者のパンツを顔にかぶせる。そんな行為だ。堪らない。堪らない。

 女性はどんな思いをしただろう。純白のドレスを男性が好むいやらしい形に改造され、挙句自分がそれを着せさせられ、衆人環視の元に置かれるというのはどんな気分なのだろう。それを想像するだけでペニスが勃起した。何度も自慰をした。何度も精子を吐き出した。

 さて、落ち着いたところで私は考える。

 この犯人はどんな人間だろう。少なくとも私と分かり合える人間のはずだ。同胞、同志、親友、盟友。言い方はいくらでもあるだろう。しかし気が合うことは間違いなかった。私は会いたかった。このウェディングドレス殺人事件の犯人に。

 今日もゼミである。

 どういうわけか私のゼミには女子学生が多い。ゼミの決定の際には簡素な論文を書いてもらって、そのテーマを教授陣で精査して「この学生はこのゼミ」なんていうことを話し合うのだが、私の犯罪心理学のテーマはどうにも女子学生に人気でどう避けても女子学生が集まる。そこで私がとる手段はこうである。

 まず、普段私の講義に集まるようなちゃらちゃらした女は選ばない。髪の毛が茶色ければまず蹴る。次に化粧。例え造詣が深くなくても女の化粧が濃いかどうかくらいは見れば分かる。目尻、口紅。鼻の陰影、肌の極端な色合い。特にこの肌の極端な色合いは耳を見れば分かる。耳まで何かを塗りたくる女は少ないようだ。耳なし芳一の和尚でさえ見逃したポイントを一介の馬鹿女子学生が気づくはずがない。耳の色、それから頬の色。見比べて少しでもおかしいと感じればその女は「ナチュラルメイク」を装った化粧の濃い女だ。弾く。私の生活圏どころか視界にすら入ってほしくない。声も聞きたくないしその存在さえ汚らわしい。全員壁に頭をぶち込んで性器を露出させてくれるなら話は別だが。そうすれば顔は見えないし。

 しかしすっぴんがいいのかと言うとそういうわけでもない。最低限してほしいが逆に言うと最低限でいい。そういう女の子を選んでゼミに入れるよう動く。茶髪は何だかんだ理由をつけて弾く。全力で弾く。「この子は普段の態度から見てもあまり熱心に学問をするとは思えない」とでも言えば馬鹿の集まりである進藤ゼミに流れる。進藤ゼミは学生と酒盛りをすることしか考えていない真性馬鹿の集まりなのでハッキリ言ってゴミ捨て場だと思っている。あいつらは週に二度ワインパーティと称して女を酔わせる遊びをやっているが酔っ払った女なんて最悪だ。あんなのを相手にするくらいなら農園で牛糞の臭いにまみれていた方がまだマシだ。酔っ払った女はしなだれかかってくる。体を触る。酒臭い息を浴びせてくる。どいつもこいつも壁にぶち込んでやりたい。

 さて、そういうわけで。

 私のゼミにはあまり化粧っけのない、でも女同士の付き合いもあるし仕方なくファンデーションを塗る程度の地味な女の子が集まる。地味でも女は女である。彼氏がいる女の子もいれば好きな男子がいる女の子もいる。

 私は、そんな女の子が。

 晴れの舞台で、ウェディングドレスに身を包む場面を考える。きっと美しい……とされる……のだろう。だがそのドレスが、例えばオープンブラの乳房丸出しで、たくし上げられたような前の部分だけ短いスカートで、白ではあるがガーターベルトで、下着はつけることを許されず性器も丸出しの恰好だったら、さぞかし滑稽だろう。

 私は目の前の女子学生を使ってそんなことを考える。愚かな学生。私の課題を一生懸命こなす。だがハッキリ言って私が出す課題なんて楽勝だ。私が学生だったら壁尻画像でペニスをしごきながらでもやり抜くことができる課題だろう。それをペニスもない女が……なんて言うのは、女性蔑視か。

 まぁ、とにかく。

 私は自分が教えている学生が淫らなウェディングドレスに身を包んでいる場面を想像して自慰に耽る。毎日。五回。七回したこともある。高校時代はもっとできた気がする。記録をとったことはないが二桁くらい行くのではなかろうか。あの頃は性欲の虜だった。今もまぁ、似たようなものだが。

「ウェディングドレス殺人事件の犯人にはどんな特徴があるとお考えでしょうか」

 とある情報番組。

 依頼。異常殺人事件の犯人像についての分析を述べて欲しいと言われた。こんなのは適当なことを言っておけば大衆は満足する。欲しいのは分析ではなくコメントなのだ。「ひどい犯人ですね」くらいのことを言い方を変え五通りくらい示せば誰も彼も満足する。どいつもこいつも馬鹿ばかり。この国はどうなっているんだ。その内韓国や中国に乗っ取られるぞ。既にアメリカに乗っ取られていると言われれば、まぁ金髪美女が壁尻してくれるなら何でもいいと答えておく。壁尻の前には金髪であるか否かはあまり大きな問題ではないのだが、白人の尻は大きくて迫力がある。ちなみにあいつらの化粧は濃いとかいう次元を超えているので嫌いどころか存在さえ忌まわしい。神社に祈祷に行きたいくらいである。

 さて、情報番組。

 女性キャスターが意見を求めてくる。左手の薬指には指輪。既婚者だ。ということはウェディングドレスを着たことになる。あるいは白無垢。白無垢を使った女性の辱め行為は見たことがないので私の中ではイレイズである。つまりどうでもいい。存在していないのと一緒。問題はウェディングドレスを着ていた場合である。

 この女もあの恥ずかしいウェディングドレスを着せたらどうなるだろう。乳房を露出させ、陰毛も性器も丸出しの格好にさせたらどんなに愉快だろう。泣きもしない。喚きもしない。だって殺されているのだから。命は奪われている。男性の性的発散のために。女の命など軽いのだ。男の獣欲の前では全てが軽くなる。

 言っておくが私のこの嗜好は異常でも何でもない。世の中には女性を大型オーブンレンジで焼く行為に興奮する馬鹿もいるし、乳首を歯の欠けた物差しでギリギリと切断する行為に興奮する馬鹿もいる。頭に穴を穿ち脳みそにペニスを突っ込む行為に興奮する馬鹿もいれば、目玉に目薬のように精液を出す行為に興奮する馬鹿もいる。私の壁尻なんてマシな方だ。破廉恥ウェディングドレスなんてマシな方だ。

「犯人の、女性にウェディングドレスを着せる、という行為にはどんな意味があるのでしょうか?」

 これにも適当に答える。女性の潔白さを求める犯人だ、とか、あるいは結婚に憧れのある女性の犯行だ、とか。まぁ、そんなのはハッキリ言ってどうでもいいのだ。現象に理由なんていくらでもつけられる。そうじゃなきゃ霊能力者だの何だのは存在しない。

「女性に化粧を施している、という点も考慮すべきだと思うのですが」

 これはいい着眼点だ。ウェディングドレス殺人事件の被害者は全て化粧が施されている。それも綺麗な。プロの手、と言ってもいいかもしれない。私はよく、間男を作って自身の性欲を発散する母や、男に身を売る仕事をして海外旅行の費用を稼ぐ姉の化粧を観察していたからよく分かる。あれはなかなか手の込んだ化粧だ。おそらく化粧水を使ったスキンケアからメイクまで五分は時間を空けているだろう。そうじゃなきゃ長く放置されがちな死体があんなに肌艶良く見えるはずがない。パフに化粧水を染み込ませ、鼻のTゾーンや顎などに塗っているはずだ。何故ならテカリが少ないから。ファンデーションはおそらくリキッド。粉っぽさがないから。目回りや小鼻にも丁寧に塗りこまれている。チーク。こちらもおそらくクリーム。ほんのりした色合いだからだ。パウダーならもっとふわっとした仕上がるになるはず。じんわり滲むような色合いのあの頬はクリームチークに違いない。仕上げにパウダーをはたいているはずである。これもテカリやすいTゾーンに。もしかしたら眉も整えているかもしれない。どの死体も柔らかい印象の綺麗な弓型の眉をしている。眉尻までしっかりアイブローしているのではなかろうか。

 と、いうわけでこれくらいの知識なら化粧を観察している男でも持つことができる。しかし世の男性は化粧に無関心か知識がないかして「ナチュラルメイク」という名の完全武装に騙される。女も馬鹿だが男も馬鹿だ。つまり人類皆馬鹿。こんな種は滅んでしまえばいい……なんて言うのはちょっと斜に構え過ぎか。まぁ、でも六割くらいは私の本音である。種が滅ぶべきかどうか、は別として。何せ種が滅んでしまうと壁尻になる女が消える。

 いつだったか、初めて壁尻バーに行った時。

 あれは最高だった。私が普段教えているような若い女が壁に頭を突っ込んで尻を尻穴を性器を露出している。馬鹿丸出し。これほど滑稽な光景があるだろうか。私はあの時、多分人生最大量の精液を吐出した。避妊はしているとのことだったので中出し。その分料金も割り増しだったがあの満足感に比べれば安い。

 そういうわけで、私は常連になっていた。

 この風俗店のいいところは「お気に入り」なる概念が存在しない点である。尻なんて大なり小なりあるが大抵似たようなものだ。稀に汚い尻に会うことはあるが、店長も分かっているのだろう。尻が汚い女は店にいない。吹き出物があったり形が悪かったりする女は店に並んでいないのだ。そういうわけで、私は最低でも四万の金を払って女の尻を犯す。今日はアナルコースだ。このコースの嬢は朝からゼリーしか口にしないらしい。よって直腸は綺麗。安心してペニスをねじ込める。

 女の尻にべちべちと体をぶつける。何度も何度も何度も何度も射精する。浣腸である。女の尻穴が私の精液で満たされたところで私は満足して離れる。避妊する必要がないので割安。行為の後にピクピク震える尻をぶっ叩いて、ぶっ叩いて、ぶっ叩いて、ぶっ叩いて、ぶっ叩いて、ぶっ叩いて、ぶっ叩いて、ぶっ叩いて、散々叩いて赤く染まった頃に私は帰る。今日も最高だった。今日も最高だった。


 しかしその日は何かが満たされなかった。何かは分からない。胸に開いた空虚な穴。私はしばらく考える。家に帰り、数多くの壁尻画像を眺め、もう一度抜いてから、考える。

 ウェディングドレスだ。

 それに行き当たる。

 ネットを漁る。探せばあるもんだ。卑猥なウェディングドレスに身を包み男性に奉仕する女性。AV嬢。どうやら目が湿っている。泣いたのだろう。自分が着ることのできない純白の、清廉潔白を示す衣装。人生晴れの舞台で着るべき衣装を男性の獣欲を発散させるためだけに着せられることに、屈辱の涙を流したのだろう。笑える。滑稽だ。そんな仕事受けなければいいのだ。よっぽど金に困ったか自己肯定感が低いか脳みそが羊水でできているかしているのだろう。ニッチな分野なので収入は多くなさそうだがとりあえずウェディングドレスを着た哀れな女を見ることはできた。それでとりあえずは満足する。

 しかし。

 おそらくメイク担当の腕が悪いのだろう。あるいは女優の肌が元々荒れているのか。女の質が良くない。これはジャンク品だ。マックのハンバーガーにも劣る、コンビニの片隅で売られているフィッシュフライのハンバーガーだ。私はグルメである。こんな女じゃ満足できない。

 やはりウェディングドレス殺人事件の女か……。

 私は事件ファイルを参照する。

 美しい。女性のタイプに違いこそあれ、その違いを活かしたメイクの仕方をしている。メイクの腕があるのだろう。感心するくらい上手い。私の姉よりも上手いだろう。言っておくが私の姉は人気嬢だった。月に四、五十万稼ぐこともざらだった。母は間男を五人抱えていた。その月々の気分で夫を変えていたと言っても過言ではない。

 では私の父は……間抜けな男だった。仕事はできるし真面目だし優しいのだが、それだけ。私は母を見ていた。姉を見ていた。二人ともいわゆる清楚な、大人しそうな女性だった。それが裏ではどうだ。男を漁り、ちやほやされることに快楽を見出し、人を弄ぶ、そんな女だ。父はそんな女を見抜けなかった。哀れにも母のために金を稼ぎ、専業主婦という名の浮気女に貢いでいた。母が家事らしきものをしたところを見たことがない。姉が家のことをしているところを見たことがない。家のことは幼い頃から私の領分だった。私がやったことを、さも母がやったかのように見せていた。金曜日は地獄だった。土日の分の料理を用意しておかなければならない。土日の分の洗濯や掃除をしておかなければならない。逆に言えば、土曜日は天国だった。何にも縛られない。だが日曜の夜。あれは最悪だった。また地獄の一週間が始まる。地獄の金曜日へのカウントダウンが始まる。そんな幼少期を、少年期を、青年期を私は過ごした。父に感謝をしたことはない。母に感謝をしたことはない。姉に感謝をしたことはない。私が大学のために家を出た後あの家がどうなったかも知らない。休暇で実家に帰るということをしなかったし私は家族の番号を知らなかったし向こうも私への連絡手段を持たなかった。あの家は今どうなっているのだろう。父が一人で過ごしているのだろうか。母もさすがに六十を過ぎれば男に見向きもされなくなるか。いや、Googleに「おばあちゃん」と打ち込むと予測変換に性器が出てくる世の中だから今も男を漁っているのだろうか。姉は今頃当時の母と同じくらいの歳だ。結婚していても浮気を繰り返しているだろう。間抜けな男を騙し、金をむしり、性欲のままに過ごす。そんな日々を送っているのだろう。

 私にとって女性や家族は忌むべき存在だった。自分が男性だから男性という性には特に関心がなかったがきっと男性もそんなに好きじゃない。無性愛者でもないから性欲は尽きない。そしてそれはどうやら一応、異性に向けられるようである。だから壁尻で興奮する。ウェディングドレスで興奮する。

 さて、殺人である。私が殺人、ひいては犯罪に興味を持ったのはきっと、幼い頃から鬱憤晴らしで近所の猫や川や池の鯉をバラして遊んでいたからだろう。幼心にこれは異常なことだと分かってはいた。血が飛ぶ時、私はまだ精通していなかったが、射精に似た快楽を覚えていた。初めての射精は……多分、胸の発達に気づいていない同級生の女子が胸の谷間を露にしている場面を見た時だったと思う。つまりは小学校高学年だ。そのくらいの時期に精通する男は多いのではないだろうか。一応、異常行為に対する興奮で射精しなかったのは救いだった。それがあればきっと私の方が犯罪者になっていただろう。

 猫を解体する時のこの喜びは何だろう。人が大事に飼っている鯉を殺す時のこのゾクゾクは何だろう。そんなことから人の心に興味が湧いた。


 まぁ、私の話はどうでもいい。

 ウェディングドレス殺人事件である。いくつか事例を紹介しよう。

 初めての一件は結婚式場でのことだった。これはもう話した。

 次の事例は女性の自宅。ドレスデザイナーの女が自身の作ったウェディングドレスを改造されて着せられた。それが被害者のデザインであることが分かったのはベールに特徴があったからである。死体にはベールが被せられていた。乳房も性器も露出しているのに顔を隠している。その滑稽さに私は何度も射精した。

 三件目の事例は河原。高架下でのことだった。ホームレスが暮らしそうな汚い環境でその清廉な格好はひどく不釣り合いだった。発見も早かったらしく、死体の状態はよかったとのこと。まぁ、元より死体の状態は私にとってはこれ以上ないくらい良いものなのだが、この場合の「良い」とは保存状態のことであり、捜査に役立つという意味である。ブーケは薄いブルーの花だった。聞いたところによると被害者は結婚間近の女性で、パートナーと細かい調整に入っている頃だったようである。ブーケの色は二人で決めた色だそうだ。笑える。最高傑作だ。

 四件目。一件目と同じく結婚式場で。今度はもっと露骨な格好で発見された。死体はブリッジしていたのである。ウェディングドレス、それも卑猥なドレスでブリッジをすればどうなるかは分かるだろう。まず乳が垂れる。性器は醜く露出される。手にブーケはなく、代わりに性器に突っ込まれていた。これも笑える。私は研究室で腹を抱えて床を叩き、転げ回りながら笑った。堪らん傑作だ。これほど女を馬鹿に出来る才能があるなんて尊敬を通り越して畏怖する。

 どの件も女性が美しくされていることが特徴だった。ドレスは……卑猥であるとはいえ……しっかりと着せられている。ブーケも凝ったデザインで、よく出来ている。メイクもしっかり。髪型まで念入りに作られている。ハイヒールひとつ取っても一級品だ。それを脱がした足の先まで丁寧にネイルが塗られている。私が調べたところによると足のネイルは生前被害者がしていたわけでもなく、殺す際に塗られた線が濃厚とのことである。

 女性の犯人を疑う捜査関係者が出ることは想像に難くない。

 女性のことに関してこれほど細かく準備ができる人間は女性であるに違いないという意見があった。なるほど頷ける。まぁ、理屈の通った話ではあるだろう。だが、私のような事例もある。化粧や服装について下手したらその辺の女より詳しい、そんな男がいる場合もある。


「先生」

 ある講義で。私に質問をしてくる女子学生がいた。福山遥。来年ゼミ選択があるようなので二年生。好ましいことに、黒髪の薄化粧。まぁ、私のゼミに来ても拒否はしないタイプの女子学生だった。彼女が訊いてくる。

「昨今の殺人事件についてですが」

 それがウェディングドレス殺人事件を指すのか、それとも近現代の殺人事件を指すのかは分からなかった。私は静かに彼女の言葉を聞く。

「時代が進むごとに死体の扱い方に変化があるように思います」

「ふむ。どのような?」

「何て言えばいいのでしょう……時代が進むほど、人権意識が強くなります。自身の欲求に任せて人を貶めるのはよくないことが強調される。そしてそれへの理解も深まる。しかしその分だけ、人を物のように扱うことに快楽を見出す殺人犯が増えてきているというか……」

「面白い理論だね」

 私は彼女を観察する。薄化粧なんて言ったが前言撤回だ。この子はかなり作り込んでいる。耳の色と顔の色とに不自然さはないから危うく騙されるところだった。この子、自分の肌の色を分かっている。耳の色に合わせた化粧をしているということは自分の肌の色がどの系統かを理解しているということを示している。分かりやすく言うならブルーベースからイエローベースかを理解している。それも巷に溢れるような肩透かしの診断なんかじゃなく、おそらくデパ地下で姿勢よく立っている販売員にでも診断してもらったのだろう。不自然さが一切ない。ではどこで化粧をしっかりしていることが分かったのかというと、眉毛や睫毛である。人工物は極端に毛並みが良かったり極端に上を向いていたりする。彼女の毛並みは極端だ。そして目元に気を配れる女は……化粧上手だ。よく見ると顔の陰影にも細工を施している。多分鼻回りと頬とで使っているファンデーションが違う。あるいは薄いアイシャドウなどを使って影を作っているか。何にせよ手練れだ。

 そしてプロポーション。くびれがしっかりしている。彼女にウェディングドレスを着せたらそれは美しく仕上がるだろう。少し興味を持ったので私は彼女の理論に耳を傾ける。

「反動、とでも言うのでしょうか。『人を大事に』という意識が高くなるほど人を物のように扱う事件が増える」

「昭和から平成初期の犯行はどう思う? 異常殺人はその頃に多いぞ」

「過渡期です。意識が芽生える反面、不安定な時期。だからこそ反動もハッキリした形で出やすい」

 なるほど、面白い理論である。私はこの女子学生に興味を持った。ウェディングドレス、という意味でも、できる学生という意味でも。

「面白いね。実に」

 私は私の研究室番号とメールアドレスを書いたメモを渡す。名刺よりこっちの方が学生にとっては便利だろう。

「研究したくなったり、アイディアが欲しくなったり、関連文献を知りたくなったらいつでも来なさい。もし興味があったら来年のゼミ選択では私のところに来てくれると嬉しいな。何にせよ、しっかり勉強してくれ」

 私に認められたのが嬉しかったのだろう。福山遥は姿勢を正すと頭を下げた。

「ありがとうございます!」

「頑張りたまえ」

 私は講堂を去る。今日は収穫があった。福山遥という自慰のネタである。彼女に卑猥なウェディングドレスを着せて……辱めるとしよう。



 ウェディングドレス殺人事件捜査の早い段階で私には声がかかっていた。去る「壁尻殺人事件」で私は活躍していたからである。私は犯人である安西真琴を警視庁に引き渡した。顛末は以下である。

 背後から包丁で襲い掛かってきた安西を、振り向きざま包丁を持った右手を押さえ顔を殴る。楽勝だった。安西は女性相手の戦闘には慣れていたのかもしれないが、体格の勝る男性相手の戦闘には慣れていなかった。それに完全に背後をとった気でいたらしい。私の反撃に驚いたようだ。私が顎を狙った一撃を放った理由は簡単。これから犯す相手の顔なんかどうでもいいからである。

 顎への一撃。私は一応鍛えてはいる。顎への真っ直ぐな一撃はおそらく脳震盪を起こすのに十分だったはずだし、実際安西はダウンした。手から包丁を引き剥がす。さて、後はお楽しみである。

 私の研究室には引き戸の棚がある。そこに安西の上半身を突っ込む。安西が腰にぶら下げていた手錠を奪い、両手を拘束する。口にはガムテープ。これくらいの道具は研究室にある。

 スラックスを脱がす。下着を脱がす。露になった尻。壁尻バーよろしく安西の尻を犯しまくる。避妊なんかしない。この馬鹿女が刑務所で出産しようがそんなことはどうでもいい。私が疑われる可能性なんて皆無だろう。

 そういうわけで、安西が目を覚ますまでの三十分間、私は安西の尻を犯した。性器に精液をぶちまけまくった。

 さて、安西が目覚める頃。

 下着とスラックスを履かせる。これが意外と手間がかかった。私の経験上、女は服を脱がすのより着せる方が難しいのだが、まさか私自身が服を着せる場面でもそうだとは思わなかった。苦労して服を着せる。警察に電話する。

 安西は何やら喚きながら連れていかれたが頭がおかしいと思われたのだろう。大勢の男に取り押さえられて連行されていった。後日、私は捜査協力に対する感謝状を贈られた。傑作だろう? 女を犯して感謝状だ。レイプありがとうございます。いいえどういたしまして。

 安西はその後複数の殺人事件の犯人として実刑を食らった。事後を追いかけていないので分からないがまぁ、死刑は確実だろう。今頃何をしているのだろうか。出産か? 私の子を? あるいはレイプの屈辱にまみれて夜な夜な震えているのだろうか。心に傷を抱えた? 人格が破壊された? 哀れな女だ。まぁ、元から馬鹿だったしな。尻以外に価値のない女だった。

 そういうわけで、私には功績がある。警察は今回も私を頼る。ウェディングドレス殺人事件の捜査協力依頼は二件目の段階で来ていた。快諾する。

「警視庁捜査一課の西島洋太です。よろしくお願いします」

 男性。優秀そうだ。捜査に関わった刑事や警官に訊いてみたがどうやら過去に殺人事件の捜査で実績を上げている刑事のようである。服装からもその気配は感じられた。

 面白い研究がある。

 まず知能を測定する。脳の処理能力を測るのだ。そして様々な課題を遂行させる。知能以外の能力も見るのだ。その結果、「仕事ができる人間」と「仕事ができない人間」とに分ける。

 さて、ここから。

「仕事のできる人間」「仕事のできない人間」に様々な衣装を着せて、何も知らない被験者に「仕事が出来る人間」「仕事のできない人間」双方の印象を訊ねた。すると面白い結果が返ってきた。

「仕事のできる人間」は服装に対する評価も高かったのである。同じ衣装でも「仕事ができない」人間は服装に対する評価が低く、顔や表情を操作して繰り返しても同じ結果が得られた。つまり。

「仕事ができる人間」は服装に対しても高評価が下されるのである。逆もまた真であるかは今後の研究に期待だが、少なくとも可能性は示唆された。服装が優れていると評価できる人間は仕事もできる。私に接触してきた西島という人間は服装に対し好印象が持てた。つまり仕事ができそうである。

 実際、私は快適に臨床調査を行うことができた。

 私が知りたい情報に先回りして西島は情報を提示してくる。例えば被害者女性の年齢。二十五から三十前後の女性とのことだった。次に被害者女性の住んでいるところ。これはバラバラだった。西で名古屋。東で茨城。全部で四件確認されていたが東京在住の被害者は一人だけで、もう一人は山梨県に住んでいる女性だった。犯行現場について。これも結構ばらけた。山梨で一件、神奈川で一件、千葉で一件、埼玉で一件。被害者の居住地であることもあればそうでないこともあった。被害女性の外見についても研究した。ショートカット一名、ボブ一名、ロング二名。髪の色もバラバラ。顔のタイプもそれぞれ異なる。かわいい系もいれば綺麗系もいる。何ならブス……ブスの定義はさておき……もいた。共通性は見いだせない。つまり行き詰った。

 そんな行き詰まりを抱えていた時に、福山遥との接触があった。ある日、私の研究室のドアがノックされた。

 私はペニスを取り出していた。事件現場の子細な写真をネタにしてオナニーに耽ろうとしていたのである。そんな矢先での訪問。私はペニスをしまい、何事もなかったかのように応じる。

「先生、ご迷惑じゃなかったでしょうか」

 迷惑である。しかしそう言うわけにもいくまい。私の方から「いつでも来い」と言ったのだから。

 そういうわけで、私は生殺し状態で福山遥と密室で二人きりになった。

 ああ、あの尻! あのくびれあの胸! 壁尻にしてもいい尻になるだろうし、ウェディングドレスを着せてもきっと似合うだろう。私は福山遥を犯したい欲求に駆られながら彼女を通した。彼女は私の部屋の本棚を見て「わあ」と驚いた。

「たくさんの資料」

「ああ」

「全部読まれたんですか?」

「ああ」

「すごい」

「ああ」

 彼女の近くには引き戸の棚。安西を犯した棚だ。ここに彼女もぶち込んで犯せたら……私は願った。この女子学生が殺人犯であり、私に恨みを持っており、私を殺すためにこの部屋にやってきたことを。しかし彼女はのんびり私の方を見ていた。仕方なく私は勧める。

「座りたまえ」

 椅子。以前安西が座った椅子だ。福山遥はその見事な尻を椅子の上に乗っける。椅子になりたい。椅子になれなくてもいいからあの尻の下に顔を埋めたい。そんなことを思う。

 そのプロポーションは座ってもなお美しかった。

 まずくびれが綺麗なのである。体にぴっちりとくっつくタイプの服を着ていた。まぁ、いわゆる童貞を殺すセーターとかいうやつである。私は童貞ではないから殺されはしなかったが、殺されるところだった。殺されていたかもしれない。殺されていただろう。殺すかもしれない。何だこの思考は。落ち着かねば。

「気になることがありまして」

 何だね、と訊く代わりに私は彼女を見つめた。その胸そのくびれその尻その脚。完璧だった。芸術品と言っても過言ではない。そしてその化粧。狙っていることが分かりはするが下品じゃない。品のある化粧。金をかけているのだろう。親が金持ちなのかそれか可愛がられているか。どちらもの可能性はある。そんな女を壁尻に、あるいは卑猥なウェディングドレスを着せて犯せたら。たまらん。死んでもいい。

「その……最近起きた、『壁尻殺人事件』を研究しようと思うんです」

「ああ」

「先生はあの事件で活躍されたと聞きました。犯人を捕まえたのだとか」

「ああ」

「よろしければその経緯について聞かせていただいてもよろしいですか? 参考までに、なんですけれど」

「ああ」

 ①女性。②社会進出を果たしている女性に対して劣等感を抱いている。③②から推測されるに、恐らく犯人は社会的に遅れている、あるいは思うように社会進出できていない。④殺精子剤の存在に気付かなかったことから、恐らくあまり気のつく人物ではない。

 この研究過程を全て彼女に話した。彼女はうんうんと話を聞いて、メモを取っていた。ひとしきり話し終わった後。

 私は彼女のノートに紙切れが挟まっていることに気が付いた。何とはなしに、聞いてみる。

「その紙は」

「あ、これですか」

 恥ずかしそうに笑ってから、彼女は紙を差し出す。

「私、フェミニストなんですが」

 フェミニスト。女性の権利にうるさく口を出す連中、という程度の認識しかない。まぁ、広義には性別に関係なく暮らしやすい社会を作ろうなんていう綺麗事を抜かす連中なのだろうが、だったら「フェミニスト」と名乗るな。「フェミニン」には女性的な意味合いしかない。新しい言葉を作ってそれを名乗れ。そう思う。結論。フェミニストに碌な奴はいない。

 そんなろくでなしのフェミニスト、福山遥は紙切れを見せた。

「今度、近隣のフェミニストが集まって会合を開くんです。そのチラシでして……」

「ふうん」

〈集まれ! 性の認識についての再理解〉

 そんなキャッチフレーズのようである。下らん。

「あの、先生もよかったら来ませんか?」

 この女は私がフェミニズムに理解のある人間だと思ったらしい。

「ただのお茶会ですし、本当に、雑談をするだけなんです」

「ふうん」

 会場を見る。私の家の近所であるが絶妙に不便な場所である。こんなの集まる馬鹿がいるのか。バスも一時間に一本あるか怪しい地区だぞ。それに坂道も階段も多い。そんなことを思っていると福山遥が告げる。

「あの、もしよろしければ私がご案内しますので」

 ふと、思う。

 坂道や階段も多い。つまり、私の目前にこの女の尻が来る確率が高くなるというわけである。ふむ。ふむ。

「行ってみようかな」

 性欲に負ける。まぁ、いい。ただのお茶会だ。行くだけなら害はない。元より男性の権利を侵害するフェミニストも昨今は少なくなったと聞く。馬鹿なら黙って胸の内で嘲っていればいい。そう思った。

 福山遥は嬉しそうにした。

「やった! じゃあこちらのチラシ差し上げます! 私もう何枚か持っているんで」

「ありがとう」

「当日は……最寄り駅(地名は伏せる。東京、多摩とだけ言っておこう)に、十四時集合でお願いします!」

「分かった」

 そういうわけで、私は。

 あの美しい女子学生とデートすることが決まった。デートなんて何年ぶりだろう。このところずっと壁尻バーで顔のない女としか接してこなかったから、まともに会話をする女なんて触れてこなかったのではないか。

 数えてみたが五年ぶりのデートだった。だからどうということはないのだが、私は福山遥の座っていた椅子にペニスを擦り付けて自慰をした。気持ちよかった。

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